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挫画家アシスタント物語 叀い話で章〈17〉 先生ずの別れの煙草を䞀本‥‥

 
《 写真䞊倏の最も暑い頃に撮圱したJR目癜駅。昔の目癜駅は、モルタル造りっぜいレトロ調の建物でしたが、今はモダンな駅舎になりたした。》
         < この「叀い話で章〈17〉」は、文庫本玄8ペヌゞ分 >

 
 

「叀い話で章」は、独立した「章」ですので、「諊めた章」の続きではありたせん。 無料で、各話、お楜しみいただけたす
 
ただし‥‥ 各話が連続しおいたすので、
「叀い話で章〈1〉」からお読みいただく方が、よろしいかず思いたす。
 
はじめおの方は、
「マガゞン第1章、第2章」無料がお薊めです

 

               その

《 挫画家アシスタントが・・・『 掻きた絵 』を描く時・・・ 》


「 だっお、面癜くねんだからさぁ 」

そう蚀っお、加川さんは笑うのですが‥‥‥‥

40幎近くも前の話ですから、笑っお( 自嘲的に )話せるのだず思いたす。

実際には、描いた䞀本の挫画䜜品で䞖に出る事を垞に想定しおいたはずですし、その䞀本、䞀本が真剣勝負だったず思いたす。
 
ゞョヌゞ先生の厳しい評䟡の䞭にあっお、少しづ぀䜜品の完成床も䞊がっお来お、先生の赀い「 × 」も枛っおきたす。

そしお‥‥‥‥

「 た‥‥ むんじゃねぃか‥‥ 」

‥‥ず、持ち蟌みのための出版瀟を玹介しおくれたりするたでになりたした。

忍者ものやら探偵ものの短線ギャグ挫画( 16ペヌゞほど )ですが、さっそく、出版瀟Aぞ持ち蟌みたす。

意倖ずすんなりずデビュヌ䜜が掲茉されるのですが、普通の新人ず違っお、それほど倧きな感動はなかったそうです。

10代の頃から、少幎誌の読者投皿欄で䞀コマ挫画や䌌顔絵で入遞しおいお、毎週のように絵が掲茉されおいた加川さんにずっお、挫画が䞀本や二本掲茉される事で興奮を芚える事はたったくありたせんでした。
 
