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第3回 中国の対外認知戦と「雲南ミーム」の皮肉 — ネットの国家統制を突き破った少数民族の叫び

1. 「人海戦術」で迫る中国の認知戦——8万フォロワーを誇る謎のアカウント

 さて、これまで「中国当局公認」インフルエンサーの代表例としてTao TaoHorseを紹介してきましたが、彼以外にも数多くのインフルエンサーが存在します。そのほとんどはフォロワー数も少ない「群小インフルエンサー」ですが、中国の認知戦はまさにこの「人海戦術」を武器にしているのです。

 ここでは、その中でも特にフォロワー数や「いいね」の数が多い、TikTokアカウント「云南.Yongyan」(@qms.dongyongyan)を取り上げましょう。このアカウントは、フォロワー数79.2K(約8万人)、累計「いいね」数688.2K(約69万人)という圧倒的な数字を誇っています(2026年8月1日確認)。

 このアカウントの運営者がどのような人物かは定かではありませんが、「云南.Yongyan」という名前から察するに「雲南省のヨンヤンさん」といったところでしょうか。投稿コンテンツのほぼすべてが、舞踊を中心とした雲南少数民族の紹介です。反響は投稿によって異なり、「いいね」が数件のものから数千〜1万件を超えるものまで様々です。

 投稿動画のトップ画面(人気順ソート)を確認すると、第一位の動画にはなんと45万7,000件もの「いいね」がついていました。実はこれだけが唯一の例外で、少数民族の紹介ではなく「お笑い」コンテンツです。日本人には何がおかしいのか一見理解できませんが、中国国内では大爆笑を誘う傑作なのだそうです。

 中国語のスラング、音律の組み換えによるダジャレ、さらには検閲を回避するためのピンイン略語(例:xswl=笑死我了[笑いすぎて死にそうだ]、yyds=永远的神[神すぎる]、kswl=磕死我了[尊すぎて死にそうだ])などを駆使して、絶妙なユーモアを伝えています。

 このアカウントは、海外にいる中国人(在外中国人)向けに投稿されたものと考えられます。そこには、単なる情報発信だけでなく、後述する「外貨獲得」というもう一つの目的が隠されています。

2. なぜ普通の中国人はTikTokを使えないのか? 「グレート・ファイアウォール」の裏側

 実は、こうした「云南〜」と冠したアカウントは他にも無数に存在します。ここで紹介したアカウントは、その中でも特に反響が大きかった一例に過ぎません。他の群小アカウントのフォロワー数はごくわずかです。

 これを聞いて、読者の皆さんはこう疑問に思うかもしれません。 「そんな草の根のインフルエンサーまで認知戦だなんて、大げさではないか? 単に少数民族の文化の美しさを世界に伝えたい個人や、趣味でやっているだけでは?」と。

 確かに、個人的な趣味でアカウントを開設した人もいるでしょう。しかし、「国際版アカウントを開設できた」という事実そのものに、今の中国における対外認知戦の本質が潜んでいるのです。

 前提として、普通の中国人は海外へ自由に情報を発信できません。TikTokの場合、中国国内版(抖音 / Douyin)と国際版(TikTok)は「完全に別物」として切り離されているからです。

  • 国内版(Douyin): 原則として中国国内でしか閲覧・アクセスできない。

  • 国際版(TikTok): 中国国内からのアクセスは遮断されている。

 一般の中国人が「国際版TikTok」を利用しようとすれば、VPNでネット検閲(グレート・ファイアウォール)を突破し、位置情報を偽装し、海外のSIMカードやスマホを用意したうえで、海外のApple IDやGoogleアカウントを取得しなければなりません。このような高度な抜け道を使える人はごく一部です。

 つまり、私たちが目にする中国発のSNSコンテンツは、すべて国家管理の下で行われている「対外情報発信」の枠組みの中にあるのです。

 国内にいる中国人が国際版アカウントを持つには、中国で「MCN(マルチチャンネルネットワーク)」と呼ばれるインフルエンサープロダクションを経由するしかありません。そして、これらの民間プロダクションは当局の厳格な規制下にあり、実質的には政府の御用機関として機能しています。

 中国は「情報の鎖国」を維持しながら、公認された一部の者にだけ対外発信を許可し、国家管理下に置いているのです。しかし、この統制システムには時に「綻び」が生じます。それこそが、グレーゾーン的なハイブリッド戦の非常に興味深い側面です。

