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「水の中だったら死んでた。」

六歳の夏、家族でトルコのそばにあるギリシャのキプロス島へ行った。愛と美の女神、アフロディーテが流れ着いた島である。

いま思えば、六歳児の夏休みとしてはずいぶん景気がいい。青い海、白い建物、乾いた空気。ホテルの目の前にあったその海岸は、砂浜というより、ごつごつした岩が多かった。

わたしは紺色にひまわりが描かれた水着を着て、岩場にしゃがみ込み、カニやら小魚やらを眺めていた。

六歳なので、地中海の美しさなどには興味がない。目の前にカニがいればカニである。

すると、同じように岩場の生き物を観察している男の子がいた。外国人だった。

まあわたしも向こうから見れば外国人なのだが、六歳のわたしの世界では、金髪の人間は一律「外国人」である。

その子は英語を話さなかった。したがって会話は成立しない。しかし六歳児というものは、別に会話など成立しなくても遊べる。

「あっ」と指をさせば、「おっ」という顔をする。

ヤドカリを見つければ二人でしゃがむ。イソギンチャクをつつけば二人で喜ぶ。人類が言語を発明する前は、おそらくこんな感じだったのだと思う。

その子の顔は、実のところまったく覚えていない。ただ、白っぽいブロンドの髪で、わたしはその子を「かっこいい」と思っていた。六歳にして面食いである。

一方こちらは、こけしのような日本人児童である。国際恋愛というには、かなりこちら側の戦力が弱い。それでもわたしは楽しかった。

言葉の通じない美少年と、地中海の磯でカニをつついている。人生でこんな時間は、そう何度もない。

そのときである。

遠くから、「うおおおおお」という声が聞こえた。

見ると、我が父だった。

シュノーケリングを終えた父が、少し離れた岩場で変な格好をしている。片足を伸ばし、上半身を折り曲げ、なにやら唸っている。しかし不思議なことに、緊急事態には見えなかった。ただの変な人に見えた。

これがもっと、「助けてくれ!」とか、「救急車を!」などと叫んでいれば、こちらも娘として心配できる。しかし父は、「ううううう」「いてててて」と、岩場で一人、謎の運動をしているのである。

美少年も父を見た。やめてほしかった。

複雑な会話はできなくても、「あそこにいる変なアジア人男性が、この女児の父親らしい」という情報だけは、すでに彼に伝わっていた。

彼の両親は少し離れた白いパラソルの下にいた。品のよさそうな飲み物を口にしながら本を読んでいる。なんだか知らないが、人生に余裕がある。こちらの父親は岩の上で唸っている。恥ずかしかった。

しかし、実の父親なので、完全に他人のふりをするわけにもいかない。わたしは仕方なく岩をぴょんぴょん越えて、父に少し近づいた。

ーーーパパ、どうしたの。

すると父は、

ーーーあし、つった!

と叫んだ。

わたしは意味がわからなかった。

足をつる。

六歳のわたしは、そんな現象が人間に起こることを知らなかった。

「足がつる」と聞くと、なにか釣り針のようなものが足に引っかかったのかと思った。しかし父の足には魚も釣り糸もついていない。ただ本人だけが猛烈に苦しんでいる。

父は岩場に座り込み、「いてててて」と言いながら、足を引っ張り、つま先を反らせたり、伸ばしたりしていた。準備運動をするタイミングを完全に間違えている人にしか見えない。

わたしはしばらく眺めていた。

娘として心配するより、美少年のところへ早く戻りたかった。

やがて父は落ち着いた。

そして額に妙な汗をかきながら言った。

ーーー水の中だったら死んでた。

ずいぶん大袈裟な人だと思った。足が痛くなったくらいで人間が死ぬものか。わたしは六歳なりに冷静であった。

というより、早く金髪の少年のところへ戻りたかっただけである。

父の生死より美男子との時間である。

そして六年後。

十二歳になったわたしは、友達と地元のプールにいた。

キプロス島の青い海ではない。地元名古屋の流れるプールである。

六年前、地中海で金髪の美少年とイソギンチャクをつついていた少女が、今では巨大な浮き輪に腕を引っかけ、友達と無言で水流に運ばれている。

ずいぶんな転落である。

都落ちという言葉がある。では、地中海から市民プールに落ちることを何と呼べばいいのだろう。

プール落ちか。人生落ちか。少なくともリゾート感は大幅に落ちている。

わたしは浮き輪につかまりながら、何をするでもなく流れていた。

流れるプールというのは恐ろしい施設である。

何もしなくていい。泳がなくてもいい。目的地もない。ただ水に運ばれる。十二歳にして、すでに老後のような遊びをしていた。

すると突然、右足に異変が起きた。

ふくらはぎの奥で、何かが、ギュウウウウウウウとなった。

ーーーえっ。

次の瞬間、痛い。

ものすごく痛い。今まで知っている「痛い」と種類が違った。

筋肉の中に小さな悪魔が住みつき、両手で雑巾を絞っているような痛みである。

わたしは瞬時に悟った。

これだ。これが、足がつる、というやつだ。

六年前の父が脳裏に浮かんだ。

地中海の岩場で一人、「うおおおお」と唸っていた父。

あのときわたしは、大袈裟だな、と思った。申し訳なかった。父は正しかった。これは大袈裟になる。

しかもわたしは水の中にいる。

父の言葉が蘇った。

ーーー水の中だったら死んでた。

死ぬ。本当に死ぬ。

わたしは十二歳にして父の遺言の意味を理解した。

もちろん父はまだ生きているが、わたしの中では完全に遺言になっていた。

わたしは慌てて巨大な浮き輪に尻を乗せた。

人間、本当に追い詰められると、見た目などどうでもよくなる。お尻を浮き輪の穴に無理やり落とし込み、足を水面から出した。

「どうしたの」と驚いている友達の声に「あし、つった」と叫び返す。

そして父が六年前にやっていた動きを思い出した。足を引っ張り、つま先を反らせたり、伸ばしたりしていた。わたしは必死で自分の足を引っ張った。格好としては、浮き輪の中で一人、ヨガの最終試験を受けている人である。しかも流れるプールなので、その状態のままわたしは移動している。

人にぶつかる。

ーーーすみません。

またぶつかる。

ーーーすみません!

それでも足を引っ張る。

知らない家族の浮き輪に激突する。

ーーーすみません!!

死ぬかもしれない人間にしては、礼儀正しかった。

周囲の人から見れば、巨大な浮き輪に尻をはめ、自分の足を抱えて流れてくる十二歳である。相当変だったと思う。六年前の父と同じである。

ようやく痛みが引いた。

わたしは浮き輪の上で呆然とした。

助かった。そして思った。

パパ。あのとき見ておいてよかった。

一瞬でも恥ずかしいなんて、思ってごめん。

もしキプロス島で父があの奇妙な体勢をしていなかったら、わたしは「足がつった」という現象すら理解できず、流れるプールでただパニックになっていたかもしれない。

父が地中海で美少年の前でさらした醜態が、六年後、娘の命を救ったのである。


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