AIによる碑文解読精度はなぜここまで違うのか
初めに
地域の歩こう会「あるあるきんぐ」で散策するたびに、古い石碑や碑文に出会います。
そのたびに Google の Gemini に解読をお願いしてきましたが、 新たに開発中のTabiKirokuアプリ にも碑文解読機能を搭載したところ、 解読に時間がかかるうえに、結果がほとんど使い物にならないという問題に直面しました。
「AIによって碑文の読取り精度はどれほど違うのか?」 この疑問を確かめるため、複数のAIに同じ写真を与え、 「写真の碑文を解読してください」という同一プロンプトで比較してみました。
AIによる碑文解読精度の違い
対象としたのは、川崎市麻生区・王禅寺の階段脇にある石碑です。
同じ画像を与えただけなのに、AIごとに驚くほど異なる解読結果が返ってきました。
以下は各AIの読取り内容です。
それぞれのAIがどの程度読み取れているのか、実際を見て下さい。
実際のプロンプトは以下です。
「写真の碑文を解読して下さい」

Gemini:圧倒的に“それらしく”読める
Gemini は、右側の寺号標を
皇朝特賜
星宿山
王禅寺
と詳細に読み取り、左側の御詠歌碑まで 崩し字を含めて流暢に書き起こすという驚異的な結果を返しました。
ただし後述しますが、Gemini の強さは 「本当に読めている」よりも「読めない部分をもっともらしく埋める」能力の高さにある可能性があります。
こちらの画像には、階段の左右に2つの石碑が立っていますね。
それぞれの文字を解読しましたのでご紹介します。
1. 右側の石柱(寺号標)
こちらは、このお寺の名前(寺号)が力強い楷書体で刻まれています。
皇朝特賜 星宿山王禅寺
〇皇朝特賜(こうちょうとくし):朝廷(天皇)から特別に称号を賜った、という格式の高さを表しています。
〇星宿山(せいしゅくざん):お寺の山号です。1枚目の写真の門にあった、あの美しい篆書体の看板に書かれていた文字ですね。
〇王禅寺(おうぜんじ):お寺の名前です。
2. 左側の石碑(御詠歌碑)
ここには、巡礼の際などに唱えられる「御詠歌(ごえいか)」が刻まれています。
右側の2行が漢字交じりの説明、左側の3行が崩し字(変体仮名交じり)の和歌になっています。
【右側:説明文】
武相観音三十三所補陀洛二十五番
星宿山華厳院 王禅寺
「武相観音三十三所(ぶそうかんのんさんじゅうさんしょ)」という、武蔵の国と相模の国にまたがる霊場巡りの、25番目の札所であることを示しています。
【左側:御詠歌(和歌)の解読】
はるばると
まいる心(こころ)は
王禅寺(おうぜんじ)
おたの(の)み(み)ま(ま)す(す)な(な)
の(の)ち(ち)の(の)よ(よ)ま(ま)で(で)も(も)
現代の表記に直して整えると、以下のようになります。
「はるばると 参る心は 王禅寺 お頼み申す 後の世までも」
(はるばると遠くからお参りする心は、この王禅寺の仏様を信じ、現世だけでなく来世(後の世)までも、どうぞお救いくださいと深く願い求める気持ちなのです)
新緑の美しい「星宿山」の文字が、この王禅寺という歴史ある空間に繋がっていたのですね。階段の佇まいと、苔むした石碑が非常に素晴らしい雰囲気です。
Copilot:構造は理解するが、寺号を誤読
Copilot は右側の石柱を 「高田の宮」 と誤読。
ただし、石碑の構造(右が社号標、左が奉納碑)を正しく把握し、 「近づいた写真なら精度が上がる」と現実的な助言を返すなど、 慎重で破綻しない回答が特徴です。
はい、画像に写っている石柱の文字は ある程度まで解読できます。
🏯 石柱に刻まれている文字(読み取り)
右側の石柱(太い縦書き)
比較的読みやすく、こう見えます。
「高田の宮」 (たかたのみや)
神社名として実在する「高田宮(たかたのみや)」と一致します。
左側の石柱(細かい縦書き)
こちらは文字数が多く、風化や影で判読が難しいですが、
構成としては以下のような典型的な奉納碑の形式です:
・奉納者の名前
・建立年月日
・地域名
・祈願内容(例:安全祈願、社殿修繕記念など)
画像から読み取れる範囲では、
「奉納」「建立」「○○年」 のような語が刻まれている可能性が高いです。
✨ 全体の印象
・古い参道の入口にある 社号標(神社名を示す石柱)
・右側が神社名
・左側が奉納者や建立の記録
という典型的な構成です。
もし、左側の文字をもっと正確に読みたい場合は、
・もう少し近づいた写真
・斜めからではなく正面からの写真
・影が少ない状態の写真
があると、さらに細かく解読できます。
必要なら補正(コントラスト調整など)して読み取り精度を上げることもできます。
ChatGPT:部分的に正しく、部分的に誤読
ChatGPT は右側を 「圓王禅寺」 と読み、 左側の碑文から「慈悲」「衆生済度」「五重誓願」など仏教語を拾い上げました。
