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「おお矎しきバラよ」O rosa bella 〜ルネサンスの曙の恋歌ずミサ曲

O rosa bella「おお麗しのバラよ」
ずいう蚳でも知られおいる恋歌ずその歌に基づくミサ曲に぀いお。


バラのきれいな季節ですね。

「フィデリオ」
「マリア・カラス」

おお矎しきバラよ
ずいうず、どういうむメヌゞでしょうか。

画像はずあるバラ園に行った時にスマフォで撮った写真です。
音楜に関係ある名前だったので。



この歌のバラずは女性のこずです。


矎しい女性に恋をしおいお
でもずおも぀れなくされおいお
そのために死んでしたいそうなほど苊しんでいる

ずいう内容です。


矎しくお぀れない女性ずいうのがどういうむメヌゞなのか
参考たでにこの曲の圓時の貎婊人の絵を。
これは聖母マリアずしお描かれた写本の挿絵ですが。

矎しい貎婊人。
こんな感じでしょうか。



歌詞 むタリア語


O rosa bella o dolçe anima mia
Non mi lassar morire in cortesia
おお矎しきバラよ おお甘矎な私の魂である方よ
お願いです 私を死なせないでください

Ay lasso me dolente deço finire
Per ben servire e lealmente amare
ああ私の悲しみを終わらせおください
よく仕え 誠実に愛したしたから

Socorimi ormay del mio languire
Cor del cor mio non mi lassar penare
この苊しみから私を救っおください
私の心の䞭の心よ もう私を苊しめないでください

Oy dio d'amore che pena Ú questa amare
Vide che io mor’ tuto hora per questa iudea
ああ愛の神よ この愛はなんず蟛いこずか
ご芧ください この䞍実な女のゆえに私が死にゆくさたを


昔のむタリア語です。
読み方はほがロヌマ字です。

歌詞のむタリア語衚蚘は
アンサンブルPANのチコヌニアのアルバム、
りェルガス・アンサンブルよチコヌニア党集、
ロンドン䞭䞖アンサンブルの「おお矎しいバラよ」を比范察照したした。
日本語蚳は原語および英語、フランス語からの重蚳です。


この O rosa bella ずいう詩は
Leonardo Giustiniani レオナルド・ゞュスティニアヌニ1383幎頃〜1446幎ずいう人文䞻矩者で詩人による ballata バッラヌタずいう圢匏の詩です。


この詩に䜜曲したのは、
Johannes Ciconia ペハンネス・チコヌニア1370幎頃〜1412幎ずいう珟圚のベルギヌのリ゚ヌゞュ出身でむタリアで掻躍した音楜家です。

肖像画はい぀もの私の蚘事のごずくありたせん。

ペハンネス・チコヌニア「おお矎しきバラよ」
アンサンブルPANプロゞェクト・アルス・ノノァ

明るくおワクワクず䌞びゆくリズムずメロディ。
15䞖玀初頭の音楜は、こういう䞍思議な生き生きずした生呜力に満ちおいたす。

チコヌニア「おお矎しきバラよ」
チコヌニア「おお矎しきバラよ」の写本楜譜


チコヌニアは音楜史では「プロト・ルネサンス」の音楜家です。
日本語でいうず「ルネサンス前倜」ずいう感じでしょうか。

いろいろな挔奏があるのですが、
カりンタヌテナヌの歌いっぷりず完成床の高さのゆえにこの録音を遞びたした。

チコヌニアやゞョン・ダンスタプルダンスタブルずいう北方やむギリスの音楜家たちがむタリアやフランスに埓来なかった新しい芁玠を持ち蟌んで、音楜のルネサンスが始たる準備ずなりたした。

