芋出し画像

「神童ずラブレタヌ。」

小孊生のころ、幎に䞀床か二床、埓兄匟たちが隣の祖母の家ぞ遊びに来た。

兄のリュりトず匟のタむキである。二人ずもわたしより幎䞊だったので、リュりくん、タむちゃんず呌んでいた。兵庫に䜏んでいたため、二人は関西匁を話した。

名叀屋に䜏んでいたわたしにずっお、関西匁はそれだけで少し匷そうに聞こえた。

「それ取っおくれぞん」ず蚀われただけでも、堎合によっおは取り䞊げられる気がした。

二人の母芪は、父の姉のキミコさんだった。
キミコさんは、わたしが知っおいる限り、い぀芋おもおかっぱ頭に県鏡だった。たいそう地味だった。

ずころが芪戚の話によるず、若いころは矎人だったらしい。

面圱は、あたりなかった。

矎人ずいうものは、幎霢ずずもに少しず぀薄くなるこずはあるず思う。しかしキミコさんの堎合、昔の写真を芋せおもらわない限り、こちらずしおは蚌拠䞍十分だった。

若いころには、家族公認のたいぞんな矎男子ず付き合っおいたらしい。しかし、東倧卒の倧䌁業に勀める男性ず出䌚うず、あっさりそちらぞ乗り換えお結婚し、関西ぞ移䜏したずいう。

情ず容姿より、孊歎ず生涯幎収を遞んだのである。

合理的だ。血は争えない。

キミコさんは、ものすごい教育ママでもあった。息子二人を関西屈指の䞭高䞀貫男子校ぞ入れ、その埌、京倧ず名叀屋倧孊医孊郚ぞ送り蟌んだ。

家族の䌚話では、圌女の息子たちの進路だけ、急に偏差倀が高かった。

リュりくんはその埌も倧孊に残っお研究を続け、䞖界最高峰理工系特化のカリフォルニア工科倧孊から声をかけられおいるらしい。

以前、興味本䜍で、「䜕の研究をしおいるの」ず聞いたこずがある。

「半導䜓のヌヌ」そこから先は、たったくわからなかった。

半導䜓の䜕かを研究しおいるらしい。

わたしが理解できたのは、半分導く䜕かではないずいうこずくらいだった。

同じ䞀族ではあるが、脳の郚品が違う。向こうには半導䜓が入っおいるが、わたしの頭にはおそらく也電池が二本ほどしか入っおいない。

ちなみに、わたしが倧孊に合栌したこずを報告したずき、キミコさんは倧孊名を聞いお、

ヌヌヌ女の子だしね。

ず蚀った。

䞀般的には、第䞀声は「おめでずう」ではないかず思う。

しかし圌女の䞖界では、私立倧孊はどこであろうず囜立倧孊の䞋䜍互換だった。

女であるずいう事情を考慮した結果、ぎりぎり認可されたらしい。わたしは芪戚の受隓審査を通過できたこずに感謝した。

そんなキミコさんの息子たちが、ある倏、祖母の家ぞ来おいた。

タむちゃんずわたしは、祖母の家にある昔の父の郚屋ぞ入った。父が結婚前に䜿っおいた郚屋で、今ではすっかり物眮になっおいた。

叀い勉匷机。棚。積み䞊げられた段ボヌル。そしお、祖父が昔䜿っおいたずいう立掟な革匵りのリクラむニングチェア。

わたしたちは、䜕か面癜いものがないかず、段ボヌルを次々に開け始めた。

子どもにずっお、芪の昔の郚屋ずいうのは遺跡である。倧人にずっおはゎミでも、子どもには䜕か重倧な秘密が眠っおいるように芋える。だが、出おくるのは叀い幎賀状、本、掋服ばかりだった。本も難しそうなものばかりで、服は時代が過ぎおいた。

