「強い経済の基盤は科学技術」――その言葉を、今さら聞かされても
「強い経済の基盤となるのは、優れた科学技術力だ。」
高市首相は総合科学技術・イノベーション会議でそう語り、「新技術立国」の復権に向けて政府一体で取り組むよう指示したという。
この言葉そのものに反対する人はいないだろう。
しかし、正直なところ、少し苦笑いしてしまった。
2026年になってようやく、「科学技術が大事です」と胸を張って語られているからだ。
そんなことは、日本人なら何十年も前から知っている。
問題は、「知っていた」のに、その土台を少しずつ自ら削ってきたことではないのか。
かつて日本は、半導体、家電、自動車、工作機械など、世界をリードする技術立国だった。
研究開発に投資し、技術者を育て、企業は長期的な視点で競争力を磨いてきた。
ところが近年はどうだろう。
短期的な利益が優先され、研究費は削られ、大学の研究現場は予算不足に苦しみ、若い研究者は任期付き雇用を転々とする。
優秀な人材は海外へ流れ、日本は「技術立国」と呼ばれながら、その土台を自ら弱くしてきた。
そして今になって、
「科学技術が経済の基盤です。」
まるで新しい発見でもしたかのように語られる。
それは、火事になった家の前で、
「火には気を付けましょう。」
と言っているようなものだ。
誰もその言葉自体は否定しない。
しかし、多くの人が聞きたいのは、
「なぜここまで放置してきたのか。」
という説明ではないだろうか。
さらに皮肉なのは、日本が「科学技術こそ経済の基盤」と力強く語る一方で、その科学技術を支える重要な資源の多くを海外、とりわけ中国に依存している現実である。
近年、台湾問題をめぐる日中関係の緊張が続く中、中国はレアアースなど重要鉱物の輸出管理を強化してきた。
科学技術を世界一にすると言いながら、その科学技術に欠かせない材料は海外頼み。
これでは、最高級のエンジンを自慢しながら、燃料は隣の家から分けてもらうようなものだ。
技術立国とは、研究室の中だけで完結する話ではない。
資源、安全保障、外交、産業政策まで含めて初めて成り立つ。
掛け声だけでは工場は動かないし、演説だけでは半導体も電気自動車も作れない。
科学技術は、選挙のたびに成果が見える政策ではない。
10年、20年という時間をかけて育てる国家戦略である。
だからこそ政治には、人気取りではなく、未来への投資を続ける覚悟が必要だ。
日本には今でも世界トップレベルの技術が数多く残っている。
素材、精密機械、製造装置、医療機器。
世界が日本に頼っている分野は少なくない。
だからこそ惜しい。
「科学技術が経済の基盤。」
その言葉を何度繰り返すよりも、
研究者が安心して研究できる環境をつくること。
企業が長期投資できる経済環境を整えること。
そして、若者が「日本で研究したい」と思える国にすること。
それこそが、本当の「技術立国」への第一歩ではないだろうか。
政治家の演説は数分で終わる。
しかし、失われた技術力を取り戻すには、十年、二十年という時間が必要になる。
結局のところ、国を豊かにするのは美しいスローガンではない。
地道な投資と、一貫した政策、そして現実を直視する姿勢である。
「科学技術が経済の基盤」という言葉が、本当に評価されるかどうかは、その演説ではなく、十年後の日本が証明してくれるだろう。