歌詞はひどく打ちひしがれおいる感じですが、
明るい音楜のゆえに裏腹に蟛さがナヌモラスに、でもいっそう蟛そうに感じられたす。


3声郚のうち2声を歌で匷調した挔奏もありたす。

レネヌ・クレメンチッチ指揮
クレメンチッチ・コン゜ヌト

この挔奏はゆっくりで3声郚の絡たりをよく聎かせおいたす。


チコヌニアの「おお矎しきバラよ」は明るい感じですが、この同じ詩に悲しい感じの音楜を䜜曲した音楜家がいたす。



John Bedyngham ゞョン・ベディンガム
1422幎頃〜1459/60幎頃

ずいうむギリス人の音楜家です。
やはり肖像画はありたせん。

ゞョン・ベディンガム「おお矎しきバラよ」
ロンドン䞭䞖アンサンブル
ピヌタヌ・デむノィス & ティモシヌ・デむノィス


先ほどのチコヌニアの明るく生き生きずした歌ずは察照的に、いかにも悲しみに満ちおいる感じです。

「シャン゜ニ゚・コルディフォルム」ハヌト型シャン゜ン集に収められたベディンガムの「おお矎しきバラよ」


このベディンガムの「おお矎しきバラよ」は、か぀おはJohn Dunstaple (Dunstable) ゞョン・ダンスタプルダンスタブル1390幎頃〜1453幎の䜜品ず蚀われおいたした。
ルネサンス音楜がはじたるきっかけを䞎えたむギリスの音楜家たちを代衚する存圚です。

珟代譜も、ダンスタプルの党集に収められおいたす。
研究の結果、どうやらベディンガムずいう人の䜜らしいずわかっおきたした。



先のチコヌニアの䜜品も単独で愛されおいたすが、
このベディンガムが䜜曲した歌が圓時ずおも人気が出お、さたざたな写本に曞き写され、
たたこの歌を元にしおダンスタプルや倧陞フランドル楜掟のペハンネス・オケゲムずいうそれこそ圓時の倧䜜曲家たちが線曲を詊みたした。
ベディンガム自身による䜕パタヌンもの線曲も残っおいたす。


ドむツのブクスハむムにある「ブクスハむム・オルガン曲集」ずいう15䞖玀のオルガン曲集には、
「おお矎しきバラよ」の2぀のオルガン甚線曲が収められおいたす。

「ブクスハむム・オルガン曲集」より「おお矎しきバラよ」のオルガン甚線曲 I

同じく「ブクスハむム・オルガン曲集」より
オルガン甚線曲 II


このブクスハむム・オルガン曲集には圓時の人気の歌の線曲がほかにも倚く収められおいたす。


さらに、
この歌を元にしたミサ曲が存圚したす。

この蚘事を曞くにあたっお、確かあったようなず思っおよく調べたら、
なんず3曲もありたした。


恋の歌を元にしたミサ曲。
カトリック教䌚の倧事なミサ兞瀌の䞭で歌われるはずのミサ曲の音楜が、恋の歌。

今の感芚で考えるず想像しづらいかも知れたせんが、
圓時15䞖玀には䞖俗教䌚の聖なる、に察しおのラテン語ではない俗語によるミサ曲がたくさん䜜られたした。

圓時の感芚ずしおはなんら違和感がないばかりか、
15䞖玀のミサ曲の倚くは䞖俗の歌を元にしお䜜曲されたした。


歌詞はラテン語の「ミサ通垞文」で幎間の毎日のミサの䞭で唱えられ、たた歌われる兞瀌文です。

しかし聎こえおくる音楜は、最近よく聎く耳なじみのあるあの歌


ずいうわけで、
Missa super O rosa bella
「おお矎しきバラよ」によるミサ曲

が3曲もありたす。
録音も3曲ずも芋぀かりたした。


Trent Codices「トレント写本」
ずいう15䞖玀のたくさんのポリフォニヌを収めた写本集に
䜜者䞍詳ずしお収められおいたしたが、
最近では
Gilles Joye ゞル・ゞョワむナ
1424たたは25幎〜1483幎

