2026年北中米W杯で自虐的な「サッカー日本人論」が復活する…かもしれない
少し長くなりますが、よろしくお付き合いのほどを。
序章:森保ジャパンに対する恍惚と不安
いよいよ2026年FIFAワールドカップ北中米大会である。もちろんサッカー日本代表=森保ジャパンには期待している。
しかし、勝負は水物である。1次リーグで首位突破もありえれば、敗退もあり得る。1次リーグを1位か2位で突破した場合、決勝トーナメントではブラジルかモロッコかいずれかと対戦すると予想されている。どちらも強豪国だ。勝つのは簡単なミッションではない。
本大会参加国が48か国に増えて、強い国が散らばると期待していたが、この点、森保ジャパンはクジ運に恵まれていない。
日本のサッカーファンは、日本代表が1次リーグを突破しただけではもう満足していない。すなわち、森保ジャパンが思うような成果を上げることが出来なかった場合、サッカーファンの反応は一気に自虐的で悲観的なものになるのではないか?
そんな悪い予感が一方で付いて回る。事実、これまでの日本サッカーの言説史・思想史がそうだったからだ。
第1章:「サッカー日本人論」とは何か?
1970年代初頭から1990年代初頭にかけての約20年間、日本サッカーは「冬の時代」と呼ばれる深刻な停滞期にあった。
サッカー日本代表は「世界の壁」以前に「アジアの壁」に阻まれ続け、国際舞台からの疎外を余儀なくされていた。この実力低迷という不都合な現実に対し、当時のサッカー論壇は技術論や環境論といった実証的分析を放棄し、その回答を「日本人の本質的な欠陥」へと求めたのである。
サッカー批評家たちは、勝てない絶望を「日本人の特殊性」として理論化し始めた。つまり、サッカーにおける敗北を、日本人の身体的・文化的DNAに刻まれた「宿命」として定義することで、批評家自身の知的優越感を担保する自虐的な言説構造が完成したのである。
端的に言えば「日本人はサッカーに向いていない」と言うことである。これら言説群を「サッカー日本人論」と呼ぶ。
「サッカー日本人論」は、中根千枝、土居健郎、山本七平、阿部謹也らの通俗的な日本人論(タテ社会、甘え、空気、世間など)をサッカーというコンテキストに翻訳することで、以下のような二元論的本質主義を構築した。
「農耕民族 vs 狩猟民族」の虚構:サッカーを「ゴールを陥落させる狩猟の本能」に基づいた競技と定義し、日本人は先祖伝来の「農耕民族」ゆえに不適格であると断じる。これは生物学的根拠を欠いた論理的破綻であるが、当時は「決定的な限界」として流通した。
「集団主義 vs 個人主義」の対立:欧米サッカーを「個の自律」による完成された文化とし、日本サッカーの組織論を「個の欠如を補うための卑屈な詭弁」として貶める。
これらの枠組みは、日本を「特殊で劣等な存在」として固定化するオリエンタリズムの変奏であり、それら言説はサッカーファンの読者層の知的虚栄心と共犯関係を結ぶことで、強固な権威を確立していった。
その論者には、例えば、細川周平(音楽学者、フランス現代思想家)、佐山一郎(作家、編集者、元『STUDIO VOICE』誌編集長)、村上龍(小説家、映画監督)がいる。
第2章:細川周平…衒学的装飾による「思想的亡命」
細川周平は『サッカー狂い~時間・球体・ゴール』(1989年)において、フランス現代思想のドゥルーズ=ガタリらの晦渋な用語を動員し、サッカーそのものの「美」とサッカーへの「愛」を高らかに論じた。
しかし、一方、当時「冬の時代」の日本サッカーには深く絶望し、嫌悪すらしていた。
ファンがこんなに抑圧されている国でサッカーがやられているという事実でさえ、この頃は奇跡とさえ思える。サッカーは、少なくともラテンがひとつの規範〔に〕なるようなゲームと把握される限り、日本人には受け入れがたいのではないか。がんじがらめに安全管理されたこの国〔日本〕にあるのは軟式サッカーという似て非なるスポーツのように思えてくる。逆にいえば、こんなものでもやはりサッカーであろうという意味での懐の深さ、幅の広さを証明しているのかもしれない。サッカーを愛すれば愛すほど、ぼく〔細川周平〕は日本から遠ざかっていく気がする。サッカーはもしかすると反日本的な競技なのかもしれない。<1>
