15人もいて、ほかにタイトルなかったの?(笑)
展示会のタイトルは、
「今回は実技はなかったけど展示はあった」
でした。
15人もいて、本当にほかになかったの?
そう思われるかもしれません(笑)。
もちろん、ありました。
たくさんありました。20案くらい出たと思います。
その中には、もっと短くて、もっと格好よくて、いかにもアートの展示会らしいタイトルもありました。
私自身もいくつか提案しました。
それでも私は最後に、このタイトルに1票を入れました。
私たちにとっては、これが一番クールだったのです。
たぶん、外から見てもわからない
なぜ、この長くて、説明文みたいで、ちょっとダサくも見える言葉がよかったのか。
それを説明しようとすると、どうしても5日間に起きたことを説明することになります。
でも、それを全部説明したところで、たぶん完全には伝わりません。
5日間、その場所にいた15人にしかわからない空気があるからです。
同じ壁を何度も動かした。
作品を置いては、また動かした。
人の作品を毎日見た。
誰かの一言で見え方が変わった。
みんなで同じテーブルを囲んでご飯を食べた。
偶然起きたことを面白がった。
迷いながら、展覧会を皆で作った。
そういう細かなことが積み重なった最後に、あの言葉を聞いて、みんなが思わず笑った。
そして最後には、この冗談のような、ストレートなタイトルが、一番しっくりきた。
その感覚は、実際に体験した人でないとわからないかもしれません。
でも、見に来る人を煙に巻くようなタイトルでもありません。
なぜなら、そのままですから。
そもそも、最初から「展覧会を作る」講座だった
講座の内容には、最初からこう書かれていました。
「油画ギャラリーで展覧会を作ろう」
持ってくるものは、過去に作った作品でもいい。
長年、家に飾っている自慢のものでもいい。隅に追いやられているものでも、捨てられずに持っているものでも、気になるモチーフでもいい。
まず何か一つ持ち込んで、「設えてみる」。
そこから、その背景について考え、最後にギャラリーを使って展覧会を作る。
だから最初から、絵の描き方や彫刻の作り方を教わる講座ではありませんでした。
考えてみれば、
「実技はなかったけど展示はあった」
というのは、当たり前なのです。
だって、最初から「展覧会を作ろう」という講座なのですから。
それなのに、5日間を過ごした最後にこの言葉を聞くと、妙におかしく、妙に正確だった。
そこが面白かったのだと思います。
作品を作らないのに、ずっと何かを作っていた
いわゆる実技講習は、ほとんどありませんでした。
でも、何も作っていなかったわけではありません。
可動壁を動かして、空間を作る。
作品と作品の距離を考える。
どの作品を最初に見せるかを考える。
光を見る。影を見る。
人が歩く導線を考える。
目立つ場所だけではなく、少し隠れた場所も作る。
15人それぞれが持ってきた、まったく違うものを、一つの空間に共存させる。
私たちは5日間、ずっと何かを作っていました。
作っていたのは、個々の「作品」ではなく「展示」だったのです。
だから「実技はなかったけど展示はあった」は、冗談のようでいて、この講座でやったことをものすごくストレートに言い当てていたのです。
うまいタイトルを考えようとすると、離れていく
タイトルを考えるとなると、つい格好いい言葉を探します。
私もそうでした。
短くして、ポスターの中央に大きく置きたい。
見た瞬間に印象に残る言葉にしたい。
私は、完全にビジネスやデザインの頭で凝り固まっていました。
でも、そうやって「いいタイトル」を考えれば考えるほど、あの5日間から少しずつ離れていったのかもしれません。
きれいな言葉にすると、何かが抜ける。
意味深にすると、何か違う。
アートっぽくすると、もっと違う。
そして最後に残ったのが、過去の実技のある公開講座の経験者であったシニアの方が、タイトル案として言ったのか、感想なのかもわからないように、何気なく言った、
「今回は実技はなかったけど展示はあった」
でした。
一周回って、何も捻っていない言葉が一番面白かった、ということです。
内輪にしかわからないタイトルでもいい
普通、タイトルというものは、初めて見る人にも何かを伝えるためにつけるものなのかもしれません。
でも今回のタイトルには、もう一つ別の役割があったような気がします。
あの5日間を共有した15人にとっての、記憶のスイッチです。
この言葉を見ると、たぶんそれぞれが違う場面を思い出す。
壁を動かしていた時間かもしれない。
自分の作品を置き直した瞬間かもしれない。
テーブルを囲んだ昼食かもしれない。
誰かの作品に起きた偶然かもしれない。
外から見た人には、そこまではわかりません。
でも、それでいいのだと思います。
すべての意味を説明して、全員に同じように理解してもらう必要はない。
むしろ、説明しきれないものが少しくらい残っているほうがいい。
だから、私にはクールだった
「15人もいて、ほかにタイトルなかったの?」
ありました。
もっと格好いいものもありました。
もっと短いものもありました。
もっと展示会らしいものもありました。
でも、あの5日間が終わろうとしている夕方、15人で選ぶタイトルとしては、これが一番よかった。
少なくとも私は、そう思って1票を入れました。
タイトルだけを取り出せば、ちょっとダサい。
でも、そのダサさまで含めて、あの5日間には妙に合っていた。
私たちにとっては、それが一番クールだったのです。
たぶん、そういうことはあります。
その場にいた人にしかわからない。
説明しても、完全には伝わらない。
でも、その人たちには確かにわかる。
それもまた、一緒に何かを作ったということの一つなのかもしれません。
最後に、採用されなかったタイトル案で、もう一つのポスター図案を作ってみました。(フロア図イラストのみのVer)

ただしYuga Galleryの手書きフロア図は杉戸先生の描いたものをもとに勝手にトレースさせて頂きました。
少し最初の手書きより形が違いますが。
本当はもっとYuga Galleryの形状に近かったのですが
収まりの関係で変形してます。
勝手ながらご容赦ください。
