「かわいいですね」の真意を読み解けない女、とりあえず全力で礼を言う。
「かわいい」と言われることが、まあまあある。
自慢ではない。事実の報告だ。
むしろこれは、ゴリねえ人生における一番の謎現象と言っていい。
「かわいい」には、いろいろな意味がある。
素直に「かわいい」の場合もあれば、「他に褒めるところが見当たらないので、とりあえずかわいいということにしておく」という、緊急避難的な「かわいい」もある。
「困ったところも含めてかわいい」という、事故物件を愛でるような「かわいい」もある。
つまり「かわいい」は、褒め言葉の顔をした、多目的メッセージなのだ。
問題は、私にも、それくらいを察知するセンサーはあるということである。
鈍いなりに、ちゃんと反応する。
「今の、ちょっと目が泳いでたな」
「今の、ワンテンポ間があったな」
くらいのことは拾える。
ゴリねえ、伊達に力業だけで生きてきていない。
空気は読める。
読めるが――
読んだあとの対応が、壊滅的にできない。
センサーはある。処理能力がない。
受信はできるのに、返信できない機種。
それが私だ。
たとえば、会議で資料の誤字を3か所も見逃していたとき。
「そういうところ、かわいいですよね」
と後輩に言われた。
これは、9割、「ちゃんとしてください」の翻訳である。
残り1割で、本当にかわいいと思っている可能性もゼロではない。
でも、限りなく低い。
脳内センサーが、けたたましく警報を鳴らす。
これは、フォローという名の指摘だ。
わかっている。
わかっているのに、口から出てくるのは、
「はい!! ありがとうございます!!!」
の一択である。
しかも、わりと大声だ。
腹から声を出す。
誤字への反省も、皮肉への理解も、全部その大声にまとめて乗せて、力業で吹き飛ばす。
これが、私の唯一にして最強の切り返し技。
「はい!ありがとうございます!!!」戦法である。
技というか、もはや戦法ですらない。
ただの大声だ。
でも、これが意外と機能する。
相手が含みを持たせて放った「かわいい」も、こちらが全力の即答で受け止めると、なんとなく、
「あ、うん。素直な子でよかった」
という空気に着地する。
深追いされない。
追撃も来ない。
思惑を読み解く戦いを放棄し、声量だけで場をねじ伏せる。
もはや会話ではない。
相撲でいうところの、変化を一切使わない、ただの押し出しである。
一方で、素直に「かわいい」と言われたときは、当然、素直に嬉しい。
友人が撮ってくれた写真を見て、
「その角度、かわいく撮れてるよ」
と言われたときとか。
あれは、混じりっけなしの「かわいい」だ。
センサーも静かなものである。
何も引っかからず、ただ嬉しさだけが、すとんと落ちてくる。
厄介なのは、素直な「かわいい」の顔をして、実は違う思惑が隠れているパターンだ。
これに関しては、正直、いまだに攻略法が見つかっていない。
センサーが鳴っても、結局とる行動は同じ。
「はい!! ありがとうございます!!!」
しかない。
持ち技が一つしかないボクサーみたいなものである。
ちなみに、めったに「かわいい」なんて言ってこない相手から、不意打ちで言われたときは話が別だ。
たぶん、そのままの意味なんだと思う。
たぶん。
というのも、そもそも言われた回数が両手で足りるレベルだからだ。
センサーが鳴るほどのサンプル数が集まらない。
年に一度あるかないか。
遭遇率で言えば、流れ星に近い。
だから対応も、いまだにこなれていない。
よく言われる相手には、大声で押し返す必勝パターンまで確立しているというのに、不意打ちで来られると、途端にシステムがフリーズする。
センサーが、
「これは……何? どの『かわいい』?」
と処理落ちを起こす。
結局、出てくるのはやっぱり、
「はい!! ありがとうございます!!!」
なのだが。
声量が、なぜか心なしか小さい。
いつもの8割くらいになる。
百戦錬磨の戦法のはずなのに、不意打ちだと途端に新人に戻る。
この差は、我ながらよくわからない。
戦績。
慣れた相手からの「かわいい」。
通算成敗数、数えきれず。
すべて「はい!ありがとうございます!!!」で応戦。
勝敗、不明。
不意打ちの「かわいい」。
実戦経験、片手で数えるほど。
声量、8割。
勝敗以前の問題。
今日もどこかで、誰かに「かわいい」と言われる。
その真意は、たぶん一生わからない。
でもまあ、言われたら言う。
「はい!! ありがとうございます!!!」
