その仕事は「本気の感謝」と「ともすれば虚偽」が、表と裏で同居している
〈前回:そのコンサル、本当に必要だったのか?──誰にも答えられない3つのジレンマ〉
ここまで散々、コンサルの闇を語ってきた。定義のない肩書き。証明できない必要性。ハンコとしての価値。読んでいて、気が重くなった人もいるかもしれない。だが、誤解しないでほしい。私はコンサルを否定しているのではない。むしろ逆だ。この仕事を、長く、誇りを持って続けるために、先に闇を見せている。
コンサルは、人から本気で感謝される仕事だ
これは間違いなく真実である。
クライアントが本当に困っていた問題を、外から来た人間が解きほぐす。社内では言えなかった本音を引き出し、進まなかった意思決定を前に進め、現場が見えていなかった全体像を描く。そして「あなたが来てくれて、本当に助かった」と言われる。この瞬間の手応えは、何物にも代えがたい。
具体的な場面を思い浮かべてほしい。何年も塩漬けになっていた業務改革が、外部の人間が入った途端に動き出す。部門間の対立で誰も言い出せなかった結論を、しがらみのない第三者が口にすることで、全員が救われる。現場の担当者が一人で抱え込んでいた問題意識が、初めて経営層に届く言葉に翻訳される。こういうことが、実際に起きる。コンサルという仕事の最大の報酬は、フィーではなく、この感謝だ。
だが同時に──同じ仕事が、ともすれば虚偽になりうる。
必要なかったかもしれないプロジェクトに、必要だったかのような顔をする。効くか分からない戦略を、効くかのように語る。社内政治のハンコとして、客観性の仮面をかぶる。適正か分からない工数を、適正であるかのように請求する。
この二つ──「本気の感謝」と「ともすれば虚偽」──は、対立しない。同じ一つの仕事の、表と裏として、同時に存在している。同じ一週間の中に、心からの感謝と、うしろめたさの残る請求書が、同居することがある。
自己欺瞞と虚無──二つの転落
ここがコンサルという仕事の本質だ。そして、ここから目を逸らした人は、二つのうちどちらかに転落する。
ひとつは、闇を見ないふりをして「自分は素晴らしい価値を提供している」と信じ込む、自己欺瞞のコンサル。彼らは自分の言葉に酔い、フレームワークを信仰し、クライアントの浮かない顔に気づかなくなる。いつか自分の言葉が空虚だと気づいたとき、彼らは折れる。折れないまま昇進した場合は、もっとたちが悪い。空虚を再生産する側に回る。
もうひとつは、闇ばかり見て「どうせ全部まやかしだ」と冷笑する、虚無のコンサル。彼らは仕事を金のためと割り切り、手応えを感じることをやめる。仕事に意味を見出せない人間は、長期戦に耐えられない。数年で燃え尽きるか、シニカルな態度が周囲に伝染して、信頼を失っていく。
前者は光しか見ず、後者は闇しか見ない。どちらも、半分しか見ていないという点で同じだ。そしてどちらも、長くは持たない。
「知った上で選ぶ誠実」は、無知な誠実より強い
正しい立ち位置は、その中間にある。
「この仕事はともすれば虚偽になりうる」と知った上で、それでも本気の感謝を生む側に、意志を持って踏みとどまる。構造を理解した上で、誠実を選ぶ。
これは、無知な誠実よりはるかに強い。なぜなら、どこで嘘になりうるかを知っているからこそ、そこを避けて、本物の価値だけを届けられるからだ。地雷原の地図を持っている人間だけが、安全に歩ける。「自分は絶対に嘘をつかない」と信じている人間ほど、気づかぬうちに虚偽の側に立っている。ハンコ案件を「純粋な戦略提言」と思い込んで語るとき、その人はもう嘘をついている。自覚のない嘘が、一番深い嘘だ。
なぜ、この話を連載の最初にするのか
理由は明確だ。この連載がこれから教えるのは、社内で評価を得る技術、提案を通す技術、期待値を操作する技術──どれも、使い方を間違えれば「虚偽の側」に転げ落ちる技術だからである。
相手の解像度を上げる技術は、相手を騙すためにも使える。期待値を操作する技術は、相手を欺くためにも使える。信頼を立ち上げる技術は、詐欺師の技術と、工程表の上では区別がつかない。
だからこそ、技術を渡す前に、この羅針盤を渡しておく必要がある。技術は、どちらの側にも使える。どちらを選ぶかは、あなた次第だ。この連載は、その選択の責任までは肩代わりできない。
現場で使える、三つの自問
羅針盤を、実際に使える形にしておく。うしろめたさを感じた時、この三つを自分に問うてほしい。
一つ。「この提案は、クライアントの立場に自分が立ったとき、自分の金で買うか」。買わないものを売っているなら、立ち止まる。
二つ。「この工数を、根拠つきで相手の目を見て説明できるか」。できないなら、水増しが混じっている。
三つ。「この仕事がなくなったとき、困るのはクライアントか、自分たちだけか」。自分たちだけなら、その案件は延命装置になっている。
三つとも即答できる仕事だけをしろ、とは言わない。現実には濁る日もある。だが、問いを持っている人間と持っていない人間は、五年後にまったく違う場所に立っている。
うしろめたさは、壊してはいけないセンサーだ
最後に、逆説的なことを言う。この仕事を長く続けたいなら、うしろめたさを感じる能力を、大事に守ってほしい。
うしろめたさは、弱さではない。あなたの中の誠実さが正常に作動している証拠であり、虚偽の側に近づいたときに鳴る警報器だ。困るのは、警報が鳴ることではない。鳴らなくなることだ。
ハンコ案件を何件かこなすうちに、何も感じなくなる。水増し気味の工数見積もりに、ためらいがなくなる。効くかどうか考えずに、通る提案だけを書くようになる。こうして警報器が壊れた人は、本人の主観では「仕事に慣れた」と感じている。実際に起きているのは、誠実さの摩耗だ。
だから、うしろめたさを感じた日は、むしろ健全な日だと考えてほしい。感じたうえで、三つの自問に照らして、踏みとどまる場所を決める。それを繰り返した人間だけが、十年後も「この仕事をやっていてよかった」と言える側に残る。
一つ、実務的な工夫を紹介しておく。私は案件が終わるたびに、手帳に一行だけ書く。「この案件は、誰の何を良くしたか」。すらすら書ける案件と、ペンが止まる案件がある。ペンが止まった案件が続いたら、自分の立ち位置がずれてきた合図だ。この一行の習慣は、警報器の点検作業として、驚くほどよく機能する。
警報器を守る方法は、もう一つある。うしろめたさを話せる相手を、社内に一人持つことだ。「この案件、正直どう思う?」と言い合える同僚がいる人は、一人で抱え込む人より、はるかに壊れにくい。誠実さは、孤独の中では摩耗が速い。
感謝と虚偽の間に立ち続けること。それがこの仕事の宿命であり、次回から語る「生存の技術」は、すべてこの土台の上に築かれる。
今回のまとめ
・コンサルは「本気の感謝」と「ともすれば虚偽」が、同じ仕事の表と裏として同時に存在する。
・闇を見ないふりをすれば自己欺瞞に、闇ばかり見れば虚無に落ちる。どちらも半分しか見ていない点で同じであり、長くは持たない。
・構造を知った上で誠実を選ぶ者だけが生き残る。自覚のない嘘が一番深い嘘だ。
・この連載が渡す技術は、価値を届けるためにも、人を欺くためにも使える。三つの自問を羅針盤として持て。
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