【飛ぶバットは、何が違うのか?】「重いバットほど飛ぶ」でも「速く振れるバットほど飛ぶ」でも説明できない、BBCOR・MOI・トランポリン効果の関係

はじめに
「重いバットの方が、ボールへ強い力を伝えられる」
「軽いバットの方が速く振れるから、打球も速くなる」
「金属バットはトランポリン効果があるから飛ぶ」
バットの性能については、さまざまな説明があります。
どれも一部は正しいように見えます。
重いバットは、インパクトでボールに押し返されにくい可能性があります。
軽いバットは、スイングスピードを高めやすい可能性があります。
中空の金属バットでは、バレルが変形してエネルギー損失を減らす可能性があります。
しかし、これらの要素は独立して働くわけではありません。
例えば、バットの先端を重くすると、衝突では有利になる一方で、スイング速度は低下しやすくなります。
バレルを柔らかくすれば反発性能は高まる可能性がありますが、規格によって許容される性能には上限があります。
つまり、バット性能は、
どれだけ速く振れるか
インパクトでどれだけ押し負けないか
衝突時にどれだけエネルギーを失わないか
という複数の要素のバランスで決まります。
今回取り上げる研究では、木製バットと複数のアルミバットを使用し、実際の打撃、実験室での衝突試験、バレルの振動解析を組み合わせて、バットのフィールド性能を決める要因が検証されました。
研究の結論は非常に明確です。
比較したバット間の打球速度差を最も強く説明したのは、BBCORでした。
一方、慣性モーメントはスイング速度と衝突効率の両方へ影響しますが、その作用は互いに打ち消し合う方向へ働きました。
そのため、最終的な打球速度に対する慣性モーメント単独の影響は、BBCORほど強くありませんでした。
この研究が調べた「バット性能」とは何か
この研究では、バット性能を単に「よく飛ぶ感覚」で評価していません。
主な評価対象は、ボールがバットへ衝突した後の速度、つまり打球速度です。
打球速度は、概念的には主に次の要素から決まります。
・投球速度
・インパクト時のバット速度
・ボールとバットの反発特性
・バットの慣性特性
・衝突位置
・バットとボールがどの角度で衝突したか
論文では、打球速度を次の関係で表しています。
打球速度=投球速度による成分+バット速度による成分
ただし、それぞれの影響の大きさは、ボールとバットの衝突効率によって変化します。
この研究の実測データでは、打球速度はバット速度へ強く依存し、投球速度との関係は比較的弱いことが示されていました。
つまり、同じバットを使用するなら、速く振るほど打球速度は高くなりやすい。
しかし、同じバット速度でも、使用するバットによって最大打球速度が異なっていました。
この「同じ速度で振っても生じる差」を説明する重要な要素が、BBCORです。
BBCORとは何か
BBCORは、
Ball-Bat Coefficient of Restitution
の略です。
日本語では、ボールとバットの反発係数、またはボール・バット間の反発特性を表す指標として理解できます。
簡単にいえば、
ボールとバットが衝突したとき、衝突前のエネルギーをどれだけ打球速度として残せるか
を表す指標です。
衝突時には、すべてのエネルギーが打球へ変換されるわけではありません。
一部は、
・ボールの変形
・バットの変形
・熱
・音
・振動
などへ失われます。
BBCORが高いバットでは、衝突時のエネルギー損失が相対的に少なく、同じ投球速度・バット速度でも、より速い打球を生み出しやすくなります。
BBCORと「衝突効率」は完全に同じではない
論文ではBBCORとは別に、collision efficiency、衝突効率という指標も使用されています。
衝突効率は、ボールだけでなく、バットの反動や慣性特性も含んだ実際の衝突結果を表します。
つまり、
・BBCORはボールとバットの反発特性
・衝突効率は反発特性にバットの慣性要素を加えた実際の衝突特性
として区別できます。
同じBBCORでも、バット重量や重心、慣性モーメント、インパクト位置が異なれば、実際の衝突効率は変わる可能性があります。
この研究では、打球速度を説明するために、BBCORとバットの反動を表すrecoil factorを組み合わせて衝突効率を算出しています。
