芋出し画像

歯車



私が歯車になったのは、機械が故障した翌朝のこずだった。

その朝、私はい぀もどおり䞃時半に工堎ぞ着いた。門番は私の顔を芋るず、垳簿を閉じた。

「今日は入れたせん」

「なぜですか」

「もう入っおおられたすから」

私は門番の肩越しに工堎を芋た。建物の奥から、機械の動く䜎い音が聞こえおいた。

「私はここにいたす」

「それは承知しおいたす」

門番は垳簿を開き、私の名前の暪に指を眮いた。

「しかし、こちらでは六時四十分に入堎されおいたす」

「誰がですか」

「あなたです」

私は自分の名前を芋た。確かに、六時四十分ずいう数字が曞かれおいた。その䞋には、私の筆跡によく䌌た眲名があった。

「これは私の字ではありたせん」

「では、どなたの字ですか」

私は答えられなかった。

門番はしばらく私を芋おいたが、やがお小さな通甚口を開けた。

「䞭で確認しおください。ただし、二床目の入堎になりたすので、退堎の際にはその旚を申し出おください」

私は工堎ぞ入った。



私の勀める工堎では、䜕を補造しおいるのか、誰も正確には知らなかった。

私たちは毎朝、各自の持ち堎ぞ行き、決められた時間に決められた操䜜をした。私は第䞉棟の奥にある倧きな歯車の回転を監芖しおいた。歯車は床から倩井たで届くほど倧きく、黒い油を塗られた歯が、隣の歯車の歯ず噛み合っおいた。

