豊臣兄弟!のお城 第34話
(最強のライバル)
でした。
きたる小牧長久手合戦〜その後に至るまでの
(最強のライバル・家康)がどうやって誕生したのか、誕生ストーリー回みたいでした。
籠の鳥に例えられた人質時代、
信長の命に背けなかった妻子殺害、
がトラウマっぽく描かれていました。
お城が多いので、少しだけ感想です。
小一郎、月代にしたら、より存在感がないです。
松下家康さん、良かった💕
徳川四天王登場、それぞれいいね👍
小牧長久手合戦で活躍の場が描かれるといいけどな。
北条氏政さんの黒い微笑み🖤
このころの勢力図。羽柴はさらに西に領地がありますね。

🏯🏯本編、紀行で新出のお城🏯🏯
⚫︎大坂城
⚫︎二俣城
これまでに紹介してると思うのですが、
⚫︎岡崎城
⚫︎駿府城
⚫︎浜松城
⚫︎長島城
でしょうか?
⚫︎大坂城
記事があります🙇♀️↓
石山本願寺があった上町台地北端に
秀吉は大坂城を築きました。
それは総構や城下町を含む壮大なもの。
安土城から一歩〜数歩先を進んだ
(武力➕経済➕デザイン)のお城かな?って思います。
全体像はこんな感じです。

お城の天守、といえば
石落とし、鉄砲格子があったり、
本来は防御攻撃施設、文字通り最後の砦でしたが、
豊臣(今は羽柴だけど)大坂城天守は
ドラマでやっていたように権力と権威を内外に示すための政治的・象徴的な
いわばトヨトミショールームみたいな感じだった。
その姿は大坂夏の陣図屏風に描かれていて、現在の天守の北東、本丸の北東隅に建っていました。
第八階というフロイスの記述もあり、内部は地上6階、地下2階だったと考えられます。

今の大阪城近辺で名残が見られるだけじゃなく、琵琶湖の竹生島の宝厳寺唐門(現存)にその絢爛豪華さを見ることができます!


上のジオラマみたいに、石垣は三段ですが、
今見る大阪城の石垣は徳川期の大阪城のもので、豊臣期のものは野面積みです。↓


今の大阪城天守閣は徳川期の二代目につぐ、3代目。
1931年に国内最初の近代工法により作られた復元天守です。前述の大坂夏の陣図屏風に描かれた豊臣期天守が参考にされましたが、雰囲気として、豊臣✖️徳川ハイブリッドなイメージがあります。

⚫︎二俣城
記事があります↓大好きです❤️
徳川、武田が争奪を繰り広げた要衝の城です。
長篠合戦後は徳川方の城となり、北遠地域の要となっていますが、嫡男信康が1579年自刃した悲劇の城でもあります。
ここの天守台石垣は野面積みで現地付近の石灰岩。




⚫︎駿府城
家康にとっては駿府今川館時代と、大御所時代を過ごしたお城になります。
ドラマのように人質時代にトラウマがあれば、
大御所時代になって過ごしたいとは思わないと思うので、
わたしは人質時代に悪い印象を持っていなかったと思っています。
むしろ、松平家にいるよりも良い教育を受け、
自分を成長させたと思っているのではないかな?って。
発掘コーナーに入ることができて、今川館時代の井戸跡、豊臣の中村一氏時代の遺構、徳川時代の遺構を見ることができます。



鷹狩り中〜


北西にある臨済寺で雪斎さんに教わる。
今川館の庭園は富士山が借景になっていたそうです。羨ましいですね🏔️
⚫︎岡崎城
記事があります↓
家康はこのお城で生まれ、今川駿府館での人質生活の後、ここへ帰還し、ここを拠点に三河平定に着手しました。


⚫︎浜松城
記事があります↓
若き家康の活躍の場となる遠江の要衝です。
遠江国を支配下に置いた家康が東の備として築きました。
今見る石垣は野面積みでワイルドですが、一部を除けば豊臣政権下の堀尾時代のものだと考えられています。
天主台から復元天守がズレていてイマイチだと言われがちですけど、
浜名湖北岸の珪岩からなる石垣で、色も珍しいかな?と思います。好きです💓



⚫︎長島城
長島城といえば長島一向一揆。
一向宗門徒たちが籠ったお城で無数の中洲が入り乱れていたことから、(七島)が長島になったとされます。そんな天険の地にありました。
賤ヶ岳後、信雄は(尾張、伊勢、伊賀)を領有し、本拠地を清須城から長島城に移しました。
ドラマでも描かれていましたが
信雄が秀吉に通じた三家老を殺害したのもこの城です。
のちに小牧長久手合戦となる秀吉VS家康の主戦場も、この辺りになると当初は想定されていて、
信雄家臣、徳川の先鋒もこの辺りに集結していますね。
合戦がスタートしてからのことは、また次週出てきたら紹介します!
そんな長島城も天正地震で壊滅してしまいました。
遺構も河川改修工事でほぼ変わった姿となっています。




🏯🏯🏯
来週は(秀長誕生!)だそうです。
その次はもう、四国攻めみたいですね。
四国攻め、九州攻め回に入ったら、流石にもうわたしは太刀打ちできないですね💦
最後までお読みくださりありがとうございました😊


