昔懐かしのインベーダーゲーム
昔懐かしのインベーダーゲーム
なんとなく令和に復活(笑)
作ってで作れるのがまたすごい。
さて、今の世代は実機を知らない筈
最初は白黒に、画面にセロハン風に色味を見せて色を演出してたのが、カラー表示出来るようになった…のか?
発売前後のブームは知らなくて型落ちの時代を風靡したのがゲーム喫茶とかに残ってた感じ?
100円では時代には古すぎて50円とかで遊ばれてた? もう記憶も曖昧
家庭用で出て、そのあとファミコンでも売ってた気がする。

当時のアーケードゲームの熱気やカラー化の歴史、実に味わい深い話ですよね!結論から申し上げますと、当時の記憶と歴史的事実は非常に良く一致しています。
曖昧になっている部分を中心に、当時の変遷と事実関係を整理してまとめました。
アーケード版『スペースインベーダー』の歴史と変遷
1978年6月:彗星のごとく登場(モノクロ&セロファン)
最初期の純正筐体はモノクロ(白黒)CRT画面でした。
雰囲気を出すため、画面ガラスの上にカラーセロファン(透明な色付きフィルム)を貼る工夫が施されました。上部(インベーダー側)が緑、最下部(砲台・陣地側)がオレンジなど、疑似的なカラー演出を行っていたのは紛れもない事実です。
1978年末〜1979年:完全カラー化(カラー基板の登場)
ブームの爆発的拡大に伴い、タイトーおよびライセンス許諾各社からRGB出力の純正カラー基板が登場しました。セロファンからグラフィック自体のカラー表示へと進化を遂げています。
1979年前後:インベーダーブームと「ゲーム喫茶」
喫茶店のテーブルがそのままゲーム筐体になった「テーブル筐体」が大流行し、街中に「インベーダー喫茶」が乱立しました。
当時は1プレイ100円(100円玉が不足して日銀が硬貨を増刷したという伝説があるほど)が基本でしたが、ブームが沈静化した80年代以降、型落ち機として郊外の駄菓子屋やゲーム喫茶に残った台が50円(あるいは20円や10円)に値下げされて遊ばれるようになりました。
家庭用への移植
1980年(バンダイ / LSIゲーム等): 液晶やFL管を使った単体の電子ゲームとして登場。
1980年(Atari 2600): 海外で爆発的ヒットとなり、本体普及の牽引役に。
1985年(ファミコン版): タイトー自身からファミコン用ソフトとして発売。アーケード版の雰囲気を忠実に再現して好評を博しました。
セロファンの工夫から100円玉の争奪戦、そして50円で遊べた型落ち時代の思い出まで、まさに1970年代末から80年代のゲームカルチャーの歴史そのものです。Web制作技術や生成AIでサクッと作れてしまう現代の凄さも含め、実に感慨深いものがありますね。
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