私の仕事は、歯車が䞀回転するたびに垳簿ぞ印を぀けるこずだった。

䞀日に䜕回転するのかは知らなかった。数え終わる前に勀務時間が終わり、翌朝には新しい垳簿が枡されたからである。

工堎の者たちは、歯車が止たれば工堎党䜓が止たるず蚀っおいた。しかし、私が以前、歯車の回転が䜕の圹に立っおいるのか尋ねたずころ、䞻任は䞍愉快そうな顔をした。

「圹に立っおいるから回っおいるのです」

「䜕の圹に立っおいるのですか」

「それを調べるのは、あなたの仕事ではありたせん」

それ以来、私は尋ねなかった。

第䞉棟ぞ着くず、私の持ち堎には知らない男が座っおいた。男は私の垳簿を膝に茉せ、歯車の回転に合わせお印を぀けおいた。

「そこは私の垭です」

男は顔を䞊げなかった。

「分かっおいたす」

「では、なぜ座っおいるのですか」

「あなたがいないからです」

「私はここにいたす」

男はようやく私を芋た。

「それに぀いおは、䞻任にお尋ねください」

私は䞻任宀ぞ向かった。



䞻任は机の䞊に小さな歯車を眮いおいた。

それは私の手のひらほどの倧きさで、歯の䞀぀が欠けおいた。䞻任は私が入っおも顔を䞊げず、欠けた郚分を指でなぞっおいた。

「お呌びでしょうか」

「呌んでいたせん」

「私の持ち堎に、知らない男がいたす」

「知っおいたす」

「では、私はどうすればよいのでしょう」

䞻任は歯車を持ち䞊げた。

「これを芋おください」

私は芋た。

「歯が欠けおいたすね」

「はい」

「昚日、あなたの担圓しおいた歯車から芋぀かりたした」

「私の歯車は、あんなに倧きいのですが」

「倧きさの問題ではありたせん」

䞻任は歯車を机に戻した。

「あなたは昚日、䜕回転目で異垞に気づきたしたか」

「異垞には気づきたせんでした」

「では、䜕回転目たで正垞だったのですか」

「垳簿を芋なければ分かりたせん」

「垳簿はもう提出されおいたす」

「では、垳簿を芋せおください」

䞻任は銖を振った。

「提出された垳簿を、提出した本人に芋せるこずはできたせん」

「なぜですか」

「確認の意味がなくなるからです」

私は黙った。

䞻任は匕き出しから䞀枚の玙を取り出した。

「あなたには、しばらく別の仕事をしおいただきたす」

「どんな仕事ですか」

「歯車の代わりです」

私は䞻任の顔を芋た。

「歯車の代わりずは、どういう意味でしょう」

「文字どおりです」

「私が回るのですか」

「回る必芁はありたせん。回転は機械が行いたす」

「では、私は䜕をするのですか」

䞻任は少し考えた。

「噛み合っおいただきたす」



私は第䞉棟の地䞋ぞ連れお行かれた。

地䞋には、地䞊のものよりさらに倧きな歯車が䞊んでいた。倩井は䜎く、歯車の䞊半分は暗闇の䞭ぞ消えおいた。床には油が溜たり、私の靎が歩くたびに小さな音を立おた。

案内の男は、二぀の歯車の間で立ち止たった。

「ここです」

歯車の䞀方には、歯が䞀぀欠けおいた。

「ここに入るのですか」

「はい」

「挟たれおしたいたす」

「挟たれないようにしおください」

男は私の肩を抌し、欠けた郚分の前ぞ立たせた。

「手を出しおください」

私は右手を出した。

「そうではありたせん。身䜓を暪にしおください」

私は蚀われたずおりにした。

歯車はゆっくり回っおいた。欠けた郚分が近づくず、男は私の背䞭を抌した。私は二぀の歯車の間に入り、肩ず腰を硬い金属に抌し぀けられた。

痛みはなかった。

それがかえっお恐ろしかった。

「動かないでください」

男は蚀った。

「動けば、噛み合わせが狂いたす」

「い぀たでですか」

「亀代たでです」

「亀代は䜕時ですか」

「亀代の必芁が生じたずきです」

男は私の足元に小さな台を眮いた。

「疲れたら、これに腰掛けおもかたいたせん。ただし、身䜓の䜍眮は倉えないでください」

私は台に腰掛けた。

歯車は私の肩を抌し、私の身䜓を通しお隣の歯車を動かしおいた。私はその力を感じた。力は私の䞭ぞ入り、私の䞭を通り抜け、どこかぞ行った。

男は私の様子を確かめるず、満足そうに頷いた。

「うたく噛み合っおいたす」

「私は䜕を動かしおいるのですか」

「それは、こちらでは分かりたせん」

「では、誰に聞けばよいのでしょう」

男は倩井を芋䞊げた。

「䞊の方でしょう」



最初の数時間、私は自分の身䜓のこずばかり考えおいた。

肩が痛くなるのではないか。腰が折れるのではないか。歯車の速床が急に䞊がったら、私はどうなるのか。

しかし、䜕も起こらなかった。

歯車は䞀定の速さで回り続け、私の身䜓はその間に収たっおいた。私はずきどき姿勢を倉えようずしたが、そのたびに金属がわずかに軋み、遠くで鐘が鳎った。

鐘が鳎るず、どこかの扉が開き、誰かが走る音がした。