しかし、その自虐的な日本サッカー観の根底にあるのは何かといえば、サッカーは狩猟民族のスポーツで日本人は農耕民族なのだからサッカーに向いていない……といった類の陳腐で凡庸で、そして決定的に間違っている「サッカー日本人論」である。
また彼は、南米を舞台にしたサッカー漫画『シャンペン・シャワー』(かわみなみ作)を称揚し、一方で同じサッカー漫画『キャプテン翼』(高橋陽一作)を「熱血、スポ根、紋切り型」と一面的に否定した。
これはサッカーというスポーツを「反日本的」(非日本的)と断じることで、著者自身のサッカー観の確かさと批評性を誇示する振る舞いである。また著者自身を海外サッカーという高次な空間へ「思想的亡命」させ、自らの「海外厨」的な選別眼を誇示する、極めてスノッブな身振りである。
細川周平はそれらをフランス現代思想のファッショナブルな衒学で飾っているだけに、非常に厄介である。『サッカー狂い』は「この本は知的に高尚で深遠であるはず」「自分は頭が悪いとは思われたくない」と自らに強迫した日本のサッカーファンによって正当化され、称揚されてきた。
第3章:佐山一郎…「ご飯&味噌汁も全廃」するエキセントリック
佐山一郎は、編集者として、フリーライターとして、日本サッカーが「冬の時代」だった1980年代からサッカーを各媒体で取り上げてきた。それは功績と言える。
……が、一方で佐山一郎は「サッカー日本人論」に囚われており、ありとあらゆる「日本的なるもの」(と思しきもの)を「サッカーならざるもの」と結び付けて語りたがるという癖が強かった。むしろ、これでは日本サッカーの逆宣伝である。
『Jリーグよ! サッカーめざめの年に』(1993年)だとか、『サッカー細見 '98-'99』(1999年)だとかいった氏のサッカー本を読むと、そんな話がよく出てくる。
例えば、雑誌『BRUTUS』は、サッカー日本代表(オフト・ジャパン)が初めてアジアカップを制覇し(1992年10月~11月)、Jリーグのスタートを目前に控えた1992年12月15日号(通巻289号)、ラグビー&サッカー特集として「ブルータスの蹴球概説~トライの官能 ゴールの熱狂」を出した。
日本サッカーは、ようやく「冬の時代」を脱しつつあった。……にもかかわらず、佐山一郎は、この特集の中で自虐的な「サッカー日本人論」のエッセイを書いた。
……常に「あなた」にとっての「あなた」である自分が「私」である――と考えて派閥行動する日本人(ああ、ややこしい)の甘やかな夢が……〔中略〕
……哀れにも日本代表は国際舞台にほとんど立てずじまい。もはやこれは農耕民族のDNA遺伝子(記憶)の問題じゃないかと思いはじめて、ある時点からなるべく世界各地の闘技場〔スタジアム〕に赴くことを自分に課すようにした。熱狂の血しぶきを、畦道〔あぜみち〕でよっこらしょ的体液に注入し、12人目のフィールドプレイヤーとしての「自立」をめざす騎馬民族願望の旅でもある。朝の味噌汁&ごはんも全廃した。〔以下略〕
ここで援用されている「日本人論」は、日本的集団主義や日本人農耕民族説である。全文はもっと凄いのだが説明はその割愛する。
佐山一郎は、日本サッカーの低迷を「農耕民族のDNA遺伝子(記憶)」の問題とし、「朝の味噌汁&ごはんも全廃」してまで「騎馬民族」を志向するという、エキセントリックかつ滑稽な身体論を展開した。
この話を聞いた三浦小太郎(保守派の政治評論家)は「それってレイシズム(人種主義)ではないのか!?」と驚愕していた。
これは日本人論を食習慣というレベルまで矮小化した、身体的本質主義の極北である。特定の民族性を根拠に「強くなれない」と結論づけるその姿勢は、もはや批評の域を逸脱している。
第4章:村上龍…サッカーで食ってないと、何でも書けるのか?