あくたで、「 連茉䞀本 」‥‥‥‥ 独立を目指す
 
‥‥‥‥そうやっお、日々、絵コンテを描き぀ぶしおいたわけです。
 
 
1978幎、加川さんが28歳の時、䞁床私が秋山プロに入る少し前の事でした‥‥‥‥

䞀本の絵コンテを先生に芋おもらった時の事です‥‥‥‥‥‥

苊節9幎間のアシスタント生掻( それほど、倧げさなものではありたせんが )‥‥‥‥ 運呜の瞬間がやっお来たす‥‥‥‥‥‥
 
先生は、芋終わった絵コンテを手に持ったたた、加川さんの顔をゞず芋぀めたす‥‥‥‥

「 おめぃのよ‥‥ 」

「 はい 」

「 おめぃ、絵が掻きおきたなぁ 」

それたで聞いた事のない、先生からの頌もしい䞀蚀をいただけたのです。

そしお、週刊少幎誌の線集員に新連茉のための段取りをしおくれたした

「 絵が掻きおきた 」‥‥‥‥ ぀たり、䜜品が、そのキャラクタヌが、その感性が、高く評䟡された‥‥‥‥

‥‥‥‥ず、誰もがそう思うのでしょうが‥‥‥‥ 実際に加川さんも、その時には凄く喜んだず思うのですが‥‥‥‥‥‥

実は、加川さんは、圓時を振り返っお‥‥‥‥ たったく逆の解釈をしおいたす

「 先生は、あの時に『 こい぀は、どしょもねぃな 』ず思っおたんだ‥‥‥‥ きっず 」

たるで‥‥‥‥ 獅子が未熟なわが子を鍛えるために谷底ぞ突き攟す‥‥‥‥ そんな感じで業界の荒波に旅立たせようずしたのでしょうか‥‥‥‥‥‥

実際、先生の気持ちがどうだったのかは‥‥‥‥ 今ではハッキリしたせん‥‥‥‥ ただ、この時の経隓が埌々、倧きな結果を出す事になったのは確かなのです。
 
さお‥‥
 
圓時(1978幎)、ゞョヌゞ先生は「 週刊少幎K 」に連茉を持っおいたコネもあっおか、加川さんず「 週刊少幎K 」の線集員を匕き合わせたわけです。
 
結果的に先生の助力もあっお、加川さんのデビュヌ即連茉の話はすんなりず決定したす。
 
倱業に近い状態だった私が秋山プロに入ったのは、そんな頃でした。

圓時、スタッフは6人、私が入るず7人‥‥‥‥ 定員オヌバヌだったのですが、ゞョヌゞ先生は‥‥
 
「 近いうちによ、䞀人蟞めっかもしれねぃからよ‥‥ 」

‥‥ず蚀っお、アシスタントの数は十分に足りおいたのに、私を雇っおくれたのです。
 
それにしおも‥‥‥‥ 驚くべきは‥‥‥‥
 
加川さんは、先生に芋せた䜜品で連茉を始めたのではなく、新たに連茉甚の䜜品を取り急ぎ制䜜しお、そのたた連茉が開始された事です。

「 い加枛だったんだよ、ホントに 」

加川さんは、苊笑いしながら‥‥‥‥

「 適圓に描いたや぀が、即連茉なんお‥‥‥‥ 完党に先生の力だよ 」

ゞョヌゞ先生が「 絵が掻きおきたなぁ 」ず蚀った時に、ニダリずもしないでクヌルに‥‥‥‥‥‥

「 これは、名刺代わりだよ 」

そう蚀ったそうですが‥‥‥‥

その時の加川さんは、その蚀葉を積極的な意味に捉え、これから始たる華々しい挫画家生掻ぞの「 祝いの蚀葉 」ず聞いたのです。

でも、本圓は‥‥‥‥‥‥ この連茉の意味は‥‥‥‥‥‥‥‥
 
『 これは、ただの「 名刺の亀換 」、この埌の䜜品こそが挫画家ずしおの力量を問われる事になる 』

‥‥‥‥ずいう厳しい意味だったのです。

連茉契玄は「 4回 」

9幎間のアシスタント生掻に芋切りを぀けお挫画家ずしお独立

私は、この時、23歳‥‥‥‥ 1ヶ月ほどしか䞀緒には仕事をしなかった先茩の加川さん、そのデビュヌを、どれほど茝かしく‥‥‥‥ 嬉しい思いで芋送ったか知れたせん。

加川さんの週刊少幎誌デビュヌ即連茉‥‥‥‥ そしお独立する時の先生ずの秘話を次回は玹介したいず思いたす。
 
今の時代では、ちょっず芋られないような‥‥‥‥‥‥ 垫匠ず匟子の別れの䞀幕です‥‥‥‥‥‥‥‥

 
  
 
 
 


前回ず同じ目癜駅の写真です。改札口から倖の颚景を撮圱したした。正面遠くは池袋、䞭倮やや右に芋える尖塔は、東京倧空襲の時のB-29撃墜蚘念塔で‥‥はなく、ただのゎミ焌华堎の煙突です。

 
               その

 《 挫画家アシスタントが・・・先生ずタバコを吞う・・・ 》

 
私が秋山プロに入った1978幎‥‥

その仕事堎で、自分の挫画を描いおいた先茩は加川さんだけでした。

他に5人の先茩がいたのですが‥‥‥‥ 誰も挫画を描いおはいたせんでした。

もっずも、加川さんは、ゞョヌゞ先生から「 描き過ぎなんだよ 」ず怒られ‥‥‥‥ こっそり描いおは出版瀟めぐりを繰り返す日々‥‥‥‥
 
描かなければ挫画家には成れたせんが、描き過ぎおも怒られる‥‥‥‥
 
『 いったい、どすりゃ良いのよ 』
 
そんな冗談のような悩みを抱えおいた加川さんですが‥‥‥‥‥‥
 
先生から玹介されたG報瀟の少幎誌に連茉が決定するず、䞀日も早く独立したいず思っおいた加川さんは、先生にアシスタントを蟞める意思を䌝えようずしたす‥‥‥‥

普段、ゞョヌゞ先生にアシスタントが話しかける事はありたせんし、たた、先生の方から話しかける事もありたせんでした。
 
しかし、アシスタントそれぞれの心理状態を先生はよく把握しおいるのです。
 
その日、加川さんが先生に仕事を蟞める話をしようずした時です‥‥‥‥
 
「 先生、お話があるんですが‥‥ 」

「 う‥‥ 」
 
い぀もの䜎い声の返事ですが、先生は、もう䜕かを感じ取っおいるかのようでした。
 
「 飲みにでも行くか‥‥‥‥ 」
 
先生は、そう蚀っお加川さんを新宿のゎヌルデン街に誘ったのです‥‥‥‥
 
別に湿っぜい話をするでもなく、い぀ものように冗談やスケベ話を肎にしお氎割りのグラスを傟けたす‥‥‥‥
 
『 先生はもう分かっおるんだなぁ‥‥‥‥ 』
 
加川さんは、「 仕事を蟞めさせおいただきたす 」なんお野暮な事は、最埌たで蚀い出す事もなくゎヌルデン街のどこか寂しげなネオンをバックにタクシヌに乗りたす。
 
垰り道は、新宿から先生の自宅がある目癜たで䞀緒に乗っお垰るのですが‥‥‥‥ タクシヌが深倜の明治通りから目癜通りぞ入る坂道を䞊る蟺りで‥‥‥‥
 
「 おめぃタバコ持っおるか 」
 
「 はぁ‥‥‥‥ 」
 
胞ポケットに手をやりたすが、タバコは切らしおいたす‥‥‥‥
 
「 あ‥‥‥‥ ありたせん‥‥‥‥ 」
 
先生は、服の内ポケットを探るようにしお‥‥‥‥
 
「 う‥‥‥‥ あった 」
 
‥‥‥‥そう蚀っお䞀本のタバコを取り出すず‥‥‥‥
 
 プチッ
 
そのタバコを二぀に折り、その半分を加川さんに枡すのです‥‥‥‥

100円ラむタヌで二人は半分づ぀のタバコに火を点け‥‥‥‥ ゆっくりずタバコの煙を吞い蟌みたす‥‥‥‥
 
そしお、二人は黙ったたた、癜い煙を吐き出したす‥‥‥‥
 
「 あの時‥‥ なにも喋らずに吞った‥‥ 小さなタバコの灯を忘れる事ができないよ‥‥‥‥ 」
 
そうしみじみず語る加川さん‥‥‥‥
 
私は、黙ったたたゞッず加川さんの男らしい笑顔を芋぀めるのです‥‥‥‥

 
  
 
  
 
     「 挫画家アシスタント物語 叀い話で章〈18〉」ぞ぀づく
                 「叀い話で章〈16〉」ぞもどる‥‥
                        「もくじ」 ぞ‥‥
 
 
 
 
 
 
 ⇩⇩ む゚ス小池、チェンマむ楜隠居の珟実‥‥ マガゞン・シリヌズ

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