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〈地道なくだらなさ〉世界史随想11

「カニがくしゃみした」で覚える、インドの王朝名

世界史の勉強でつまずきやすいポイントのひとつが、「川の名前」と「文明の名前」がバラバラのまま頭に入ってしまうことです。

チグリス川、ユーフラテス川、ナイル川、インダス川——単独で覚えようとすると、どうしても「あれ、どっちがどっちだったっけ」となりがちです。


「エジプトはナイルの賜物」の意味

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが著書『歴史』の中で残したとされる「エジプトはナイルの賜物」という表現があります(先輩の歴史家ヘカタイオスがすでに同様の句を使っていたという説もあります)。ナイル川が定期的に氾濫することで、周辺に肥沃な土壌がもたらされ、それがエジプト文明の繁栄を支えたのだ、という考え方です。

一方、「メソポタミア」という地名そのものが、「チグリス川とユーフラテス川に挟まれた地方」を意味する言葉だと言われています。つまり地名自体が、そこが二つの川の「間」にあることを教えてくれているわけです。

こうした背景知識をセットで持っておくと、「メソポタミア=二つの川の間」「エジプト=ナイルの賜物」というふうに、単なる暗記ではなく、意味のあるつながりとして記憶に残りやすくなります。

インダス川は「西」、ガンジス川は「東」

インドの地理でよく混乱するのが、インダス川とガンジス川の位置関係です。インダス川はインドの西側、ガンジス川は東側を流れています。
「西のインダス」という言い方を意識しておくと、地図を思い浮かべたときに位置関係がずれにくくなります。

中国であれば、黄河と長江(揚子江)という南北の二大河川があり、これをどうやって「つなげたか」が歴史上の大きなテーマになります。
かつて北宋の都だったとされる開封という都市は、黄河とそれをつなぐ大運河との接点に位置していたことから、物流の要衝として栄えたのだと考えられています。「開封=北宋の首都」とだけ覚えるよりも、「大運河と黄河の交わる場所だったから栄えた」という背景まで押さえておくと、記憶の定着度が変わってきます。

くだらないけど忘れない語呂合わせ

インドの古代王朝に「クシャーナ朝」というものがあります。
マウリア朝の後、グプタ朝の前の時期に栄えた王朝で(間には他の勢力も存在しますが、大まかな時代の流れとしてはこの順番で覚えて問題ありません)、カニシカ王が仏教を篤く保護したことで知られています。

正直、「クシャーナ朝」という響きだけでは、あまり印象に残りにくい言葉です。そこで、こんな覚え方を試してみます。「インダス(川の近くで)、カニ(シカ王)が、くしゃみをした」——「くしゃみ」で「クシャーナ」を、「カニ」で「カニシカ王」を連想する、という具合です。

かなりくだらない語呂合わせですが、こういう「ちょっとバカバカしい」連想のほうが、実は記憶に残りやすいという側面があります。

数日後、あるいは1か月後にふと思い出せるかどうかを試してみると、案外こうした遊び心のある覚え方のほうが生き残っていたりするものです。

「わからないこと」もまた世界史の魅力

インダス文明には、モヘンジョダロをはじめとする発達した都市の遺跡が残っていますが、ある時期に忽然と姿を消してしまったとされています。なぜ滅びたのか、詳しい理由は今もはっきりとは分かっていません。インダス文字も、いまだに解読されていない部分が多く残っています。

世界史というと、「すでに解明された事実の集合体」というイメージを持たれがちですが、実際には「まだよく分かっていないこと」も数多く含まれています。そこにロマンを感じる人にとっては、むしろその余白こそが、この分野の一番の魅力なのかもしれません。

地図を思い浮かべながら、川と文明、都市と交易路のつながりを一つひとつ辿ってみる。ただ暗記するだけでは味気ない歴史の年表も、こうしてつながりを意識してみると、意外と立体的に見えてくるものです。

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