村上龍は、Jリーグ以前からサッカーファンでいることを公言してきた人物である。しかし、そのサッカー評論では、当然のように日本のサッカーを貶してきた。
中でも「オレ別にサッカーで食ってないから、何でも書けるんだよね」という不遜な発言は有名である。

その心は? 「俺は日本サッカー界に寄生するサッカー評論家ではない。しがらみがないから日本サッカー界に忖度する必要は全くない。だから日本サッカーの本当のレベルを論じることができる。ハッキリ言おう。日本のサッカーは何もかもレベルが低い」という大見得である。
この放言は、既存のサッカー論壇内部の人間をひどく不快にさせた。後藤健生や山崎浩一、佐山一郎といった人たちが、そんな村上龍の態度を批判している。
それでは、村上龍は日本サッカー界やマスコミのしがらみなしに、自由にサッカーを論評できているのだろうか? これが違うのである。
『フィジカル・インテンシティ '97-'98season』(1998年)や、『奇跡的なカタルシス~フィジカル・インテンシティⅡ』(1999年)といったサッカー本を読むと、村上龍氏はいつもこんなニュアンスで日本サッカーを貶している。
日本人の「個の力」の弱さを集団と組織と戦術で補う……という表現は詭弁だ。フォア・ザ・チームとは、欧米のサッカーのようにチームの勝利に「個の力」が貢献することであって、集団と組織と戦術に「個の力」を埋没させることではない。集団と組織と戦術の日本サッカーと言えば聞こえは良いが、そのようなサッカーに価値など無い(もちろん中田英寿だけは例外で世界レベルだ)。
しかし、これらは「欧米=個人主義の優勝/日本=集団主義の劣敗」という図式による凡庸な二元論「サッカー日本人論」の再生産に過ぎない。村上龍はこんな話ばかりである。文体が村上龍だっただけで、実は村上龍氏のサッカー評論と既存のサッカー評論との間に本質的な違いはなかった。
フランスに来てまで、日本人の特性のことなど考えたくはない。〔略〕
日本・アルゼンチン戦のあと、私たちは高速道路のサービスエリアでステーキを食べながら、日本の文化論をする羽目になってしまった。日本人はサッカーに向いていないのではないか。日本にサッカーは本当に必要なのだろうか、別にあらゆる分野で欧米の真似をしなくても日本人はもっと独自に楽しめばいいのではないか。そういうシリアスで不毛な話題になってしまった。
他に話すことがなかったのだ。〔以下略〕
村上龍は、W杯本大会(1998年フランス大会)で、アルゼンチンのような強豪国に0-1で負けただけで、「日本人はサッカーに向いていないのではないか」などと嘆息し、自虐的な「サッカー日本人論」に耽っていたのである。
第5章:自虐的な「サッカー日本人論」は本当に克服されたのか?
