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山の記録|広がってゆく笠の花|風まかせ文芸部《夜風》


◇笠の花

安定した足元からすっくと立ち上がる笠の頂は、実に美しい。
市女笠のようなフォルムは、気品ある平安の女性貴族のようで、エッジナイフのような槍の穂先とは対照的である。
その山容は、古くから人々の関心を惹きつけてやまなかったらしい。
円空の荒行にはじまり、幾多の修行僧が絶頂を目指した。
中でも播隆は名高い。彼は、近代アルピニズムが興る遥か前に笠ヶ岳を再興した。

お盆休みと登山のハイシーズン。
新穂高温泉駐車場はいっぱいで、いささか気が重い。
左俣林道の長い林道歩きをこなすと、もう大仕事をこなした気になる。しかし、ここからはじまる笠新道こそが本日の本領である。国体にあわせて作られたこの新道の、駆け上がるような線形はキツい。自然発生的な登山道なら、もっと二足歩行に優しいのだが。
──まさに「笠しんど~っ」という感じだ。

自らの毒に当たり脱力していると、隊列を組んだ軍団が整然と降りてくる。
ヘルメットとザイルで武装した先頭の山男を見遣れば、係長さんではありませんか!
──こんなところで、どうもおはようございます。

3巡ほど登りに飽きた頃、草つきの杓子平にようやく飛び出す。
氷河が作りあげたカールには、天上のお花畑が広がっていた。

 嘘でしょう!立ち止まったまま 広がってゆく笠の花

◇稜線を渡る夜風

間近に槍の険や穂高の屏風が迫る。焼岳~乗鞍の稜線が続く。
ほおっ、と息を呑んだまま動けない(疲労困憊したからではないぞ)。
ホシガラスの食卓と思しき岩場を拝借して、絶景に浸りながら大休止。

再始動後は、カールの肩から壁を登り詰めるのだから勾配がキツい。
小屋で重い登山靴を脱ぎ、ベビースターを肴に飲む酎ハイの旨さよ。

天上の稜線を吹き抜ける心地よい夜風。
──ゆっくりと体の火照りが冷めていく。

ソロでの山小屋泊に不安はあったが、共通の話題を肴に雲上の一晩は過ぎた。

翌朝は快晴。平たい石片に覆われた山頂で、静かにご来光を待つ。
黒々とした槍の鋒から登る朝日は神々しく、色を取り戻す漆黒の山々は息を呑む美しさである。

◇天上のプロムナード

抜戸岳を越え弓折岳までの間は、ご褒美のような稜線であった。
深い谷を隔てた東側には3000mの稜線が続き、振り返れば、今しがた頂を踏んだ笠の裾野が優しく尾を引く。

仰ぎ見るは紺碧の空。
ハイマツの褥が敷かれた細かなアップダウン。
色とりどりの高山の花々。

 夢見てるような スカイライン! サンブロックも取れてしまった顔
 こんなに気持ちよいコース ねえ本当に独り占めしていいの?

弓折岳の分岐は天空の散歩道の終焉であったが、眼下に望む池沼群もまた美しかった。その風景に目移りしなかったら、仕事をサボって双六まで遠征してしまったことだろう。
──しかし、係長にはバレている。しかも、羨ましがられる。

後ろ髪を引かれつつも、赤い屋根の小屋に向かって降下する。
背の低いシラビソに囲まれた鏡平で、槍の穂先と鏡池に映る鏡像を眺めながら、大きな朴葉寿司と、悪びれることなく練乳をたっぷり掛けたかき氷は、背徳のお味である。この上なくうまかった。

小池新道を一気に下った後の、左俣林道が長かったこと。


(山行記録:2009年08月16日〜17日)

  • 山名:笠ヶ岳・弓折岳(岐阜県高山市)

  • 形態:新穂高駐車場を起点に周回、ソロ登山。約18時間(休憩3時間)

  • 天候:晴れ

  • 水分:(1日目)3.5L携行→2.5L消費、(2日目)2.7L携行→2.0L消費

  • 昼食:(1日目)おにぎり×2、カップラーメン(小)、ソーセージ、(2日目)朴葉寿司

  • 植生:冷温帯落葉広葉樹林~亜高山帯針葉樹林(1850m~)~高山帯草原(2500m~)
    (初出2024年8月30日。改稿2026年8月22日)

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▼より詳しいフィールドノートはこちらから。
https://yamap.com/activities/34084631


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