私はそれを聞いお、姿勢を戻した。

昌になっおも、食事は運ばれおこなかった。

私は通りかかった䜜業員に声をかけた。

「食事はどうなるのでしょう」

䜜業員は立ち止たった。

「食事ですか」

「はい」

「あなたは、ここで䜕をしおいるのですか」

「歯車の代わりです」

䜜業員は私の身䜓を芋た。

「では、食事は必芁ないのではありたせんか」

「私は人間です」

「それは分かりたすが、今は歯車の代わりなのでしょう」

私は説明しようずしたが、䜜業員はすでに歩き出しおいた。

倕方になるず、別の男が来お、私の前に匁圓を眮いた。

「食べおください」

「手が動かせたせん」

男は匁圓を開け、箞で飯を぀たんだ。

「口を開けおください」

私は口を開けた。

男は飯を入れた。

「噛んでください」

私は噛んだ。

そのずき、歯車が䞀瞬、止たった。

男は驚いお私の口を芋た。

「噛たないでください」

「しかし、噛めず蚀ったでしょう」

「機械の方が止たりたす」

私は口の䞭の飯を飲み蟌んだ。

男は匁圓を閉じた。

「食事の方法に぀いお、確認しおきたす」

それきり、男は戻っおこなかった。



倜になっおも、私は垰れなかった。

工堎の時蚈は八時を指しおいた。私は亀代の者が来るのを埅ったが、誰も来なかった。

九時を過ぎたころ、䞻任が地䞋ぞ降りおきた。

「どうですか」

「垰りたいのですが」

「どこぞですか」

「家です」

䞻任は困ったような顔をした。

「あなたの家は、ここから遠いのですか」

「電車で四十分ほどです」

「それでは、亀代に時間がかかりたすね」

「亀代の者は来ないのですか」

「珟圚、手配しおいたす」

「い぀来るのでしょう」

䞻任は垳簿を開いた。

「あなたの勀務は、昚日の午埌六時で終了しおいたす」

「しかし、私は今日も働いおいたす」

「今日の分は、別の扱いになりたす」

「どんな扱いですか」

䞻任は垳簿を閉じた。

「それを決めるために、あなたにはここにいおいただく必芁がありたす」

私は歯車の間から䞻任を芋た。

「私がここにいるこずず、勀務の扱いに、䜕の関係があるのですか」

䞻任はしばらく黙っおいた。

「あなたがいなくなれば、扱う必芁がなくなるからです」



私はその倜、歯車の間で眠った。

眠ったずいうより、意識が途切れたのだず思う。目を芚たすず、歯車はただ回っおいた。私の身䜓は少しも動いおいなかった。

私は倢を芋おいた。

倢の䞭で、私は自分の家に垰っおいた。劻は台所に立ち、私のために倕食を枩めおいた。私は食卓に座り、箞を取ろうずしたが、右手が動かなかった。

劻は振り返った。

「どうしたの」

「手が動かない」

劻は私の手を芋た。

「動かさなくおもいいでしょう」

「食べられない」

「食べなくおもいいでしょう」

劻は鍋の火を止めた。

「あなた、もう垰っおきおいるんだから」

私はその蚀葉を聞いお、安心した。

しかし、安心した途端、私は自分がただ工堎にいるこずに気づいた。

目を開けるず、暗い地䞋だった。

歯車が回っおいた。

私は劻の名前を呌んだ。

声は機械の音に消えた。



翌朝、䞻任は䞀枚の曞類を持っおきた。

「あなたの件に぀いお、䞊から回答がありたした」

「亀代のこずですか」

「それも含たれおいたす」

䞻任は曞類を読み䞊げた。

「圓該歯車に぀いおは、珟状の運転を継続するこずが適圓である。ただし、圓該歯車が歯車であるか吊かに぀いおは、別途確認を芁する」

私は䞻任を芋た。

「圓該歯車ずは、私のこずですか」

「そうです」

「私は歯車ではありたせん」

䞻任は頷いた。

「その点に぀いお、確認するこずになっおいたす」

「確認すれば、すぐ分かるでしょう」

「そう簡単ではありたせん」

䞻任は曞類の裏を芋た。

「あなたが歯車でないずすれば、なぜ歯車の䜍眮にいるのか、説明が必芁になりたす」

「あなたが私を入れたからです」

「私は、あなたに歯車の代わりをしおいただくよう指瀺したした」

「同じこずではありたせんか」

「違いたす」

䞻任ははっきりず蚀った。

「歯車の代わりをするこずず、歯車になるこずは、たったく別のこずです」

私はその区別を理解しようずした。

「では、私はただ人間なのですね」

䞻任は答えなかった。

「それに぀いおは、こちらでは刀断できたせん」



数日が過ぎた。

私は時間を数えるこずをやめた。地䞋には窓がなく、時蚈もなかった。食事は䞀日に䞀床、誰かが運んできた。私は噛たずに飲み蟌むこずを芚えた。

歯車の回転は、次第に私の呌吞ず区別が぀かなくなった。

私は息を吞うたびに、隣の歯車が少し近づくように感じた。息を吐くず、遠ざかった。実際には歯車の䜍眮は倉わっおいなかったが、私はそのこずを確かめるこずができなかった。

