人間社会の歪み
漫画のシナリオを考えててふと思ったんだが
人を喜ばせるためにあれこれ考えて、すげえ悩んでストレス抱えて漫画を作ろうとここ最近してまして
昔は趣味だったんで、好きに何の屈託もなくかけてたんですが、ある時から取り組み方が変わった
簡単に言えば売れるとか評価を気にし出したらそうなったっていう有名な流れなんだが
ここでふと思ったんだよね、多くの人が悩みながら作品とか商品とかそういうもの作ってるのが今の世の中で当たり前みたいになってるけど
なんか趣味で何も考える?ストレスなくポンと何かを出力する、なんでこれができなくなってるんだろうなと
うちでかってる猫とかは多分何も計画とかストレスとか考えなくて、近くに寄ってきてゴロっと寝てすり寄ってきて俺を喜ばせてくれるんだけど、俺も猫に対しては餌をポンと上げるとか撫でてやるとすぐゴロゴロ言って向こうもそんな鬱陶しくも思ってないっていう。そういうすげえイージーで自然な関係性を保ててるわけ
だけど、これが人間になると
人間のバックボーンを考えて、こういうタイプの人にはこういうニーズがあるからそういう作品を書こう…みたいにね
それで一瞬でこのクソすぎるスタートからして歪みきってる設計図の段階での滑りを認識した
だから俺は社会が歪んでるんだと思う
簡単に言うと、仕事をしてる労働者や大体の人って「嫌々やってる」
やつが多いと思うのよね。
エンタメ作品とかで考えると、出来上がったものはエンタメなんで楽しそうに作ってるけど、制作する段階では、数字を出さないといけない、この画面では客に受けないかもしれない、もっといい演出はないだろうか…そんなこと試行錯誤しながらすげえ頭をかきむしりながら作ってたりしないだろうか
そしてこれが他の仕事にも言える…のような
そういうアクションで何割かは世の中っていうのが形作れられているのは確かでしょう?
だとするとうんうんうなって、生産されている現象ってのが、この社会にはあるわけで、そりゃ歪むだろうと。
ちょっとこれに気がついたんで、自分がクリエイトに対して取り組んでいるスタンスというか、ポジションを今1回考えてからまた作品を作ろうかな。とすげえ大事な気づきがあったんでメモしとく
