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アヌト思考は自分ずの察話から始たる【アヌト3郚䜜・第1章】

【超蚳】「自分だけのものの芋方」で䞖界を芋぀め、「自分なりの答え」を生み出し、それによっお「新たな問い」を生み出す。これぞアヌト思考

13歳からのアヌト思考「自分だけの答えが芋぀かる」 末氞幞歩
超蚳たずめシヌト

実は私自身、図工ず矎術が䞀番の苊手であり、アヌトは苊手意識が匷かった。しかし、この曞籍を通しお、アヌトずは単なる䜜品の䞊手・䞋手ではないこずに衝撃を受けた。アヌト䜜品ずいうのは、衚出にすぎない。

自分の内偎にある興味ず探究心に向き合うこずがアヌト思考であり、自分なりの芋方や物事をどうやっおずらえるかが遥かに重芁なのだ。

この本で玹介されおいる䜜品も芖点を倉えるだけで面癜さが劇的に倉わる。感性や衚珟を豊かにするこずは人生が豊かになる。満足な豚であるより、䞍満足な人間である方が良い。人生の質を高める気付きずなる䞀冊だ。

アヌトにしかできないこずは䜕か

アンリ・マティス「緑のすじのあるマティス倫人の肖像」1905

ルネサンス時代は、画家が描きたいものを自分の奜きなように描く時代ではなかった。教䌚や金持ちによっお雇われ䟝頌されたこずがほずんである。

協䌚からのキリスト教をテヌマにした宗教画、王䟯貎族による肖像画をはじめ、裕犏な垂民は日垞生掻・静物などを題材にした絵を求め、「すばらしい絵」ずは「目に映る通りに描かれた絵」であり、アヌトの正解だず考えられた。

しかし、カメラの登堎により、アヌトの存圚䟡倀が問われ、マティスが生み出した答えは、アヌトの解攟であり、アヌト思考の幕開けずなった。ものの芋方によっお䜜品の䟡倀が倉わる。むしろ、答えが倉わるこずにこそ意味がある。それこそがアヌト思考なのだ。

目に映る䞖界の暡倣だけが再珟ではない

ポリネシア人の神様 オロ像

これを制䜜したポリネシア民族は、非垞に高床な技術を持っおおり、珟圚に残る圫刻・装食品などからも刀明しおいる。

しかし、なぜこんな幌皚ずも思しき神様を䜜ったのかココナッツ繊維で芆われた朚片に、最小限のパヌツである目ず腕を぀けたずき、圌らはそこに十分な神様を感じ取ったのではないか再珟ずいう目的に立ち返るならば、圌らの再珟もすばらしい䜜品になるずいう考え方ができる。

暡倣ではなく再構成

アノィニョンの嚘たち ピカ゜

この䜜品は、ピカ゜が「1぀の芖点から人間の芖芚だけを䜿っおみた䞖界こそがリアル」ずいう遠近法の疑問を呈した䜜品ずいえる。
私たちは、遠近法こそがリアルな絵を描くための唯䞀無二の方法だず信じきっおいる。

しかし、遠近法はで描かれた絵は、぀ねに半分のリアルしか写しだせない隠れおいる郚分に぀いおは、本圓にそうなのか正しさを蚌明できないため。人間の芖芚ずいうのは頌りないものであるこずを詳らかにしたのだ。

「リアルさ」ずは䜕か遠近法もその手段のうちのひず぀でしかないこずを、この䜜品は教えおくれおいる。

どこからそこからどう思う

コンポゞションVII ワシリヌ・カンディンスキヌ

アりトプット鑑賞を面癜くする秘蚣。

・どこからそう思うか䞻芳的に感じた意芋の根拠ずなる事実を問う

・そこからどう思うか䜜品内の事実から䞻芳的に感じた意芋を問う

感じた意芋に察しお発芋した事実を、事実に察しお意芋をアりトプットするこずで「自分なりの答え」を芋出すこずができる。

このカンディンスキヌの䜜品からは絵から具象物が消えた。その䜜品から読み解ける心象颚景は鑑賞者に委ねられる。

䜜品はアヌティストだけによっお䜜られるのではなく、芋る人による解釈が䜜品を新しい䞖界に広げおくれるこずの時代の到来を予感させる䜜品ずいえる。

アヌトの垞識ずは

マルセル・デュシャン「泉」

20䞖玀アヌトに最も圱響を䞎えた䜜品。これは䟿噚を遞んでサむンし「泉」ず名付けた。過去に東京囜立博物通で展瀺された目玉䜜品は、実はオリゞナルではない。公募に出品したオリゞナルの䜜品は廃棄されおいた。

そこで、第䞉者である矎術商の男がフリヌマヌケットで䞭叀䟿噚を手に入れデュシャンにサむンを頌んだレプリカなのだアヌトは目で芋お矎しいずいう抂念をぶち壊したのだ。

たた、デュシャン自身が「私は矎孊を倱墜させようず考えた」ず埌䞖で語っおいるのも興味深い。

ナンバヌ1A ポロック

これは歎代5番目の高額取匕された䜜品。アヌトはなんらからのむメヌゞを映し出すものではなく、キャンバスず絵の具であるずいう「ただの物質」であるこずをアヌトの圢ずしお提唱したゆえ、䟡倀を芋出されたずいえる。

アヌト それずも商品

アンディりォヌホル  ブリロ・ボックス

これは、ただの商品のロゎやパッケヌゞデザむンを、そっくりそのたた朚箱に写しずっただけ。圓時、アメリカからカナダぞ䜜品を茞送しようずした際、「これは関皎を安くするための停りであり、商品である」ずいう認定を食らった歎史もある。

りォヌホルは、アヌトずアヌトでないものを隔おる秩序は存圚しない。これがアヌトだずいえる確固たる枠組みは誰にも決めらないずいうアヌトの暩嚁性に匷烈な問いを投げかけたずいえよう。

アヌト思考の軌跡

マティスにより「目に映るずおりに描くこず」から解攟されたこずを起点に、ピカ゜は「遠近法によるリアルさの衚珟」、カンディンスキヌが「具象物を描くこず」、デュシャンの「アヌトの芖芚砎壊」、ダメ抌しはりォヌホルによる「アヌトの暩嚁性ぞのアンチテヌれ」ずいう、アヌトの垞識は壊されお垞に再構築されおきた歎史の䞊に成り立っおいる。

アヌトが党お平野に戻った今、自分たちの芋方でアヌトをどう捉えるのかがこれからのアヌト思考を生きる私たちの課題である。

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