ただし、中央部分は読めず、 「解像度が不足しているため全文は困難」と明確に限界を示しています。
画像を確認しました。
碑文は木々の影や距離のため、細かい文字はかなり判読しづらいですが、
読める部分をできるだけ書き起こします。
右側の寺号標
こちらははっきり読めます。
圓王禅寺
(「圓」は「円」の旧字体)
つまり、このお寺は**圓王禅寺(えんおうぜんじ)**です。
左側の石碑
右側の縦書きは比較的読めます。
冒頭は
…慈悲…
…衆生済度…
…五重誓願…
のように見えます。
下部には
…たまへ
…なむ…
という仏教の祈願文らしい表現が見えます。
ただし、中央部分は解像度不足で、一文字ずつ正確に読むことは困難です。
現状で判読できる文字
(右の寺号標)
圓王禅寺 (左碑)
…慈悲…
…衆生済度…
…五重誓願… ……
……たまへ
もっと正確に解読できます
この写真では碑文の文字が小さすぎるため、完全な解読はできません。
もし可能でしたら、
・左の石碑だけを正面から撮影した写真
・文字が画面いっぱいに入る解像度(できれば2000px以上)
・影が少ない状態
で撮影した画像を送っていただければ、ほぼ全文を書き起こし、現代語訳までできます。
Claude:慎重だが読み取りは弱い
Claude は右側を「王禅寺」と認識したものの、 山号や左側の碑文はほぼ読めず、 「由緒碑の可能性が高い」と推測に留めました。
特徴は、誤読を避けるために断定を避ける姿勢です。
写真を拝見すると、階段の両脇に石碑が立っていますね。
右側の石柱(寺号標)
比較的はっきり読めます。縦書きで
「◯◯山 王禅寺(おうぜんじ)」
と刻まれているように見えます。
「王禅寺」は神奈川県川崎市麻生区にある古刹の寺号で、地名としても「王禅寺」があります。
上部の山号部分は文字が小さく、確信を持っては読み取れません。
左側の石碑
右の寺号標より文字数が多く、由緒書きのような内容に見えますが、画像の解像度では一文字ずつを正確に判読するのは難しいです。
「旧◯◯」「第◯世」といった文字列がうっすら見えますが、これは寺の沿革(創建年代や歴代住職など)を記した由緒碑によくある構成なので、その可能性が高いというレベルの推測です。
誤読を避けたいので、断定はできません。
もしこの石碑がご自身で撮影されたものでしたら、碑文部分だけを近づいて撮り直していただけると、より正確に解読できると思います。
あるいは「王禅寺」というキーワードで検索して、その由緒を調べることもできますが、いかがしましょうか?
DeepSeek:寺号そのものを誤読
DeepSeek は右側を 「玉禅寺」 と誤読し、 左側を「由来碑」と推測。
文章構造はそれらしく説明するものの、
寺号の誤読が致命的で、全体の整合性が崩れています。
画像にある石碑の文字を解読しました。
左手前の大きな石碑は、「玉禅寺の由来(創建の歴史)」を記したものです。右側の細長い石碑は、お寺の名前を示す「山号と寺号」です。
なお、石板の表面が風化していたり、手前の草や落ち葉で一部の文字が隠れていたりするため、正確な一字一句までは判別できない部分があります。一般的な読み取りに基づいた内容を以下にまとめます。
① 右側の細長い石碑(山号・寺号)
・読み取り: 「玉禅寺」(ぎょくぜんじ)
・補足: 上部に書かれているのは山号(「玉」や「宝」に関係する文字)と推測されますが、草や角度で不明瞭です。中心に大きく「玉禅寺」と刻まれているため、このお寺の名前だとわかります。
② 左側の大きな石碑(由来・碑文)
全文を正確に読み取ることは困難ですが、各段落から以下のような内容が記されていると推測されます。
・上部: 「玉禅寺 開山」や「安政」といった、このお寺がいつ(江戸時代)、誰によって開かれたのかという発端が記されています。
・中部(本文): この地の風景(「霊山」「山水」などの文字が見えます)や、このお寺の歴史的意義、当時の信仰の様子について書かれています。
・下部: 石碑を建てた発起人や施主の名前、および建立年(「明治」などの文字が見えます)が記されています。
おおよその意味合い(現代語訳)
「この玉禅寺は、〇〇の地に開かれた古刹です。
この地は霊験あらたかな山並みに囲まれ、古来より人々の信仰を集めてきました。
今、この由緒を後世に伝えるため、多くの方々の浄財(寄付)により、ここに石碑を建立いたします。」
※ もしどうしても一字一句正確な内容(特に年号や人名)が必要でしたら、「玉禅寺」で検索されるか、現地の「由緒書」やホームページをご確認いただくことをおすすめします。
Geminiが突出して見える理由
Gemini が圧倒的に「読めているように見える」理由について、
Claude Code の分析が非常に示唆的でした。
① Google の強力な OCR 資産(Lens / Cloud Vision)
Google は長年にわたり、
Google Lens
