ふたつおしろをたずねたら 一触即発の夜 小幡城と竜泉寺城
小牧・長久手合戦の最中、
秀吉と家康が約3キロしか離れてない距離で夜を過ごしたドキドキの時がありました。
その間ダッシュしてみたら15分程💦
そんな二つのマイナー城を紹介します。

⚫︎徳川方 小幡城
元は織田信長の叔父・信光の居城でした。
小牧・長久手合戦の際徳川軍により改修。
岡崎別働隊を追う徳川先遣隊、家康本隊もここへ入城しています。
ここから先遣隊は総大将秀次の追撃に向かっているし、
家康本隊は長久手の色金山本陣に移動しています。
長久手合戦で勝利した後は小牧山城へ帰るまでの休息の城となりました。重要な中継の城ですね。
ところがこの時
秀吉本隊がここから3キロ先の竜泉寺城まで迫ってきていたのです。
これをチャンスとみた本多忠勝らは夜襲を提案しますが、
家康は自軍の消耗具合などを鑑み、斥候を送った結果、夜のうちに小牧山城へ退却したそうです。
賢明な判断に思えるけど、どうなんだろう。
さて、小幡城跡。
すっかり開発されているけれど、
地形はとても楽しむことができるし、
よく名残を残しています。
要害なお城だったと体感できます。





⚫︎羽柴方 竜泉寺城
河岸段丘上で濃尾平野も一望できる要害の地。
尾張四観音のひとつとして知られている竜泉寺ですが、兄を狙う信長の弟・信勝によって軍事的に改造されています。
小牧・長久手合戦時秀吉軍によって改修。
長久手合戦の自軍の大敗を受けた秀吉が大軍を率いて救援に向かい、日没後竜泉寺城へ入城。
目前には家康の小幡城がありました。
秀吉は家康を結果的には攻めず、一夜のうちに空堀を掘らせ夜襲に備えたそうです。
徳川軍に夜襲しようとしたけれど、稲葉一鉄が止めたとも。
秀吉らしくもない気もするし、
流れが来てない時は無理に乗らないのも
秀吉らしいのかな、
って気もする。
敗戦しても頭に血がのぼってなくて、えらいな、
って思う。
さて、竜泉寺城跡
小さな宝物館になっているミニ天守があるのですが、日曜しか開いてないみたいで、わたしは2度とも入館できていません。
宝物館には円空仏さんが居られるみたいだし、見てみたいです。
一夜の堀はこの天守裏にあるみたいですが、立ち入り禁止だそうです。
でも、お寺さんに上がるだけで、要害の地であることは十分感じられます。


珍しい光景。


ここで両者決戦になってたら、どうなったかな。
普通に考えたら、大軍の秀吉が有利だと思うけれど、野戦も得意な徳川軍も侮れないし‥
最後まで
お読みいただきありがとうございました😊

昨日どんぐりいっぱい落ちてたよー🍁
栗きんとんも売ってた🤎