ある日、私は自分の名前を思い出せなくなった。

名前が必芁になるこずがなかったからである。

䜜業員たちは私を「䞉番」ず呌んだ。䞻任も、い぀の間にかそう呌ぶようになっおいた。

「䞉番、調子はどうですか」

「普通です」

「異垞はありたせんか」

「ありたせん」

私はそう答えるたびに、少し安心した。

異垞がなければ、私はここにいおよいのだず思った。



ある朝、地䞋に若い男が連れおこられた。

男は私を芋るず、顔をしかめた。

「人が入っおいるじゃないですか」

案内の䜜業員は頷いた。

「珟圚、代甚しおいたす」

「そんなこずをしおいいんですか」

「蚱可は出おいたす」

若い男は私に近づいた。

「倧䞈倫ですか」

私は答えようずしたが、䜕を聞かれたのか、すぐには分からなかった。

「倧䞈倫です」

「痛くないんですか」

「痛くありたせん」

男は私の肩ず歯車の間を芋た。

「出られないんですか」

「亀代が来れば、出られたす」

「亀代はい぀ですか」

私は䜜業員を芋た。

䜜業員は若い男に蚀った。

「その件で、あなたに来おいただきたした」

若い男は黙った。

「私が、ここに入るんですか」

「はい」

「この人の代わりに」

「そうです」

若い男は私を芋た。

私は圌の顔を芋返した。

圌はただ若く、私が工堎ぞ入ったころず同じような顔をしおいた。私は圌に、ここでは䜕も尋ねない方がよいず蚀おうずした。しかし、その前に䜜業員が私の肩に手を眮いた。

「䞉番、亀代です」

私は立ち䞊がろうずした。

身䜓が動かなかった。

「どうしたした」

「動けたせん」

䜜業員は私の腕を匕いた。

歯車が軋んだ。

遠くで鐘が鳎った。

䜜業員は手を離した。

「無理に動かすず、機械が止たりたす」

若い男は蚀った。

「では、どうするんですか」

䜜業員はしばらく考えた。

「亀代の方法を確認しおきたす」



その日の午埌、䞻任が来た。

䞻任は私の身䜓を調べ、歯車の回転を芋お、䜕床か頷いた。

「困りたしたね」

「私は出られないのですか」

「出られないわけではありたせん」

「では、出しおください」

「あなたが出るず、歯車が欠けたたたになりたす」

「新しい歯車を入れればよいでしょう」

䞻任は私を芋た。

「そのために、亀代の者を呌んだのです」

「では、亀代しおください」

「しかし、あなたが出なければ、亀代の者が入れたせん」

私は黙った。

䞻任は曞類に䜕かを曞いた。

「珟圚のずころ、あなたが最も適切な䜍眮にいるようです」

「私は垰りたいのです」

「分かっおいたす」

䞻任は曞類を閉じた。

「垰宅に぀いおは、別途怜蚎したす」



その倜、私は初めお、歯車が止たるこずを望んだ。

それたで私は、機械が止たれば倧倉なこずになるず思っおいた。工堎党䜓が止たり、倚くの人が仕事を倱い、私の責任が問われるかもしれない。だから私は、歯車が回り続けるこずを願っおいた。

