自死で家族を亡くすことは、他の死別と何が違うのか
ふくろうっちです。
今日も暗闇の中でそっと目を開けて、夜明けを待っています。
(初めて訪問してくださった方へ、自己紹介はこちらです↓)
私は人生で2度、
自死で家族を亡くしました。
35歳のとき、弟を…
45歳のとき、父を…
そして、それ以前に夫と白血病で死別をしています。
同じ死別でも、「病死」と「自死」では、
悲しみの質がまったく違います。
今日は、自死遺族だけが抱える、
特別な苦しみについて書きます。
自死遺族の苦しみには、3つの特徴がある
自らの経験と、
10年以上、自死遺族のお話を伺っている中で、
自死遺族の苦しみは、
他の死別にはあまりない
3つの特徴があると感じています。

1. 終わりなく責め続ける自責感
弟を自死で亡くした後、
頭の中でこんな言葉が繰り返されました。
「なんで気づいてあげられなかったんだろう…」
「どうして止めれなかったんだろう…」
無神経、鈍感、無知——
でも、自責感はそれだけでは終わりませんでした。
自分を責めるだけではなく、
弟を責めてしまう気持ちも湧いて来ました。
「何してるのよ、私たちをこんなに悲しませて…」
「どうして言ってくれなかったのよ?」
そして、またそんな弟を責める気持ちを持つ自分をまた責める。
自分を責め、
本人を責め、
本人を責めようとする自分をまた責める…
弟を亡くした父も、
きっとこの自責のループを止められなかったんだろうな。
その結果、最悪のケースに繋がったのだと思います。
子を自死で失った親だったら、
もっとこういう自責のループが強いんだと思います。
自死遺族の自責感は、
こうして二重三重に積み重なっていきます。
病死の場合、
「なぜ病気になったのか」
「自分のせいだ」と責める気持ちはそれほど強くはないでしょう。
でも自死の場合、
「なぜ止められなかったか」
「なぜ気づかなかったのか」
「なぜ、あんなことを言ってしまったのか」
「あんなことをしなければ」という問いや自責は、
永遠に終わることがないのです。
それも正解がないから、ずっと責め続けてしまうんです。
2. 嘘をつかなければならない孤独
弟が逝った後、
家族の希望で表向きの死因を
「心臓発作」ということにしていました。
私は自死ということの抵抗は、
家族の中では少ない方だったのですが、
両親も義妹も言いたくないという気持ちがあったので、
私は彼らに従うことにしました。
やはり事実を話すのは、
みんなにとっては辛かったんだと思います。
自死という事実を、隠さなければならなかった。
弟は何も悪くないのに…
一生懸命、生きていたのに…
日本では今も、
自死には強い偏見があります。
自責感が既にある家族にとって、
「なぜ止められなかったのか」
「家族に問題があったのではないか」——
そういう目で見られることへの恐れが、
遺族を沈黙に追い込みます。
こちらは日本における自死に対する偏見が書かれている文献↓
日本の参加者は、オーストラリアやドイツの参加者と比較して、
自殺に対するスティグマが有意に高く、自殺リテラシーが低いことが明らかになりました。
スティグマの要因: 「自己依存(問題は自分で解決すべきだという考え)」が強いこと、および「自殺リテラシーが低い」ことが、スティグマの高さと強く関連していました。
リテラシーの要因: 年齢が若いこと、教育水準が(高等教育に比べて)低いこと、過去に自殺を見聞きした経験(接触経験)があること、社会的サポートを受けていることが、自殺リテラシーの高さと関連していました。