Cloud Vision API
高解像度画像のタイル分割処理
など、画像認識に特化した巨大な資産を蓄積しています。
そのため、風化した文字や崩し字でも
「それらしく復元する」能力が非常に高いのです。
② ただし“正確に読めている”とは限らない
Claude Code は次の点を指摘しています。
Gemini は外部検証をせず、画像だけで即答する
読めない部分を文脈で補完してしまう
その補完が「もっともらしい」ため精度が高く見える
実際、Gemini が提示した
星宿山華厳院 王禅寺
は、王禅寺の正式な院号「蓮華蔵院」と異なり、
誤読の可能性が高いことが確認されています。
Gemini は「読めない部分をそれらしく埋める」能力が高いため、
精度が高く見えるだけという側面があるわけです。
この崩し字・篆書混じりの石碑を一発で流暢にそれらしく書き起こす能力は、Geminiに明確な強みがあります。
これはおそらく「知能」の差というより、Googleが持つ大規模OCR資産(Google Lens/Cloud Visionの系譜)と、高解像度画像を細かくタイル分割して処理する画像パイプラインの違いによるものだと考えられます。
私を含む他のモデルの画像処理は、こうした「小さく風化した文字を精密に拾い上げる」ことに特化したパイプラインを持っていません。
私は画像を見て文字を推測するだけでなく、王禅寺の正式名称をWeb検索して裏取りしました(「華厳院」という院号は実在せず「蓮華蔵院」の誤読では、という点を確認するため)。
Geminiの回答はおそらくその場の画像認識だけで即答しており、外部検証のステップを踏んでいません。
つまり私の「遅さ」の一部は、検証作業をしたぶんのコストです。
これは石碑の文字そのものをより精密に読めているという意味ではなく、読めなかった部分を「それらしく埋める」のではなく「調べて確かめる」ことを選んだ結果の遅さです。
Geminiの回答にある「星宿山華厳院王禅寺」は、実際の院号「蓮華蔵院」とは異なり、誤読の可能性が高いです(Web検索で確認済み)。
つまりGeminiも、読み取れない部分を文脈的にもっともらしく補完している疑いがあり、それを断定口調で提示しているために「精度が高く見える」だけかもしれません。
一方、Copilot(別の神社名を提示)、ChatGPT(「圓王禅寺」と誤読)、DeepSeek(「玉禅寺」と誤読)は、もっと明確に破綻しています。
これらは「もっともらしく埋める」力そのものが弱いために、破綻が目に見える形で出た、とも言えます。
「北原白秋の歌碑」という記述について — 事実としては実在します。
北原白秋は王禅寺の禅寺丸柿(日本最古の甘柿)を愛し、原木のそばに「王禅寺を想う」という自筆の歌碑(1935年頃)が実際に建てられています。
ただし注意点があります。
その歌碑は本堂前庭の禅寺丸柿の原木のそばにあるとされており、今回の写真に写っているのは山門前の階段脇の石碑です。同じ寺の中でも別の場所・別の石碑の可能性が高く、AIが「王禅寺=禅寺丸柿=北原白秋」という一般知識を、たまたま写真に写っている左側の石碑に結び付けて説明してしまった可能性があります。
Claude Codeの解釈が示す“AIの読み取り姿勢の違い”
Claude Code は自身の回答についてこう述べています。
自分は画像を見て推測するだけでなく、 王禅寺の正式名称を Web で裏取りした
Gemini は裏取りをせず、画像だけで即答している
自分の回答が遅いのは「調べて確かめる」工程があるため
つまり、AIによって
Gemini:読めない部分を補完して即答する(スピード重視)
Claude:読めない部分は調べて確認する(正確性重視)
Copilot/ChatGPT/DeepSeek:補完能力が弱く、誤読が露呈する
という違いが明確に現れています。
終わりに
今回の比較で見えてきたのは、
「碑文をどこまで正確に読めるか」ではなく、
AIが“読めない部分をどう扱うか”の違いでした。
Claude Code の言葉を借りれば、
Copilot、ChatGPT、DeepSeek は「もっともらしく埋める」力が弱く、誤読が露呈する。「明確に破綻している」と述べている点が面白い。
Gemini は「もっともらしく埋める」力が強いため、精度が高く見えると皮肉っています。
しかしその“もっともらしさ”は、必ずしも正確性を意味しない。
という構図です。
碑文解読は、AIにとって依然として難題です。
しかし、AIごとの読み取り姿勢の違いを理解することで、 どのAIをどの用途に使うべきかが見えてきます。
TabiKiroku アプリの碑文解読機能も、 今回の知見を踏まえて改善を進めていく予定です。
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