この研究では、どのようなバットが比較されたのか
研究で比較されたのは、
・木製バット:1カテゴリー
・アルミバット:5モデル
です。
実際には性質の似た2本の木製バットが使用され、それらを一つの木製バット群として平均化しています。
バットの長さは約0.84〜0.86m。
重量は約0.79〜0.88kgでした。
つまり、極端に長さや重量が異なるバットを比較したのではなく、比較的近い範囲の大学野球用バットを比較しています。
それでも、打球速度とBBCORには明確な差がありました。
実際の打撃はどのように測定されたのか
元となった打撃実験では、熟練した大学レベルの打者が、ピッチングマシンから投じられたボールを打ちました。
投球速度は20〜29m/s、約72〜104km/hです。
高速動作解析によって、
・衝突前の投球速度
・インパクト時のバット速度
・衝突後の打球速度
・バット上の衝突位置
・バットの回転速度
・インパクト時の回転軸
が測定されました。
元データには503回のインパクトが含まれていました。
ただし、バット性能の比較では、すべての打球をそのまま使用していません。
できるだけ正面衝突に近く、測定精度が高く、ラインドライブに近い打球のみを抽出しました。
その結果、性能比較に使用されたインパクトは187回となりました。
これは、芯を大きく外した打球や、極端な斜め衝突による影響を減らし、バットそのものの性能差を比較するためです。
実験室では136mph相当の衝突試験も行われた
実際の打撃データに加え、同じバットを使用した実験室試験も行われました。
実験室では、約60.8m/s、136mphの速度でボールを静止したバットへ衝突させています。
非常に速い速度に見えますが、これは実際の打撃における、
投球速度+バット速度
の相対速度へ近づけるためです。
バットはグリップエンドから15cmの位置を回転軸として支持され、衝突前後のボール速度から衝突効率が測定されました。
測定はASTMの試験手順に従って行われています。
この実験によって、
静止バットを使った実験室測定が、実際に打者が振ったときの衝突特性を再現できるのか
が確認されました。
実際の打撃と実験室の結果は概ね一致した
研究の重要な結果の一つは、実際の打撃から求めた衝突効率と、実験室で測定した衝突効率が概ね一致したことです。
特に、バレル先端から12〜18cm付近の衝突では、両者の一致が良好でした。
つまり、適切な測定方法を用いれば、実験室でのバット試験から実際のフィールド性能を予測できる可能性が支持されました。
これは、競技団体がバット性能を規制する際に非常に重要です。
すべてのバットを実際の打者に振らせて比較する必要はなく、標準化された実験室試験で性能を評価できるからです。
バットごとの打球速度には約16km/hの差があった
品質基準を満たした打球を比較すると、平均打球速度は次のようになりました。
・木製バット:約40.9m/s
・アルミM1:約42.3m/s
・アルミM2:約45.4m/s
・アルミM3:約43.3m/s
・アルミM4:約43.9m/s
・アルミM5:約43.0m/s
時速へ換算すると、
・木製バット:約147.2km/h
・最も高かったM2:約163.4km/h
です。
差は約16.2km/hありました。
最も性能が高かったM2は101.5mph、木製バットは91.4mphの平均打球速度でした。
この結果だけを見ると、
「アルミバットなら何でも木製より飛ぶ」
と考えるかもしれません。
しかし、実際にはアルミバット間にも明確な差がありました。
一部のアルミバットは木製バットに近い性能であり、すべてのアルミバットが同じように飛んだわけではありません。
つまり、材質名だけでは性能を判断できません。
打球速度の順位はBBCORの順位と一致した
各バットの平均BBCORは、おおよそ次の範囲でした。
・木製バット:0.452
・アルミバット:0.494〜0.545
最も打球速度が高かったM2は、BBCORも最も高い0.545でした。
一方、最も打球速度が低かった木製バットは、BBCORも最も低い0.452でした。
論文では、打球速度によるバットの順位と、BBCORによる順位が同じだったと報告されています。