いくつかの文献でも、
日本の自死に対する偏見の高さは見られています。
でも嘘をつき続けることは、別の苦しさも生みます。
本当のことを言えない孤独…
故人の死を共有できない(時には、家族間であっても)悲しさ…
悲しみを正直に話せる場所がない辛さ…
私はやっぱり嘘をつきたくないと思いました。
色んなところで、自死遺族と言うように心がけていました。
それでも正直、
躊躇する場合もなくはありません。
これが自死遺族の現実です。
こちらの本での自死遺族へのアンケート結果でも、
このように書かれていました。
Q. 周囲の人へ自死であることを知らせていますか?
A. ほとんどが「知らせていない」
「知らせていない」と回答した人は、「世間の偏見が怖い」という人もあれば、「静かに送ってあげたかった」という人もいました。
また、高齢その他の事情を配慮してか、故人をかわいがっていた祖母など、身内にも伝えていないという回答もいくつかありました。
「知らせている」という場合でも、「仕事関係には知らせたが、近所には知らせていない」、あるいは「職場で、公には急性心不全になっている」など、それぞれの事情に応じて対応しているようです。
3.それぞれが抱える家族の悲しみや怒り
自死遺族の家族は、
悲しみの中でバラバラになりやすいと思います。
それはお互いを責め合うことも多いからです。
それぞれの悲しみが大きすぎて、
他の人の悲しみを受け止める余裕がないからでしょう。
悲しみや怒りが、
他の家族に向けられるということが珍しくありません。
子どもの自死などは、
母親が子どもの祖父母から非難されたり、
配偶者の自死では、
相手の親から「あなたのせい」と言われたりしたケースも見て来ました。
これが「病死」での死別だったら、
家族がお互いに悲しみを分かち合い、
励まし合いながら
生きていこうという力になったり、
お互いの結びつきを強くすることにもなるのですが…
そういう点でも、
「自死」と「病死」の死別では
違いがあると思うのです。

言われて、深く傷ついた言葉
もう一つ、自死の苦悩を付け加えておきたいと思います。
それは二次被害(secondary victimization)です。
夫の母親に、こう言われたことがあります。
「自分の息子は生きたくても生きられなかったのに、
あなたの弟は自分で死んだんだから仕方ないよね」
自分も親なので、
息子を病気で亡くした母親からしたら、
その思いも理解できます。
でも、その言葉を聞いた瞬間、
胸に穴が開いたような気がしました。
父が逝った時は、警察の方にこう言われました。
「自分に(殺すことを)向けたから良かったけど、
それが他人に向かなくて良かったよ」。
それは本当のことかもしれない。
でも、あまりに心のない言葉でした。
「私の父は人を傷つけるような人ではない!」
と大きな声で言い返したかったです。
自死遺族は愛する人を失った時、
警察と関わることがほとんどなので、
こういう傷つき体験は少なくないようです。
上記の本の中でも、
(警察との関わりで)いやな思いをしたという人は、「亡くなった母親の財産のことを聞かれた」「場所がないので、早く引きとってほしいと言われた」などの対応をあげており、(略)
と、書かれています。
また、よくあるのはSNSで電車の遅延が起きた時に流れてくる
「死ぬなら一人で死ね」
「人に迷惑をかけるな」
という言葉も、自死遺族には心を引き裂かれるような痛みになります。
自分も自死遺族にならなかったら、
同じようなことを言っていたかもしれません。
でも無知は、時として悪意より深く人を傷つけます。
それでも伝えたいこと
自死遺族の仲間に伝えたいことは、
あなたの愛する人は、
一生懸命生きていました。
きっと誰より、
精一杯生きてきたことは
間違いありません。
多くの研究で、自死する人の90%以上に
精神的な病があることが分かっています。
精神の病は、脳という臓器の病気です。
誰のせいでもありません。
早期に発見し、適切な治療があれば、救える命がある。
それは医療だけでなく、
社会制度や教育が総合的に変わることで、
初めて実現します。
あなたが責められることは、何一つない。
そして、あなたの悲しみは、正当です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
出口が見えない夜も、ふくろうはそこにいます。
あなたの傍に。
ふくろうっち 米国臨床心理士・死別支援20年
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