【短編小説】チューリップからスパムまで
沖縄に転勤してきて半年。
まだまだ知らない文化が多いなと思いながら、僕は同僚の金城と居酒屋のカウンターで飲んでいた。
金城はビールを一口飲むと話し始めた。
「お前ら県外人はよ、ポークは全部スパムだと思ってないか?」
あぁ、また始まったかと思っただけで、特に驚きはない。急に変な持論を話し出すのはいつものことだ。
「県外のスーパーでは、ポークはスパムしか置いてないんだろ? だからポークを見ると全部スパムって言っちゃうんだよ。まあ、反射だな。犬と同じ」
犬と同じと言われても、別に反論する気も起きない。
金城は豆腐チャンプルーに入っているポークを箸で持ち上げながら続けた。
「沖縄にはな、ポークって言っても、チューリップもミッドランドもある。スパムだけがポークじゃねぇんだよ。」
金城はわずかに前のめりになった。
「でな、藤本。コンビニとかでも“スパムおにぎり”って売ってるだろ。そのおにぎりに乗ってるポークが、本当にスパムだっていう証拠はあるのか?ちゃんとウラは取ったのか?」
「いや、取らねぇよ。そういう商品名で出してるんだからスパムに決まってるだろ。それにチューリップやミッドランドってポークがあるって知らなかったし」
「いや、取れよ。チューリップかもしれんし、ミッドランドかもしれん。オキハムの線だってある。」
「なんか新しいの出てきたし。てか、味とか見た目に違いあるのかよ?」
金城は、当然のようにこちらを見返した。
「味も見た目もほぼ一緒だな。正直違いは分からん」
何なんだこいつは。
自信満々に言うことじゃない。
「違いがないなら、スパムでいいじゃん。そっちの方が伝わるし。」
僕がグラスを口に運ぶと、金城はその動きを遮るように指を立てた。
「味と見た目が一緒だからって全部スパム扱いするのが雑なんだよ。例えばだな、モスバーガーもバーガーキングもロッテリアもハンバーガーは全部“マック”って言ってるようなもんだぞ」
分かるようで分からない。金城の例えはいつも少しズレてる。
「お前が言ってるのはそういうことなんだよ」
金城はビールを置き、そのままの勢いで話を続けた。
「とにかく、お前らはスパムだけ特別扱いしすぎなんだよ」
「特別扱い?」
「そう。スパムは何か? ポークの王様か?
キングオブポークか?
なんでスパムだけ名前で呼ばれるんだよ。
チューリップやミッドランドはどうなる?
ちょっと気の毒だろ」
金城は、気にしてるのか気にしてないのか分からない顔で、テーブルの端を指先でトントン叩いていた。
「いや、気の毒とか考えたことないけど」
「だろうな」
金城は、こっちを見ずに言った。
「藤本」
金城が軽く顎を上げた。
騒がしい店内で、その顔だけ妙に真面目に見えた。
「明日から“ポーク”って呼べよ。スパムじゃなくてな。まあ、俺が言いたいのはそれだけだ」
金城は満足したように頷き、また豆腐チャンプルーをつつき始めた。
その横顔を見ながら、僕はグラスの氷が溶けていく音を聞いていた。明日から“ポーク”と呼ぶかどうかは分からない。ただ、こういうどうでもいい話の中に、沖縄文化の深さが潜んでいる気がした。