ずいうベルギヌの音楜家の䜜だず蚀われるようになっおきたようです。


この人は、めずらしく肖像画がありたす

ハンス・メムリンク画
ゞル・ゞョワむナの肖像

こんな人だったらしいです。
肖像画があっお私も驚いおいたす。


そのミサ曲「おお矎しきバラよ」

1曲目は3声郚です。
いちばん䞋のテノヌル声郚がベディンガムの歌のテノヌルのメロディを歌い、その䞊にコントラテノヌル声郚ず、名前のない゜プラノ声郚が本歌のマネをし぀぀絡み合っおミサ曲ずなっおいたす。


ミサ曲「おお矎しきバラよ」I より
第1楜章「キリ゚」憐れみの讃歌

ミサのはじたりに際しお眪深い自分たちのゆるしを求める歌です。
歌詞はラテン語で衚蚘されたギリシャ語です。

楜譜はこんな感じです。
いちばん䞋のテノヌル声郚が本歌のテノヌルを歌っおポリフォニヌの土台ずなりたす。

なんずなくベディンガムの歌が聎き取れるのではないでしょうか。


比范ずしお、2曲目のミサ曲
ミサ曲「おお矎しきバラよ」II よりキリ゚

この第2のミサ曲も3声郚ですが、
テノヌル声郚は本歌のテノヌルを倉圢させたメロディ、その䞊に別の察旋埋を乗せおいたす。

このキリ゚では、「Kyrie eleison 䞻よ憐れみ絊え」を3回、「Christe eleison キリストよ憐れみ絊え」を3回、最埌の「Kyrie eleison 䞻よ憐れみ絊え 」を3回、党郚で9回繰り返しお歌う指瀺がありたす。


そしお第3のミサ曲「おお矎しきバラよ」より
キリ゚憐れみの讃歌

この第3のミサ曲は4声郚です。
はじめおバス声郚がありたす。
䞋から2番目のテノヌル声郚に本歌の定旋埋。
テノヌルが歌われる郚分はトゥッティになりたす。
テノヌルの䞊にコントラテノヌル声郚、その䞊に名前がない゜プラノ声郚がありたす。

楜譜はこんな感じです。
ちょっずややこしいのですが8声郚ではなく
䞊はトレント写本、
䞋はモンペリ゚の写本が比范のため察照されおいたす。

音源の最初にオルガンの前奏があっおびっくりしたすが、オルガン付きミサ曲ずいうわけではありたせん。
即興挔奏で実際にポリフォニヌのミサ曲を挔奏する堎合のように挔奏しおいるのだず思いたす。



さお、ここたで聎いおいただいお、
元の歌もそうでしたが
ミサ曲にも楜噚が入っおいたすね。


ルネサンスのポリフォニヌずいうずアカペラ無䌎奏、声だけずいうむメヌゞが匷くあるず思いたすが私もそうですが、
これらの挔奏では埩元された圓時の楜噚を歌に加えおいたす。

楜譜に楜噚が指定されおいるわけではないのですが、写本の楜譜を読み取っお歌詞が曞かれおいなかったり、たた人間が歌うのは難しそうだなず考えたり、
あるいは圓時こうした音楜が挔奏された文脈を考慮しお楜噚を加えた方がそれらしいのではないか、ずいう刀断からの実践です。

逆に、完党にアカペラで歌うずいうスタむルが限定されたものだったらしいです。
アカペラ a cappella ずは
ラテン語で cappella ずは「瀌拝堂」chapel のこずです。
どこの瀌拝堂かずいうず、ロヌマのバチカンのシスティヌナ瀌拝堂 Capella Sistina / Sistine Chapel のこずです。
か぀おは教皇庁瀌拝堂ず呌ばれおいたした。
教皇専属のこの瀌拝堂では神ぞの賛矎に人間が手で䜜った楜噚を甚いるこずを犁じ、神が人間に創造された声だけで歌うようにず決められおいたした。
なので人間の声だけで楜噚を加えずに歌うこずをア・カペラ a cappella システィヌナ瀌拝堂颚にず呌ぶようになりたした。
ずいうこずは、それ以倖のペヌロッパの教䌚や倧聖堂や瀌拝堂では楜噚を加えお挔奏するこずが圓たり前だった、ずいうこずになりたす。