彼らの「自虐的な日本サッカー観」は、現実の歴史によって無慈悲に粉砕された。
細川周平が『サッカー狂い』を上梓し、日本でサッカーが隆盛することはあり得ないと断じてから、わずか3年後(1992年)に日本代表(オフト・ジャパン)はアジアカップを初制覇し、その後、Jリーグの開幕(1993年)、ジョホールバルの歓喜=ワールドカップ初出場(1997~'98年)……と、凄まじい速度で躍進を遂げたからである。
また、細川周平が「スポ根」と浅薄に切り捨てた『キャプテン翼』は、ジネディーヌ・ジダンやリオネル・メッシといった「細川周平が憧憬したはずの」海外のワールドクラスのサッカー選手たちに多大な影響を与え、原作者・高橋陽一が日本サッカー殿堂入りを果たすという、批評の正反対を行く国際的価値を証明した。
かつて雄弁に日本サッカーの劣等性を説いた論者たち(細川周平、佐山一郎、村上龍)は、この「バツの悪すぎる現実」を前にして沈黙を選んだ。自己批判を行う誠実さもなく、ただ言説を回収することなく立ち去ったその態度は、彼らにとってサッカー批評が単なる「知的ファッション」や「衒学の素材」に過ぎなかったことを露呈させている。
今日日、チャットGPTに訊いても、Gemiiに訊いても、自虐的な「サッカー日本人論」は森保ジャパンやその選手たちの活躍によって克服されたものだとされている。
しかし、意外にそうでもないような悪い予感がある。
北中米W杯本番で森保ジャパンが思うような成果を上げることが出来なかった場合、サッカーファンの反応は一気に自虐的な「サッカー日本人論」が再着火するのではないか?
史上最強と呼ばれながらザック・ジャパンが惨敗した、2014年ブラジルW杯がそうであったからだ。
第6章:星野智幸のエッセイ「ガーラの祭典」と招かざる客ニッポン
ブラジルW杯直後の、2014年7月、文芸誌『en-taxi〔エンタクシー〕』第42号(扶桑社、坪内祐三ほか責任編集)がブラジルW杯の特集記事を出した。タイトルは「[特集]サッカーの詩学~〈ブラジル〉のあとに思うこと」。

執筆者は今福龍太、星野智幸、佐山一郎、川端康雄、えのきどいちろう(登場順)だった。例によって今福龍太(文化人類学者、現代思想家、批評家)と佐山一郎は酷かったが(笑)、割愛。一方、目に付いたのが星野智幸(小説家)のエッセイ「ガーラの祭典」だった。
ところで「ガーラ」とは何か? 「garra」、スペイン語である。もともとは「爪」を意味する単語だが、スペイン語圏、南米ウルグアイ発祥の「勇敢さと不屈の精神力」を意味する概念として伝えられる。
日本のサッカーファンには、「ゲルマン魂」と呼ばれたドイツ代表(かつての西ドイツ代表)の驚異的な勝負強さや精神力になぞらえて、「ウルグアイ版ゲルマン魂」として紹介されたことがある。
星野智幸は言う。ブラジル大会を見れば見るほど、W杯が「ガーラの祭典」であることを感じる。ウルグアイのみならず、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア、コスタリカ、メキシコと、名勝負を見せてくれたチームには、皆この「ガーラ」が輝いていた。
中南米だけでなく、アメリカ合衆国やアフリカのアルジェリアなども、私(星野智幸)は「ガーラ」を見た。
「ガーラ」こそ、サッカーの神髄である。しかし……。
……ひるがえって日本代表を思い返すと、最も欠けていたのが「ガーラ」だった。そもそも「ガーラ」を日本語にするのは難しい。ガッツ、気合い、根性、気迫、闘魂等々。どれも、しっくりこない。以下、原文から引用すると……。
日本でいう根性、気合いといった言葉の裏には、精神主義が張りついている。それは、上からの指示への絶対服従(己を殺せ)と、失敗したときの自己責任論(おまえの根性が足りなかったせいだ)が、もたれ合いながら作られた、体育会系的な価値観だ。
ガーラは、まず何よりも個人の意志から始まる。集団の力が発揮されるのはその後だ。ガーラを待った者たちが集まり、意志の交換を通じて信頼を築き上げたとき、有機的なチームとなる。勝とうという集団的な熱狂だけで、自分の主体が覚醒していない状態であるならば、どうして状況の変化に個々人が機敏に対応できるだろうか。
