🔖琴音先生の"四字熟語 ひもとき塾" 第188回『一以貫之』
『一以貫之』(いちいかんし)
―― 一つの原則(げんそく)で、全部を貫く。その芯(しん)があれば、迷わないんやわぁ。
◆ ある日の放課後、教室で
「先生、私、軸(じく)がないんです」
生徒は、スマホを見ながら言いました。
「友達と一緒(いっしょ)にいる時と、家にいる時と、学校にいる時で、別人(べつじん)みたいに態度(たいど)が変わっちゃって。どの自分が本当の自分か、分からなくなってます。周りに合わせすぎて、自分の中心がないんです」
琴音先生は、その言葉を静かに受け止めました。
「そうやったんえ。あのな、『一以貫之(いちいかんし)』という言葉があるんよ」
◆ 「一以貫之」の意味とは
「一」は、一つの原則(げんそく)や原理(げんり)を表しますえ。「以貫之」は、それで全部を貫くことを表しますえ。
合わせると、一つの不変(ふへん)の原則で、全部の言動(げんどう)を貫く。その中心があれば、どんな場面でも、一貫した自分でいられるということを表した言葉なんやわぁ。
◆ 出典・背景
この言葉は、『論語(ろんご)』に出てくる、孔子(こうし)の弟子・曾子(そうし)の教えから来ていますえ。
曾子は、「わしの道は、一つの原則で貫いておる。それが『忠恕(ちゅうじょ)』、つまり『誠実さと思いやり』や」と説いてはったんやわぁ。
◆ 一つの物語──一本の筋(すじ)
江戸時代、ある商人がおりました。名を山田といいました。
彼は、金持(かねもち)の前では、へつらい、貧乏(びんぼう)な人の前では、横柄(おうへい)でした。
友達の前では、優しく、ライバルの前では、厳しく。
いつも、相手に合わせて、態度を変えていました。
ある日、年老(としお)いた師匠が、山田に言いました。
「山田よ。お前は、いつも態度が変わるね。何か、軸がないように見えるが」
「はい。相手に合わせるのが、商売のコツだと思ってます」
師匠は、首を横に振りました。
「いや。本当の力を持つ者は、相手が誰であれ、一貫した芯を持っておるんや」
「どういうことですか」
師匠は、一本の竹(たけ)を示しました。
「この竹を見よ。どの部分を見ても、同じ竹じゃ。根も、幹(みき)も、枝も、全部、竹の本質(ほんしつ)を貫いておる」
「つまり……」
「お前も、同じようにしてみよ。何か、一つの原則を決めて、それで全部を貫いてみるんや」
山田は、それから、考えました。
「わしの原則は、何か……」
やがて、彼は、『誠実さ』を原則に決めました。
金持ちの前でも、貧乏な人の前でも、いつも誠実に。
最初は、大変でした。へつらうことで、得ていた利益(りえき)も失いました。
でも、やがて、人々は、山田を信頼するようになりました。
「あの山田さんは、いつも誠実だ。信用できる」
◆ 今につながるまなざし
琴音先生は、生徒の目を見て、優しく言いました。
「あのな、山田さんは、『誠実さ』という一つの原則で、全部を貫いてはったんえ。それが『一以貫之』やねん。相手に合わせることは、大切やわぁ。でも、その中にも、揺るがぬ芯を持つことが大事なんよ。あなたも、『わしの中心は、これや』という原則を作ってみてな。親切(しんせつ)かもしれへん。正直さかもしれへん。何でもええ。その原則を決めたら、どんな場面でも、その芯で判断できるようになるんやわぁ。そしたら、迷わなくなるんや」
生徒は、少し考えて、頷きました。「……自分の中心を作る。何を大切にするか、決めることなんですね。やってみます」
琴音先生は、静かに微笑みました。「そうやわぁ。一つの原則で貫く。その芯が、あなたを強くするさかいな」
生徒は、窓の外を見ました。竹が、どの部分でも、竹らしく立っていました。私も、どんな場面でも、自分らしく。そう思えた時、少しだけ、心が定まった気がしました。
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