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第3話:星とパドル、海洋民族の知恵

 カヤックの魅力に取り憑かれた私は、時間とお金さえあれば上達したく、湖や川、そして海へと駆け出す、少し変わった二十代を過ごすことになった。

 「海は危ないから」「死ぬからやめなさい」  
両親の切実な制止も、当時の私には届かなかった。
 
 五感を揺さぶる磯の香、目も眩むような波の煌めき。
季節が移ろうたびに表情を変える海は、多感な時期の私にとって、何にも代えがたい「生の肯定」に満ちていた。陸の上での窮屈なルールよりも、海という巨大な理(ことわり)の中に身を置く方が、私には自由に満ちたものに思えた。

 何より私を惹きつけたのは、その小舟が持つ壮大な歴史のロマンだった。

 遠い遠い遥か昔、カヤックやカヌーという簡素な舟が、かつての海流に乗り、ハワイや南米までをも結んでいたという事実。エンジンもGPSもない時代、先人たちは夜空の星を眺めて自らの位置を知り、風を読み、目的地に向かって「グッ、グッ」と力強くパドルを進めて生きていたのだ。

 飛行機であっという間に国境を越え、地球を「点」で移動できる現代において、この途方もないアナログな旅は、私にとって最高の贅沢だった。
海の上では、距離は「時間」であり、同時に「肉体の記憶」となる。
自分の感覚だけを頼りに、世界を股にかけた海洋民族の逞しさと知恵を追体験するアクティブワークは、ただのレジャーを超え、私の血を呼び覚ます神聖な儀式のようでもあった。

 海の上にいると、自分という存在が「個」ではなく、大きな循環の一部であることを実感する。波に揺られながらパドルを漕ぎ続けると、次第に雑念が消え、意識が一点に収束していく。聞こえるのは、自分の吐息と、カヤックの船首が水を切り裂く「シャッ」という音だけ。その瞬間、私は現代の喧騒から数千年前の航海者たちの世界へとタイムスリップするのだ。

 彼らは、水面のわずかな揺らぎや、海鳥の飛び方、流れてくる海草の種類から、見えない島の存在を察知したという。その研ぎ澄まされた古代の知恵に触れるたび、私は陸の上で眠っていた自分の本能が、まるで激しく疼いている様だった。

 ある夜、月明かりの下で漕いだ時のことは今も鮮明に覚えている。  
空には満天の星、そして海面にはパドルを動かすたびに弾ける夜光虫の青白い光。まるで宇宙の隙間を漕いでいるような錯覚に陥った。  

 「死ぬからやめなさい」という親の言葉は、その圧倒的な美しさの前では、もはや別の銀河の出来事のようだった。死を隣り合わせに感じるからこそ、今、この瞬間、水の一滴までを愛おしく感じるほどに生きている実感が、パドルを持つ手に熱く宿る。

 二十代の私は、そうして「自分自身の羅針盤」を少しずつ、しかし確実に作り上げていった。海流の中で必死にバランスを取り、進んだあの時間は、間違いなく私の一部となった。  

それが、三十年後の今、陸の上で動けなくなった私を救う「物語」の種になるとも知らずに。私はただ、次の波を越えることだけに夢中だった。


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