私〔星野智幸〕は日本の初戦、対コートジボワール戦を、現地のスタジアムで観戦した。選手たちに気合いは入っていただろう。でもガーラは発動していない選手が多かった。ガーラを見せていたのは、本田〔圭佑〕と内田〔篤人〕だった。〔中略〕
日本のサッカー文化の中には、まだガーラが育っていないのだ。それを選手にだけ求めるのは酷というものだ。
「ガーラ」はサッカーの神髄である。しかし、日本のサッカー、日本のスポーツ、否、体育会的な価値観=精神主義は「ガーラ」とは似て非なるものである。日本のサッカー文化の中には、まだガーラが育っていない。つまり、日本人は「ガーラ」を、すなわちサッカーを理解することができない……。
また「ガーラ」とは「何よりも個人の意志から始まるもの」である。ひるがえって日本人は「精神主義」と「集団的な熱狂だけで、自分の主体が覚醒していない状態」でしかない。日本のサッカー文化の中には、まだガーラが育っていない。つまり、日本人は「ガーラ」を、すなわちサッカーを理解することができない……。
終章:サッカーにおける日本人の「正しい悔しがり方」
……こういう話の持っていき方にデジャヴ(既視感)を覚えたのだとしたら、その読者の感覚はまったく正しい。星野智幸は、独自性ある見解を示したのではなく、日本のサッカー論壇の「サッカー日本人論」の「お作法」に従ってこのエッセイを書いたにすぎないからだ。
「ガーラ」なる概念を持ってきた星野智幸の「まなざし」は、一読するとユニークに思える。しかし、その実は、前述の佐山一郎や村上龍らがさんざん述べてきた「欧米=個人主義の優勝/日本=集団主義の劣敗」の表象を「ガーラ=世界/ガーラならざるもの=日本」として述べたにすぎない。
要するに、星野智幸は、サッカー論壇の常套句を、少しばかり目先を変えて書いてみせただけにすぎない。あまりにもベタな展開である。
北中米W杯本大会を直前に控えた2026年5月、吉崎エイジーニョ(サッカージャーナリストほか)が『なぜ日本サッカーは強くなったのか~〈神とサッカー〉から紐解く日本代表の欧州化』という本を出した。
ここでいう〈神とサッカー〉とは、「欧米人=一神教=個人主義」と「日本人=非一神教(多神教)=集団主義」とを対比する日本人論である。それを反映した「欧米人=一神教=個人主義のサッカーの優位」と「日本人=非一神教(多神教)=集団主義のサッカーの劣位」を対比的に論じた「サッカー日本人論」である。
吉崎エイジーニョは2014年に『メッシと滅私~「個」か「組織」か?』という、ほぼ同じコンセプトのサッカー本を出している。
これを見る限り、どうも「サッカー日本人論」への欲求や需要は今なお衰えていないようだ。日本のサッカーファンの根源的な自虐性の火種は燻り続けている。
ゴールポストは動かされるものである。やはり、北中米W杯本大会で森保ジャパンが思うような成果を上げることが出来なかった場合、サッカーファンの反応は一気に自虐的な「サッカー日本人論」で横溢するのではないか?
日本人が日本人だと言うだけでサッカーが下手だとは思わないが、日本人はサッカーにおける「正しい悔しがり方」が出来ない。1993年の「ドーハの悲劇」の時の金子達仁がそうであるが、2014年ブラジルW杯の時の星野智幸などを振り返れば、これは当たっている。
悪い予感もするのだが、とにかくそんなことが無いことを祈りたい。
心おきなく北中米W杯を、森保ジャパンを楽しみたい。
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最後までお読み下さいまして有難うございました。(文中敬称略)
[註]
<1> 細川周平はこんな分かったようなことを書いているが、一方で鈴木良韶(著書に『日本サッカー狂会』)や久保田淳(著書に『ぼくたちのW杯~サポーターが見た!フランスへの熱き軌跡』ほか)、後藤健生(著書に『日本サッカーの未来世紀』ほか)のように、Jリーグ以前から、苦い肝を嘗めながらも日本サッカーを見捨てずに応援してきた「サッカー狂い」がいる。
細川周平に象徴されるサッカー狂、翻って鈴木良韶や久保田淳、後藤健生に代表されるサッカー狂。このふたつの日本のサッカーファン層の間には高くて長い壁が存在している。
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