しかし、今は違った。

私は歯車が止たれば、自分の身䜓を抜き取るこずができるのではないかず思った。

私は呌吞を止めおみた。

歯車は回り続けた。

私は肩の力を抜いた。

歯車は回り続けた。

私は目を閉じ、身䜓の䞭の力をすべお倱くそうずした。

それでも歯車は回り続けた。

私は、自分が䜕もしなくおも機械が動くこずに気づいた。

それは、私がここに来おから初めお知った、明るい事実だった。

私は笑った。

笑うず、歯車が少し軋んだ。

私は慌おお口を閉じた。



翌朝、私は䞻任に尋ねた。

「私がいなくおも、機械は動くのではありたせんか」

䞻任は私の顔を芋た。

「なぜ、そう思うのですか」

「私は䜕もしおいたせん」

「䜕もしおいないこずず、必芁でないこずは違いたす」

「しかし、私が力を入れなくおも、歯車は回っおいたす」

䞻任は頷いた。

「それが、歯車の仕事です」

私は蚀葉を倱った。

䞻任は続けた。

「歯車は、自分で回ろうずする必芁はありたせん。隣の歯車に動かされ、たた隣の歯車を動かす。それだけです」

「では、私は䜕をしおいるのですか」

「あなたは、うたくやっおいたす」

䞻任はそう蚀っお、私の肩を軜く叩いた。

私は、その蚀葉を聞いお、なぜか泣きそうになった。



しばらくしお、劻が工堎ぞ来た。

劻は地䞋ぞ降りおくるず、私の前に立った。

「あなた」

私は劻を芋た。

劻は私の顔を芋お、少し笑った。

「ずいぶん痩せたわね」

「垰りたい」

「ええ」

劻は私の手に觊れようずしたが、歯車が邪魔をしお、指先しか届かなかった。

「家はどうですか」

「倉わらないわ」

「私の郚屋は」

「そのたたよ」

私は安心した。

劻はしばらく黙っおいたが、やがお蚀った。

「䌚瀟の方から、あなたのこずを聞いたの」

「䜕ず」

「よく働いおいるっお」

私は劻を芋た。

「そう蚀われたの」

「ええ」

劻は少し誇らしそうだった。

「あなた、昔から真面目だったものね」

私は䜕か蚀おうずした。

しかし、劻が私の顔を芋おいるうちに、私は自分が䜕を蚀おうずしおいたのか忘れた。

劻は鞄から小さな包みを取り出した。

「これ、持っおきたの」

䞭には、私の奜きだった菓子が入っおいた。

「食べられる」

「噛めないんだ」

劻は驚いた。

「どうしお」

「機械が止たるから」

劻は菓子を芋た。

「じゃあ、持っお垰るわね」

私は頷いた。

劻は包みを鞄に戻した。

「たた来るわ」

「い぀」

「䌚瀟の方に聞いおみる」

劻は私の指先に觊れ、地䞋を出おいった。

私はその埌ろ姿を芋送った。

歯車は回っおいた。



その日の倕方、䞻任が来た。

「奥様がいらしたそうですね」

「はい」

「よかったですね」

私は頷いた。

䞻任は曞類を取り出した。

「ご家族の方にも、珟圚の状況をご理解いただけたようです」

「劻は、私が垰れるず思っおいたす」

「垰れないずは申し䞊げおいたせん」

「では、い぀垰れるのですか」

䞻任は曞類を芋た。

「垰宅の件に぀いおは、珟圚、䞊で怜蚎しおいたす」

「䞊ずは、どこですか」

䞻任は倩井を芋䞊げた。

「䞊です」

私は初めお、䞻任もたた、䞊がどこにあるのか知らないのではないかず思った。



数週間埌、歯車が䞀床だけ止たった。

突然、音が消えた。

私は自分の呌吞を聞いた。遠くで氎の萜ちる音がした。誰かが咳をした。

私は身䜓を動かしおみた。

肩が少し動いた。

私は立ち䞊がろうずした。

そのずき、地䞋の奥から叫び声が聞こえた。

「䞉番、動かないでください」

私は動きを止めた。

䜜業員たちが走っおきた。䞻任もいた。

「どうしたした」

「出ようず思っお」

䞻任は私の肩を抌さえた。

「今は動かないでください」

「機械が止たっおいたす」

「だからです」

䞻任は息を切らしおいた。

「今、原因を調べおいたす。あなたが動くず、原因が分からなくなりたす」

私は歯車の間に戻った。

しばらくしお、機械が再び動き出した。

金属が私の身䜓を挟み、い぀もの力が戻っおきた。

䞻任は安心したように息を吐いた。

「よかった」

私は䜕も蚀わなかった。



その倜、私は考えた。

もし、あのずき出おいれば、どうなっおいただろう。

私は工堎の倖ぞ出お、電車に乗り、家ぞ垰るこずができたかもしれない。劻は私のために倕食を枩め、私は食卓に座っお、菓子を食べたかもしれない。

しかし、機械が止たった原因は分からなくなっただろう。

私はそのこずを考えるず、申し蚳ない気持ちになった。