3. 全土を揺るがした「我是云南的」——被差別少数民族の若者が起こした奇跡と追放

 そもそも、なぜTikTok上で「云南〜」を名乗るアカウントが急増したのでしょうか。その起源は、雲南省の少数民族である「傈僳族(リス族)」の蔡金発(ツァイ・ジンファー)さん・金海(ジンハイ)さん兄弟が、国内版Douyinに投稿した動画でした。

 都市部へ出稼ぎに出て、建築現場や工場で働いていたこの兄弟は、2022年頃から金髪のド派手な姿で動画を投稿し始めます。 「我是云南的(俺は雲南の人間だ)」 独特のリズムに乗せて自分の故郷や方言を叫ぶそのショート動画は、強烈なビートと斬新なルックスで、中国全土を巻き込む超メガヒットとなりました。

 彼らは一躍「100万人フォロワー超えの超人気ネット投稿者(网红)」となり、初のライブ配信には1,200万人以上が殺到。まさに時代の寵児となったのです。

 しかし、2023年7月、事態は急転します。兄の蔡金発さんが全裸で歌う動画を公開したことで、当局から無期限のアカウント利用停止(封禁)処分を受けてしまったのです。このスキャンダルにより、彼らは中国ネット界から完全に追放されました。現在は元いた建設現場に戻り、地道に働いていると言われています。

4. 国境を越えた「雲南ミーム」——認知戦と外貨獲得のハイブリッド構造

 しかし、彼らが残したインパクトは消えませんでした。蔡兄弟の「我是云南的」が大ヒットした際、雲南省出身の若者やクリエイターたちが一斉に「云南.〇〇(雲南の〇〇)」と名乗るトレンドが定着していたのです。

 そして、これが、中国当局のSNS対外認知戦に思わぬ新展開をもたらしました。蔡兄弟の国内向け動画が、国際版TikTokやDouyinの双方でコピー・転載され、世界規模の「雲南(Yunnan)ミーム」として爆発的に拡散したのです。

 現在TikTok上で「Yunnan.Yongyan」などの名前で投稿しているアカウントの正体は、主に以下の2パターンに大別されます。

  • パターンA:海外向けの「まとめ・転載アカウント」(個人〜少人数)

    • 内容: 国内版Douyinに投稿された雲南系コンテンツを、海外のTikTokへ無断・有志で転載。

    • 主体: 海外在住の中国人(少数民族ではないケースが多い)。

  • パターンB:中国の動画制作事務所(MCN)による運用(組織)

    • 内容: MCNが雇ったモデルやダンサーに少数民族風の衣装を着せて踊らせる。認知戦というよりは「PV稼ぎ・外貨獲得」が主目的。

    • 主体: 演者、撮影、編集など数人〜十数人の組織運営。

5. 【まとめ】国家の統制を逆手にとった、少数民族の「存在証明」

 この一連の流れは、非常に皮肉で深い示唆に富んでいます。

 もともと、被差別少数民族であるリス族の兄弟が叫んだ「我是云南的(俺は雲南の人間だ)」という言葉。そこには、「リス族ここにあり」という切実な存在証明が込められていたはずです。

 中国では強固な同化政策が進み、少数民族の言語や文化は消滅の危機に瀕しています。政治的・経済的な弱者として、都市に出て行っても過酷な下働きしか得られない現実。そうした抑圧の中で、彼らは政治的検閲をくぐり抜けるために「リス族」ではなくあえて「雲南の人」と語り、コミカルな自嘲ネタで自らの存在をバズらせました。

 北京当局がこの動きを好意的に見ていたのか、あるいは利用価値があると踏んでいたのかは定かではありません。しかし、彼らの叫びが国家の壁を越えて世界へ流出したことは、当局にとっても想定外の事故だったはずです。

 国家が管理する対外認知戦の「枠組み」を利用し、群小インフルエンサーたちが「いいね(外貨)」を稼ごうと動画をコピー・拡散した結果——本来なら国家統制の下でコントロールされるはずだった少数民族の魂の叫びが、「我是云南的!」として世界中にあふれ出ることになりました。

 国家による強固な情報統制、インフルエンサーたちの世俗的な金儲けの欲、そして抑圧されたアイデンティティ。それらが複雑に交錯した結果生まれたこの現象は、「中国の対外認知戦システムそのものが、時に個人の泥臭い熱量によって逆手に取られ、思わぬ形で世界へ伝播してしまう」という、現代ハイブリッド戦の皮肉なダイナミズムを物語っているのです。

 

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