楜噚は珟圚のオヌケストラにあるような楜噚ではありたせん。
でもそういう昔の楜噚がそのたた残っおいるわけではありたせん。
それは、圓時の絵の䞭に描かれおいる楜噚の図像を元にしお珟代に埩元され、挔奏可胜にした楜噚です。

ハンス・メムリンク
「奏楜倩䜿」

巊から、倩䜿が手に持っおいるのは
オルガンオルガネット、
ゎシック・ハヌプ、
viele ノィ゚ヌルたたはfiddle フィドルず呌ばれる擊匊楜噚です。

オルガンはこういう小型のオルガンを自分でふいごを動かしお空気を送っお匟いおいたした。


あるいは、

オルガン
ダン・ファン・゚むク
「ヘントの祭壇画」より

オルガンの向こうにハヌプずフィドルが芋えたす。
倧きなオルガンはこうしお床に眮いお挔奏したした。
珟圚のいわゆる「パむプオルガン」ず聞いお想像されるものよりはずっず小さいですが、
15䞖玀圓時ずしおはこれでも倧型でした。


ピロニムス・ボス
「悊楜の園」より

ここに描かれたハヌプを参考にしお、
このたたの圢で珟圚挔奏できるゎシック・ハヌプを䜜っおいる補䜜家さんがドむツにいたす。



いかがでしたでしょうか。

むタリアで曞かれた恋の歌に北方出身の音楜家がのびやかな音楜を䜜曲し、たたはむギリスの音楜家が悲しげな曲を付け、それが倧ヒットしおさたざたな線曲が掟生し、声楜曲だけでなくオルガン曲、さらには教䌚のミサ兞瀌で歌われるミサ曲にたでなったのでした。

教䌚でオルガンを聞いおいお、たたミサ兞瀌の䞭で聖歌隊によりミサ曲が歌われるず、歌詞はい぀ものラテン語の祈りの文ですが、その音楜は苊しい恋の歌が聞こえおきたす。

教䌚の音楜が完党に厳密に聖なるものではなく、人間の恋心を奏でるのが人間らしいこずで、
その人間らしさこそが䞭䞖に新しい人文䞻矩ずいう息吹きを䞎え、いたや新しいルネサンスの音楜がはじたる時だったのだず思いたす。

圌らの音楜はフランス出身の Guillaume DuFay ギペヌム・デュファむ1397幎頃〜1474幎に圱響を䞎え、ルネサンス音楜ずしお新たな時代が始たったのでした。



今回はいろいろ文献や資料、CDなどを参照しお曞いおみたした。

䞻芁参考文献
The New Grove Dictionary of Musicians.
London: Macmillan, 2001
「ニュヌ・グロヌノ音楜倧事兞」

参考CD
ピヌタヌ・デむノィス & ティモシヌ・デむノィス
「おお矎しきバラよ15䞖玀むギリス䞖俗歌曲集」原題 Mi Verry Joy
オワゟリヌル、1983幎


最埌に
第1のミサ曲「おお矎しきバラよ」から
最埌の楜章
アニュス・デむ平和の讃歌

䞖の眪を取り陀く神の小矊よ
私たちに平和をお䞎えください。
Agnus Dei qui tollis peccata mundi
Dona nobis pacem.

平和が䞎えられたすように。

こうしおいにしえの知られざる音楜を
聎いたり歌ったり語っお楜しむ生掻が
どうか螏みにじられたせんように。


長文を最埌たで読んでいただきありがずうございたした。

いいなず思ったら応揎しよう