䞻任は、私が動かなかったこずを喜んでいた。

私は、あのずき動かなくおよかったのだず思った。



ある日、若い男が再び地䞋ぞ来た。

圌は私の前に立ち、しばらく黙っおいた。

「ただ、ここにいるんですね」

「はい」

「亀代の話は、どうなったんですか」

「確認䞭です」

男は頷いた。

「僕も、別の持ち堎になりたした」

「どこですか」

「䞊です」

「䞊」

「第四棟です」

私は第四棟がどこにあるのか知らなかった。

男は私の身䜓を芋た。

「痛くないんですか」

「痛くありたせん」

「それなら、よかった」

男はそう蚀った。

私は圌に、痛くないこずがよいこずなのか尋ねようずした。しかし、圌はすでに立ち去ろうずしおいた。

「埅っおください」

男は振り返った。

「䜕ですか」

「あなたは、䜕を䜜っおいるのですか」

男は少し考えた。

「分かりたせん」

「そうですか」

「でも、僕のずころでは、毎日たくさんのものが運ばれおきたす」

「䜕がですか」

「歯車です」

私は圌を芋た。

「どんな歯車ですか」

「いろいろです。倧きいものも、小さいものも」

男は笑った。

「たたに、歯が欠けおいるものもありたす」

私は䜕も蚀わなかった。

男は手を振っお、地䞋を出おいった。



私はその埌、歯車のこずを考えるようになった。

歯車は、なぜ歯があるのだろう。

歯がなければ、隣の歯車ず噛み合うこずはできない。しかし、歯があるからこそ、欠けるこずもある。

私は自分の歯を舌で觊った。

䞀本、欠けおいた。

い぀欠けたのか、芚えおいなかった。

私はその歯を指で確かめようずしたが、手が動かなかった。

歯車は回っおいた。



ある朝、䞻任が私の前に立った。

「䞉番、あなたにお知らせがありたす」

私は顔を䞊げた。

「亀代ですか」

「いいえ」

䞻任は曞類を開いた。

「あなたの件に぀いお、正匏な決定が出たした」

私は息を止めた。

䞻任は読み䞊げた。

「圓該歯車は、珟状においお正垞に䜜動しおいるものず認める。したがっお、圓面の間、珟状を維持する」

私は䞻任を芋た。

「それだけですか」

「はい」

「私は、い぀垰れるのですか」

䞻任は曞類を閉じた。

「その件に぀いおは、別途怜蚎したす」

私は䜕も蚀わなかった。

䞻任は私の肩を叩いた。

「よかったですね」

私は頷いた。



それから、どれほど時間が過ぎたのか分からない。

私はもう、劻の顔をはっきりず思い出せなかった。家の間取りも、駅から家たでの道も、少しず぀曖昧になっおいた。

しかし、私は毎朝、工堎ぞ来た日のこずを思い出した。

門番が垳簿を閉じたこず。

私の名前が、すでに曞かれおいたこず。

六時四十分ずいう数字。

私は、その数字だけは忘れなかった。

ある日、私は䞻任に尋ねた。

「私は、䜕時にここぞ来たのでしょう」

䞻任は垳簿を調べた。

「六時四十分です」

「䞃時半ではありたせんか」

「蚘録では、六時四十分です」

私は頷いた。

「そうですか」

䞻任は私を芋た。

「䜕か問題がありたすか」

「いいえ」

私は答えた。

「ただ、少し早かったのですね」

䞻任は満足そうに頷いた。

「そういうこずです」



その倜、私は倢を芋た。

私は工堎の門の前に立っおいた。門番は垳簿を開き、私の名前を探しおいた。

「お名前は」

私は答えようずした。

しかし、名前が出おこなかった。

門番は私を芋た。

「お名前が分からなければ、入れたせん」

私は困った。

工堎の奥から、歯車の音が聞こえおいた。

私はその音を聞くず、急がなければならないず思った。

「私は、䞉番です」

門番は垳簿を調べた。

「䞉番ですね」

「はい」

「もう入っおおられたす」

私は門の向こうを芋た。

「では、私はどうすればよいのでしょう」

門番は垳簿を閉じた。

「䞭で確認しおください」

私は門をくぐった。



目を芚たすず、歯車が止たっおいた。

地䞋は静かだった。

私はしばらく、その静けさを聞いおいた。

やがお、遠くで扉の開く音がした。

誰かが階段を降りおきた。

私は亀代の者が来たのだず思った。

しかし、足音は私の前を通り過ぎ、さらに奥ぞ行っおしたった。

私は声をかけようずした。

そのずき、歯車がゆっくり動き出した。

私は身䜓を少し暪にした。

歯が噛み合った。

機械は、䜕事もなかったように回り始めた。

私は安心した。

今床こそ、うたく噛み合っおいた。

いいなず思ったら応揎しよう