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私の好きな『余韻』

「余韻」という言葉を意識したことなんて、noteを始めるまではほとんどなかった。

なんなら毎日ドタバタしていて、昔からサザエさんのようなキャラクターの私。

それでも、おっちょこちょいなりに毎日、一生懸命、前向きに過ごしてきたつもり。

物事の真っ最中って、気持ちが昂っていて、自分の気持ちに気づけないことがある。

でも、こうやって文字にしたり、少し落ち着いて振り返ったりすると、

「あぁ、私、けっこう幸せだったんだな」

と、何気ない日々の幸せを噛み締めることがある。

これぞ余韻、笑。

余韻とか余白って、丁寧な暮らしをしている方が使う言葉だと思っていた。

私にはちょっと縁遠い言葉だと思っていたけど、どうやら私もちゃっかり感じていたらしい😂

子どもとの何気ない日々の一コマも、あとから思い返してみると、人生の中では一瞬で過ぎてしまう、かけがえのない時間なんだなと思う。

そこにいて当たり前だと思っている夫の何気ない行動も、あとから思い返してみると、さりげなさすぎて見過ごしてしまうところだった優しさだったのだなと気づく。

自分が発信した言葉にいただいたコメントを拝見したときには、自分では見えていなかった新しい景色を見せてもらったような気持ちになる。

その瞬間には気づかなかったものを、あとからじんわり感じる。

子どもとの時間も、夫の優しさも、noteでいただく言葉も。

全部、余韻なんだな……。

そう考えると、noteを始めたから余韻を感じるようになったというより、

noteを始めて、今まで感じていたものに「余韻」という名前がついたのかもしれない。

毎日を丁寧に味わう余裕なんてなくてもいい。

そのときは必死で、後から振り返って「あれ、私、幸せだったんだな」と気づく。

そんな時間も、案外悪くない。

今日もドタバタ過ごしている私の中に、ちゃんと余韻はある。

……なんて言いながら、明日にはまたサザエさんのようにバタバタしているんだろうけど😂🌀

                                                            (800文字)


こちらの企画に参加させていただきました🥰




このような温かい企画を企画・運営してくださり本当にありがとうございます✨️

参加させていただく中で、大切な思い出や気持ちを改めて形にすることができました。


そして、もうひとつ。
今回「余韻」という言葉にたどり着くきっかけのひとつになった、お父さん猫さんの記事もぜひ🐱


素敵な記事なので、よかったら読んでみてください☺️

#文藝大賞2026 #エッセイ部門

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