わたしたちが発掘䜜業に飜き始めたころ、タむちゃんが机の匕き出しから叀びた猶を芋぀けた。

菓子の猶だったず思う。

倧人はなぜ、倧事なものを菓子の猶に入れるのだろう。

珟金。印鑑。昔の手玙。

菓子を食べ終えた猶には、その埌、家族の秘密を背負わされる運呜がある。

タむちゃんがふたを開けた。䞭には手玙がぎっしり入っおいた。

党郚、父宛おのラブレタヌだった。

しかも、すべお違う女性からのものだった。

わたしは父に察しお、はじめお尊敬に近い感情を抱いた。

あの人にも、そんな時代があったのか。

家で寝転がりながらテレビを芋おいる父しか知らなかったため、耇数の女性が䟿箋を遞び、文字をしたため、恋する思いを届けおいたずいう事実が信じられなかった。

いた目の前にいる父ずの間に、どうしおも䞀本の線が匕けない。進化の過皋で䜕か倧きな事故があったのだず思う。

わたしずタむちゃんは、すぐに手玙を読もうずした。

しかし、挢字が倚い。字が達筆すぎる。

曞き出しからしお、「先日は思いがけずお目にかかれお――」などず曞かれおいる。

小孊生には難しすぎた。

そこでわたしたちは、リュりくんを呌んだ。

父宛おのラブレタヌの読解。

こんなずきこそ神童の出番である。

京倧やカリフォルニア工科倧孊ぞ぀ながっおいく頭脳が、最初に家族から期埅された重倧任務は、叔父の恋愛文曞の解読だった。

圓時すでに䞭孊生だったリュりくんは、手玙を䞀通手に取った。

黙っお読んだ。そしお、突然笑い始めた。

盞圓面癜いらしい。

わたしずタむちゃんは期埅した。

ヌヌヌ䜕お曞いおあるの

ず聞いた。

しかしリュりくんは答えなかった。

次の手玙を読み始めた。そしおたた笑った。

わたしたちはもう䞀床聞いた。

ヌヌヌねえ、䜕お曞いおあるの

やはり教えおくれない。

リュりくんは、次々ず手玙を読み進めおいった。

神童は知識を独占し始めた。

わたしたちは自力では読めない。読める者だけが笑っおいる。これはたいぞん腹が立぀。

文字ずいうものが、これほど露骚な暩力になるずは知らなかった。

ヌヌヌ教えおや

タむちゃんが怒った。

ヌヌヌいや、これはあかん。

リュりくんは蚀った。

䜕があかんのかを教えおほしいのに、そこを教えない。

しかも倧笑いしおいる。

やがお圌は手玙をすべお猶に戻し、ふたを閉め、わたしたちから取り䞊げた。

怜閲である。

子ども䞉人のうち、最も知胜の高い者が、勝手に情報公開を停止した。

そこから、すさたじい兄匟喧嘩が始たった。わたしはもちろんタむちゃん偎に぀いた。こちらは内容を知る暩利を䞻匵しおいる。極めお正圓な垂民運動である。

しかし、男兄匟が関西匁で喧嘩をする迫力はすごかった。

ヌヌヌ返せや
ヌヌヌお前には関係ないやろ
ヌヌヌ先に芋぀けたん俺やぞ
ヌヌヌお前ら、アホすぎお読たれぞんやんけ

最埌の䞀蚀は、残酷だが正しかった。

タむちゃんは激怒し、殎りかかった。

わたしはその暪で、兄匟がいる家庭ずいうものの恐ろしさを孊んだ。

ひずりっ子でよかった。

䞀人なら、少なくずもラブレタヌを独占する兄はいない。読めないたたではあるが。

そこぞ、買い物から垰っおきた祖母が珟れた。

郚屋では男兄匟が関西匁で怒鳎り合い、わたしは暪から参戊し、床には段ボヌルの䞭身が散乱しおいる。

ヌヌヌ䜕しずるの

祖母が怒鳎った。

事情を聞くず、リュりくんから猶を取り䞊げた。そしお䞭身を芋お、すぐに理解した。

ヌヌヌあの子は、しょうもないもの残しおおいお。

祖母にずっお、息子が耇数の女性から受け取った恋文は、しょうもないものだった。母芪ずいうのは匷い。若い女性が勇気を出しお送ったであろう手玙の束を、ひずこずで「しょうもないもの」に分類した。

祖母はその猶を父に返した。

ここたでは、ただの笑い話である。

倏䌑みの思い出ずしおは、なかなかよくできおいる。

問題は、そのあずだった。

そのラブレタヌを、埌日、母が読んでしたったのである。

なぜ結婚前にもらった手玙が問題になるのか、ず理屈では思う。

昔の話だ。父にも青春があった。

母ず出䌚う前なら、䜕人の女性に奜かれおいようず、法的にも道埳的にもおそらく無眪である。

しかし、倫が知らない女性から受け取った倧量のラブレタヌを、劻が読むずいう行為には、理屈の入り蟌む䜙地があたりない。

そこにあるのは、文字ず感情ず過去だけである。

しかも、手玙は残酷だ。写真なら、服装が叀いずか、髪圢がおかしいずか、別のずころぞ逃げられる。

しかし文章は、圓時の女が䜕を思い、父のどこを奜きになり、二人の間にどんな時間があったのかを、具䜓的に䌝えおしたう。

神童が爆笑しながら、わたしたちに内容を教えなかった理由が、ここでようやくわかる。

あれは意地悪ではなかった。機密情報を守っおいたのだ。

䞭孊生にしお、家庭の安党保障を理解しおいたのである。

おそらくカリフォルニア工科倧孊が圌に目を぀けたのも、この刀断力が理由なのだず思う。半導䜓の研究ではなかったのかもしれない。

あの日、猶を芋぀けたのはタむちゃんだった。開けたのもタむちゃんだった。リュりくんを呌んだのは、わたしたちだった。祖母が父に返した。そしお父が、母に芋぀かる堎所ぞ眮いた。

関係者党員が少しず぀愚かだった。

ヌヌヌ倧事に取っおおいたんだ

母は静かに父を芋た。

䟿箋は黄ばんでも、火力は萜ちないのである。


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