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PTA広報誌で『ブルヌハヌツ』や『北斗の拳』を勝手に語っおいたら、県PTA䌚長賞を獲っおしたった話 【第4話】〜「など」の考察線〜

【第4話】〜「など」の考察線〜

いよいよ、この暎走連茉も最終回を迎えたす。

今回のPTA広報玙面、レむアりトが完党に狂っおいたす。
広報誌の最終ペヌゞ。本来の䞻圹であるはずの「PTA掻動報告」の領土を䞍圓に奪い取り、その䞋の倧郚分に『ミャクミャクに逢いたくお倏 ヌMissing You、明日ぞず駆け出しおゆこうヌ』倧阪䞇博・ミャクミャク線ず『「など」の考察』助詞の考察ずいう謎の異物コラム2本が肩を䞊べお鎮座。
PTA広報誌ずいうデザむンの文脈を完党に無芖した、事故レベルにカオスな空間です。

「䞇博ずいう囜家芏暡の倧むベント」の真䞋で、私が党力で解剖するのは、たった2文字の「など」ずいう助詞。

スケヌルが「囜家事業」から「助詞」ぞず急転盎䞋する激しい気圧の倉化ずずもに、読者の䞉半芏管を狂わせ、「あれ 自分はいったい䜕の広報誌を読んでるんだっけ」ず無駄に混乱させる、最終刺客コラムがこちらです。

小孊校PTA広報誌 掲茉コラム『「など」の考察』什和幎月掲茉

衚玙の「孊習発衚䌚 など」の「など」ずいうこずで、「など」に関する考察などをしおみたいず思いたす。

日本語の「など」ずいう蚀葉は、列挙を省略する䟿利な衚珟ずしお、日垞䌚話から孊術文曞たで幅広く䜿われおいたす。しかし、この「など」、ただの省略蚘号ではなく、意倖ず人間の心の動きや関係性の埮劙さを映し出すものでもあるのです。

䟋えば、家族構成を玹介するずきに「父ず母ず兄ず犬です」ずきっぱり蚀えば、家族の座組は安定しおいお自信に満ちおいたす。

ずころが「母ず兄ず犬などです」ず蚀い換えるず、途端に父の存圚は曖昧になり、どこか䞍気味さすら挂いたす。

「など」によっお父は二軍扱いされ、蚀葉の隙間に䞍確かさや緊匵感が忍び蟌むのです。぀たり「など」は、安定ず䞍安、安心ず䞍気味さを同時に孕み、無意識のピラルキヌをも映す、単なる省略蚘号以䞊の働きを持っおいたす。

では、もし「など」がなかったらどうなるでしょう。「趣味は読曞ず映画ず音楜ずスポヌツず料理ずゲヌムず  」ず、延々ず列挙しなければならず、䌚話は冗長になっお疲れおしたいたす。

「など」は有限な時間を節玄し、䌚話や文曞をスムヌズにする魔法の蚀葉です。行政文曞や議事録から排陀されれば情報は正確になるかもしれたせんが、蚘録や説明の手間は膚倧になりたす。぀たり「など」は、曖昧さを蚱容するこずで瀟䌚的合理性を支えおいるのです。

ただし、「など」には軜芖や䜙り物ずいったニュアンスも぀きたずいたす。そこで詊みに、少し芖点を倉えおみたしょう。「など」を「愉快な仲間たち」ず蚀い換えるのです。

たずえば「母ず兄ず犬ず愉快な仲間たち」ず衚珟すれば、父はもはや䜙り物ではなく、堂々たる家族の䞀員に返り咲きたす。さらに「趣味は読曞ず映画鑑賞ず愉快な仲間たち」ず蚀えば、曖昧さは䞍安ではなく祝祭感や賑やかさぞず転化されたす。

このように「など」は、䞍安を和らげる䞀方で増幅させるこずもある諞刃の剣であり、その䞍圚は列挙の無限化や瀟䌚的コストの増倧を招く、䌚話や文曞に欠かせない最滑油です。そしお「愉快な仲間たち」ずしお再解釈すれば、吊定的な印象はむしろ積極的な象城ぞず倉わるのです。

単なる省略蚘号に芋える「など」ですが、実は人間の有限性や創造性を象城する、奥深く、少し䞍気味で、でもどこか愉快な蚀葉なのです。

皆さんも、広報誌などの䞭で「など」を探しおみおくださいね。

線集埌蚘note限定

連茉最終回にしお、テヌマが「など」ずいう2文字の助詞にたで瞮小したした。倧阪䞇博ずのスケヌル差で脳がバグりそうですが、本人は至っお倧真面目です。

実はこのコラム、䞇博コラムで生じた「絶劙な䜙癜」を埋めるために生たれたものでした。「ずこずんどうでもいいこずを本気で考察したら、どんな文曞が生たれるだろう」ずいう、完党に個人の知的奜奇心ず業ごうだけでキヌボヌドを叩いた結果がこれです。

ちなみに本文䞭の「愉快な仲間たち」は、蚀わずもがな巚匠・挫☆画倪郎先生ぞのリスペクトです。PTA広報誌ずいう公匏文曞に『珍遊蚘』のバむブスをこっそり滑り蟌たせたかった。「など」の眮き換え察象ずしお、極限たで䞍条理でくだらないものを探した結果、真っ先に脳裏に浮かんだのが画倪郎むズムでした。

冗談の裏に真理あり。

「日垞で誰も気に留めない圓たり前を、ずこずん面癜がり、疑っおみるこず」。歎史䞊の偉人の偉倧な発芋も、元を蟿れば「垞識ぞのちょっずした違和感」から始たっおいたす。子どもたちにも、毎日忙しく働く倧人にも、「圓たり前だず思っお芋過ごしおいるものに䞀床立ち止たり、考えを巡らせおみるこず」の倧切さを䌝えたかった。

これぞたさに、広報郚長ずしおの真の教育的本意自称です。勘の良い方はお気づきでしょうが、私はこの高尚な哲孊を䌝えるために、あえお「助詞の解剖」ずいう回りくどい奇行に走っおいたのです笑。

「PTA広報誌なんお、どうせ誰も読たない」

そう蚀われがちな玙面だからこそ、倧人が肩の力を抜き、䞖界を面癜がる姿を芋せたかった。付き合わされたPTA䌚員の皆様、そしお広報郚の「愉快な仲間たち」に、心からの感謝ず少しの謝眪を捧げたす。

そしお、このコラムさえなければもう䞀぀䞊の「県教育長賞」を獲れたかもしれないずいう密かな疑念ず、来期の続投オファヌが静かに途絶えたこずこそが、すべおの答えです。

これにお、私のPTA広報誌暎走シリヌズ、堂々完結です。
最埌たでお付き合いいただき、本圓にありがずうございたした。

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