宗教戦争なき国の設計図 ――織田信長が引き受けた「必要悪」
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で織田信長が退場し、物語が賤ヶ岳の戦いへと向かっていくのを見ていて、信長という圧倒的な存在の大きさに思いを馳せた。
楽市楽座による経済の活性化や、兵農分離による近代的な軍制の確立。
これらは、信長の「光の改革」として教科書的にも高く評価される。
一方で、比叡山の焼き討ちや伊勢長島の一向一揆の鎮圧は、当時の権威や宗教的権益を容赦なく踏みにじった「闇の暴力・残虐性」の象徴として語られるのが常だ。
激しい戦いの中で、織田方の一門衆が犠牲になり、伊勢長島の一向一揆側は二万人もの死者が出た。
それでも信長は断行した。
こうした悲劇だけを見ると、後世の私たちはどうしても眉をひそめてしまう。
もし現代の政治的スタンスでこの歴史を切り取ったら、評価は真っ二つに分かれるだろう。
保守的な視点なら「強硬すぎる。幹部クラス数人の首を切るだけで手打ちにすればよかったのだ」と言うかもしれない。
一方でリベラル左派の立場なら、「何を言っているのですか。
暴力ではなく、徹底的な対話と話し合いで解決すべきです」と主張するだろう。
しかし、ミクロな事象や道徳論だけに囚われず、歴史をマクロな視点で眺め直すとき、そうした批判がいかに的を外しているかがよくわかる。
一般的に言われる「闇の部分」の事件の数々は、為政者の冷酷さというよりも、中央集権国家を築く上で避けて通れなかった構造改革の痛みだった。
当時、神聖視されていた比叡山を焼き討ちすることなどが、どれほど強烈なタブーであり、当時の人々から今以上の凄まじい批判と怨嗟を浴びたかは想像に難くない。
それでも信長は、あえてその莫大な批判とリスクを背負い、信念を持って断行した。
もし目先の天下統一のスピードや効率だけを最優先していたなら、宗教勢力と一定の棲み分けを図る道もあったはずだ。
だが、彼には譲れない理想の国家像があった。
たとえ天下統一の歩みが遅れようとも、政治と宗教を完全に切り離す。
つまり「政教分離」を断行したかったのだ。
結果として、信長が血を流してまで推し進めたこの政教分離によって、その後の日本は宗教勢力が独自に軍事力を持って国家の統制を脅かすことがなくなり、国内における大規模な宗教戦争の火種が完全に消えた。
現代の日本に生きる私たちにとって「政教分離」や「宗教が政治や軍事に介入しないこと」は空気のように当たり前のことだが、世界を見渡せば決して当たり前などではない。
いまだに中東をはじめとする世界の一部地域では、宗教の違いがそのまま激しい戦争や終わりのない流血につながっている。
そう考えれば、血塗られた側面ばかりが強調される一揆の鎮圧や焼き討ちは、織田信長という男が未来の日本のために引き受けた、巨大な「必要悪」だったのではないか。
当時の凄まじい批判を浴びながらも、確固たる信念を持ってそれを断行してくれたおかげで、今の平和な日本がある。
彼が成し遂げたのは、単なる領土の拡大ではない。日本という国のOSを根底から書き換えるような、巨大な構造改革だったのだ。
大河ドラマの画面の向こうに消えた日本の英雄「織田信長」の背中を見ながら、思いを馳せている。