この一致から、
バット間のフィールド性能差を最も強く区別したのはBBCOR
と結論づけられました。
慣性の影響だけにそろえると、打球速度差は大きく縮小した
研究者らは、BBCORをすべて0.5に固定したと仮定し、バットの慣性要素だけが異なる場合の補正打球速度を計算しました。
実際の平均打球速度のバット間差は、
4.5m/s、約16.2km/h
でした。
一方、BBCORを同じ値に固定して慣性要素だけを残すと、その差は、
0.8m/s、約2.9km/h
まで縮小しました。
これは非常に重要な分析です。
バット重量やMOIがまったく影響しないわけではありません。
しかし、このバット群の性能差の大部分は、慣性特性よりもBBCORの違いによって説明されたことになります。
なぜBBCORが高いバットは飛ぶのか
BBCORが高いバットでは、ボールとバットの衝突時に失われるエネルギーが少なくなります。
木製バットでは、バット自体が大きく変形しにくいため、ボール側が大きく変形します。
野球ボールは完全な弾性体ではありません。
強くつぶれるほど、内部摩擦や変形によってエネルギーの一部が失われます。
一方、中空金属バットでは、衝突時にバレル壁が一時的に変形します。
ボールだけが大きくつぶれるのではなく、バレルも一緒に変形することで、ボール側のエネルギー損失を減らせる可能性があります。
これがトランポリン効果です。
トランポリン効果とは「バットが跳ね返す力」ではない
トランポリン効果という言葉から、
「バットがバネのようにボールを強く押し返す」
とイメージするかもしれません。
より正確には、
バレルが適度に変形することで、ボールだけが大きくつぶれるのを抑え、衝突全体のエネルギー損失を小さくする
現象です。
バレルが内側へ変形した後、元の形へ戻る過程でエネルギーが返されます。
その結果、より高いBBCORと打球速度につながる可能性があります。
ただし、柔らかければ柔らかいほど無限に性能が高まるわけではありません。
バレルが過度に変形すれば、バット自体の振動や変形へエネルギーが失われる可能性もあります。
また、競技規則によって反発性能は制限されます。
バレルの柔らかさは振動周波数から評価された
この研究では、トランポリン効果を直接観察するだけでなく、バットのバレル剛性を振動解析によって評価しました。
中空バットには、バレル断面が広がったり縮んだりする「フープモード」と呼ばれる振動があります。
論文では、最も低いフープモードの周波数をバレルの柔らかさの指標として使用しました。
・バレルが硬いほど周波数が高い
・バレルが柔らかいほど周波数が低い
という関係です。
その結果、フープモード周波数が低いバットほど、BBCORが高くなる関係が確認されました。
最も高反発だったバットは、バレルの振動周波数も低かった
アルミバットのフープモード周波数は、およそ1720〜2334Hzでした。
最もBBCORが高かったM2は、最も低い1720Hzでした。
一方、BBCORが比較的低かったM1は2334Hz、M5は2233Hzと高い周波数を示しました。
これは、
バレル壁が柔軟なほど、BBCORが高くなる
というトランポリン効果のモデルと一致します。
ただし、この関係は中空金属バットの中で確認されたものです。
木製バットは中実構造であり、同じフープモードを持たないため、同じ方法では比較できません。
慣性モーメントとは何か
慣性モーメント、MOIは、バットの回転させにくさを表す指標です。
バットの総重量だけでなく、
・重さがどこに配置されているか
・回転軸からどれだけ離れているか
・バットの長さ
によって変化します。
同じ850gのバットでも、重さがバレル側へ集中していればMOIは大きくなります。
重さがグリップ側へ集中していればMOIは小さくなります。
そのため、
総重量が同じでも、トップバランスのバットは重く感じやすく、手元重心のバットは操作しやすく感じる
ことがあります。
スイングウェイトとは何か
論文では、グリップエンドから15cmの位置を回転軸とした慣性モーメントを、swing weight、スイングウェイトとして扱っています。
日常的に使われる「振ったときの重さ」という意味に近い概念です。
バット性能を考えるうえで、研究者らは重要な二つの特性を、
