歩いたら 地面に
そっと森の中に入って行きました。
雪に押しつぶされていた落ち葉たちがすっかり乾いています。
陽光と風は、重なっていた落ち葉同士を剥し、その間に空気を入れます。
力を抜いて安全靴を下ろしても、シュカリ、シュカリと葉が擦れる音がします。
今は、森の生き物。足音を立てないように奥へ奥へと進みました。
クロモジやヤマモミジの枝を手で持ち上げて、その下をくぐります。
膝を曲げ、腰をかがめて落ち葉の上に靴底を置きます。
目の前にケンポナシの樹が見えてきました。
ケンポナシを時計回りにまいて、しばらく進むと平地が現れます。
平地には、そこここにまだ薄い雪が残っていました。
陽光を避けるように広がる雪は、世界地図からどこかの大陸の一部分を切り取ったようで、その縁は大きく小さく入り組んだ海岸線に見えました。
「大陸」と「大陸」の間の土地はまだ湿っていて、焦げ茶色や灰色の落ち葉が起伏のない表面をつくっています。
その地表に黒く太い線がグネグネと走っていました。
地中の黒土が落ち葉を押しのけて蒲鉾の形に盛り上がり、ぼくの足元から4、5メートル先の雪の「大陸」まで続いています。
モグラのトンネルだな
一目で分かりました。

餌を求めて柔らかい土の中を進んだ跡でした。
トンネルは、途中で数か所、右か左に小さくカーブしています。
掘り進むことに疲れたか、食べ物の匂いや気配を感じ取ろうとしたかで、一度止って進む方向をジッと考えたのかもしれません。
季節の移ろいは、冬の地中生活から地表近くでの営みにモグラを誘ったようです。
手の平で木肌にふれながら樹間を歩きます。
いつの間にか、カシャリ、カシャリと落ち葉を踏む音がし始めました。
靴底が踏むであろう地面を見てから足を下ろします。
と、下ろそうとした足を戻しました。
乾いた落ち葉の上に、小さな黒い豆粒のようなものがばら撒かれています。
腰をかがめて見てみると、豆粒ではなくて小さな俵のような形の粒です。
二十粒ほどが集まって中心をつくり、その周りにパラパラと数粒が落ちていました。
もう少しで踏みつぶすところでした。
黒い粒は、どうやらシカの糞のようです。
一粒一粒の大きさや形が整っていて、糞の主の健康状態は悪くないと思われました。

しかしながら、この糞の主はどこで何を食べたのでしょうか。
冬の間、鹿は樹の皮や笹の葉を食べるといいます。
この森に食べる物を探しに来た時に、糞を落としていったのかも知れません。
糞を落として行ったということは、どこかで確実に何かを食べたということです。逆に言えば、樹々が膨らませた新芽や雪の下で冬を乗り切った笹たちが食べられたということです。
今、森を見渡してもジッと耳を澄ませても、シカの影や声はありません。
やがてヒトの時間が終わると、ぼくよりも足音を立てずにシカやイノシシがやって来るのでしょう。
森の中が動き出している
そう思いながら、静かに森の入り口に向かいました。
