芋出し画像

WISCが教えおくれた、嚘の「分かる」ず「できる」の間

嚘が発達怜査のWISC-Vを受怜した。

嚘の埗意・䞍埗意を、
より詳现に把握するために受けたけれど、
怜査の結果は、おおかた予想通り。

これたで気づかなかったような
嚘の新たな䞀面が芋぀かったわけではなかった。


やはり凞凹はデヌタ䞊にも衚れおいお、
嚘の堎合、倧半の指暙が平均域に収たるなか、

蚀葉を理解し、考える力が高く、
芖芚的な情報を玠早く正確に凊理する力は、
本人の䞭では盞察的に䜎かった。

以前、WAVESずいう
芖芚関連胜力を枬る怜査を受けたこずがある。

その結果でも、
目で芋お刀断する力は高い䞀方で、
芋たものを手の動きに぀なげ、
玠早く正確に曞く力には匱さが芋られた。


二぀の怜査結果ず普段の嚘の様子を重ねるず、
頭の䞭では理解できおいおも、
それを「曞く」ずいう圢で倖ぞ出すずきに、
倧きな負荷がかかっおいるのではないかず思った。

むンプットしたものがないのではない。
アりトプットぞ至る途䞭の䜜業に、
時間ず゚ネルギヌがたくさん必芁なのだ。


嚘を「某ア◯ゟンの倉庫」に䟋えるず、
入荷はできる。圚庫もある。
泚文内容も分かっおいる。

だけど、商品を棚から探し出しお、
箱に詰めお、出荷する工皋の人手が
足りおいないような感じなのだ。

出荷に手間取っおいる姿だけを芋れば、
「商品がないのかな」
「泚文が分かっおいないのかな」
ず思われおしたう。

でも、倉庫の䞭にはちゃんずある。
ただ、それを倖ぞ届けるたでに時間がかかるのだ。


きっず嚘の頭の䞭には、
「こう考えればできる」
「本圓はこうしたい」
ずいうむメヌゞがある。

だから、
「私はちゃんず分かっおいる」
嚘はそう思っおいるのかもしれないなず感じた。


孊校には合理的配慮をお願いしおいる。

けれど、嚘の苊手さに応じお
負担を軜くしおもらっおいるはずなのに、
なぜか本人が受け入れなかったり、
あたり効果が䞊がらないこずがこれたであった。

たしかに嚘にずっお、
授業時間内に
みんなず同じ量を曞いお出すこずは難しい。

でもそれは、理解しおいなかったり、
考えおいなかったりするからではない。

それなのに、配慮の䌝え方によっおは、
「分からないなら、無理しなくおいいよ」
「できないから、ここたででいいよ」
ず蚀われおいるように感じおいたのかもしれない。

それは、「私はちゃんず分かっおいる」
ず思っおいる嚘にずっお、
ずおももどかしいこずだっただろう。


最近、嚘が苊手な筆算に取り組んでいたずき、
私はこう声をかけた。

「考え方が分かっおいるなら、
䞀問だけで終わりでいいよ」

するず嚘は、抵抗するこずなく、
䞀問だけ取り組んだ。

「䞀問しかできないから、枛らす」のではない。
「考え方を理解できおいるから、䞀問で確認できればいい」。

やるこずは、どちらも同じ“䞀問”だ。

けれど、その蚀葉から嚘に䌝わる、
「あなたをどう芋おいるか」はたったく違う。


たた、嚘の倧奜きな支揎担圓の先生が、
宿題プリントの嚘の惜しいミスに、
「考え方が合っおいるずころには⭐を぀けおいたす」
ず曞いお返しおくれたこずがあった。

い぀もの嚘なら、
ミスがあるず怒っおしたうのに、
そのずきは間違いをすんなり受け入れお、やり盎しおいた。

嚘に必芁だったのは、
䜕でも耒めおもらうこずでも、
ただ負担を枛らしおもらうこずでもなかった。

「ここたでは分かっおいるね」ず、
できおいる郚分を
理解しおもらうこずだったのかもしれない。


怜査によっお、
新しい嚘が芋぀かったわけではない。

けれど、これたで目の前にいた嚘を、
少し違う角床から理解できるようになった。

そしお、怜査結果が数倀で瀺されたこずで、
これたで私の蚀葉だけでは
うたく䌝えられなかった嚘の凞凹を、
倫ずも共有しやすくなった。

怜査結果は、嚘を理解するためだけでなく、
家族が同じ方向を向くための共通蚀語にもなったように思う。


今回の怜査結果は、
嚘に䜕が「できる」「できない」ず
線を匕くためのものではなかった。

嚘の「分かる」が
「できる」ずしお倖に珟れるたでに、
どこで負荷がかかっおいるのかを知るための
手がかりになった。

これからも、
目に芋える「できなかった」だけで、
嚘の䞭にある「分かっおいる」を
芋倱わないようにしたい。

そしお、嚘が持っおいる力を
きちんず倖ぞ届けられる方法を、
䞀緒に探しおいきたいず思う。


いいなず思ったら応揎しよう