・BBCOR
・スイングウェイト
と整理しました。
ただし、両者の働き方は異なります。
BBCORは、衝突時のエネルギー損失を左右します。
スイングウェイトは、バットを振る速度と衝突時の押し負けにくさの両方へ影響します。
MOIを大きくすると、衝突では有利になる
MOIが大きいバットは、インパクトでボールに押し返されにくくなります。
言い換えると、ボールとの衝突によってバット速度が低下しにくくなります。
特に、バットの重心から離れた位置でボールが衝突した場合、慣性モーメントが小さいバットは大きく回転させられ、エネルギーを失いやすくなります。
MOIが大きいバットでは、バットの反動が小さくなり、衝突効率が高まる可能性があります。
この部分だけを見ると、
「MOIが大きいバットほど打球速度が高い」
と考えたくなります。
しかし、もう一つの作用があります。
MOIを大きくすると、スイング速度は低下する
バットを回転させるために打者が発揮できるエネルギーやトルクには限界があります。
MOIが大きくなるほど、同じ選手がバットを加速させるのは難しくなります。
研究では、インパクト直前のバット回転速度が、グリップエンド周りのMOIに対して逆数的に低下していました。
具体的には、
バット回転速度はMOIの約−0.29乗に比例する
関係が示されました。
これは、MOIが増えるほどスイング速度が低下するものの、その低下は単純な比例関係ではないことを意味します。
バットはインパクト直前、どこを中心に回っていたのか
研究では、インパクト直前のバットの瞬間的な回転軸も解析されました。
平均的な回転軸は、
・グリップエンドから長軸方向へ約1.65cm
・バット軸から横方向へ約7.5cm
の位置でした。
右打者では、下側の手の手首付近に相当します。
つまり、インパクト直前のバットは、身体の中心を軸に大きく回るだけでなく、
最終的にはグリップエンド付近を中心に高速回転していた
ことになります。
また、手元の移動量が比較的小さいことから、打者が生み出したエネルギーを効率よくバット回転へ伝えていた可能性が示されています。
MOIが打球速度へ与える二つの反対作用
MOIを増やした場合、二つの変化が同時に起こります。
衝突効率は上がる
バットがボールに押し返されにくくなり、インパクト時の有効質量が高まります。
スイング速度は下がる
回転させにくくなるため、インパクト時のバット速度が低下します。
この二つは、打球速度に対して反対方向に働きます。
論文では、スイングウェイトを増やすと衝突効率は高まる一方で、スイング速度は低下し、両者が部分的に相殺されると説明されています。
これが、
重いバットや先端の重いバットにすれば、そのまま打球速度が上がるわけではない
理由です。
なぜ最終的にBBCORの影響が最も強くなったのか
BBCORが高くなると、基本的には衝突時のエネルギー損失が減り、打球速度を高める方向へ作用します。
一方、MOIは、
・大きくすると衝突に有利
・大きくするとスイングに不利
という相反する作用があります。
そのため、MOIの影響は一部打ち消されます。
研究で比較されたバット範囲では、この相殺が大きかったため、バット間のフィールド性能を最も明確に区別したのはBBCORでした。
「BBCORだけで打球速度が決まる」という意味ではない
ここは非常に重要です。
この研究の結論は、
打球速度はBBCORだけで決まる
という意味ではありません。
実際の打球速度には、
・バットスピード
・インパクト位置
・投球速度
・衝突角度
・バットのMOI
・打者のスイング能力
も関係します。
この研究が示したのは、
比較した6種類のバットのフィールド性能差を区別するうえで、BBCORが最も強い要因だった
ということです。
同じBBCORのバットを異なる選手が使用すれば、バット速度やコンタクト能力によって打球速度は変わります。
同じ選手でも、MOIの違いによってバットスピードが変わります。
したがって、打者に合うバット選びでは、BBCORだけでなく、MOIと操作性も無視できません。
バット速度は、インパクト位置によっても変わる
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