愛国者イベントをやめることによって首相も靖国に行きやすくなるというお話
あの大戦がフィリピンやインドの独立のきっかけを与えたとか、その勇気を与えることができたっていうことで美化する人たちっているんですけど、そこまで日本が大きな影響を与えたかって言うと、ある一部の人たちにとって支えられている物語だと思うんです。西洋による植民地支配の自重というか規制に繋がっていく中で、領土不拡大という国際的規範を西洋自らにも課したわけです。
それがひとつは原子力の力だと思っていて、広島と長崎への原爆投下というのは世界終末論を彷彿とさせました。こうした核による被害を抑えるべく、大国主導で平和による核使用という形でビジネスが展開されていくわけですが、殺傷兵器である核が安全に使われるってことはないんだってことを東日本大震災で知ったんです。
ここ最近では防災意識がとても強くなっていますが、日本は自然災害が多いので備える必要はあるんですけど、そこに対する不安っていうもの生み出しているのが自然的なものなのかっていうとそうでもあるし、そうでもないってことですね。そうでもないってことを言いたいんですが、そもそもこれだけ建物を造ることそのものが不安を生み出しているんだよってことなんです。
話を元に戻しますが、東南アジアの独立に貢献したって言うのは、軍に対する政治的な賛美に過ぎないのです。軍人になって実際戦った人たちは天皇のために戦った訳であって、何も他国に勇気を与えるとかそんな大義名分はなかったはずです。
水木しげるさんは自身の戦争体験を昭和史で書かれていますが、戦争体験者って言っても実際に軍隊に入って理不尽だったり先輩からしごきを受けた人や石原慎太郎さんみたいに終戦時に中学生だった人の見方や感じ方は当然違う訳です。水木さんはやはりもう考える余裕なんかなかったわけです。おそらく渡部昇一さんとか石原さんの影響を受けている人って言うのが軍隊コスプレとかするような人たちでしょうから。もちろん凄惨な時代を生きていたことに違いありません。
コスプレはエンタメにとどめておいてほしいものです。スポーツ観戦でユニホーム着て応援するって言うのは自由にやって下さい。敗戦日に靖国を訪問することが愛国者のイベントになっているんですけど、軍隊に対して賞賛するっていうのは被害を受けた他国に対して挑発している行為になるんです。だからこうした人たちが存在していることそのものが、首相が訪問できなくなっている理由になっているんだと思いますね。
勝てば官軍負ければ賊軍って言葉があるんですけど、天皇のために戦った官軍を英霊としているのが靖国神社なんです。逆に言えば賊軍の命って言うのはどうでもいい、英霊でも何でもないってことなんです。その英霊たちを崇拝している方たちが日本が有事になった時にどうなるかっていうと、ほとんどの人が逃げ出すでしょうね。
