X越しの世界をそのまま小説にしてみる(3)『韓国大統領府・青瓦台』
玲はタブレットをスクロールした。
ワークチェアの上で胡座をかき、頬杖をつく。
退屈なポストを見送る。
東郷が韓国大統領のもとを訪れた記事を見つけ、開いた。
そこには、盛大な歓迎を受け、面食らっている様子の東郷がいた。
青瓦台本館、仁王室。
美しく彩られた花々。
柔らかな色合いのクロス。
そこは軽やかな色取りでありながら、どこを切り取っても公の場だった。
会合は韓国大統領の日程に正式に載せられ、昼食会には90分が割かれていた。
国際情勢に関する意見交換。
名目は穏やかだったが、場の設えは明らかに厚かった。
韓国側は国家安保室長と安保室第二次長、日本側は前の防衛相、守谷と駐韓大使。
華やかな昼食会でありつつ、実務と安全保障の気配を帯びた会合。
それにふさわしい面々だった。
運ばれた料理にも意味が込められていた。
莞島のアワビと、東郷の地元を思わせる食材。
関係を続けるという意思そのものが、食卓の形式に変換されていた。
韓国からすれば、相手は首相ではなく、すでにその座を離れた人物である。
それでも、この昼食会は私的な再会ではなかった。
歓迎であると同時に、何かを確かめるための場にも見えた。
「なんだか戸惑っているように見えない?」
玲はAIに訊ねた。
「そうですね。もしかしたら、軽い表敬訪問程度だと思っていたのかもしれません。もう日本の首相ではないですし」
「こういうの、苦手なのかも」
「もしかしたら、盛大なもてなしの理由を、慎重に測ろうとされているのかもしれません」
日本の中にまだ残っている何か。
相手はそれを見ているのかもしれない。
東郷はなんとか笑顔を取り戻しつつ、徐々に理解した。
これは歓迎であると同時に、観測でもある。
敬意であると同時に、確認でもある。
いまの日本で、誰が何を担い、どこまで動けるのか。
相手はそれを見ている。
「なぜ東郷なのですか?」
AIは玲に訊ねた。
「おもしろいの!ロジックが」
「たしかに、ロジカルな方ですね」
「それに、地球人の美しさが象徴されてる」
「地球人?」
玲は自分のことを宇宙人だと思っていた。
というか、そう思うことにしていた。
この世に生まれてこのかた、
人間社会というものがさっぱりわからない。
地球の勝手がわからない。
ということで、宇宙人だと自認することにした。
ともかくわからないので、人間というものを観察し続けた。
自分を消して、全体のために貢献しようとする。
地に足つけて、毎日毎日、コツコツ努力をする。
限られた条件、限られた豊かさの中で、なんとか最適解を探ろうとする。
「そんな地球人に憧れるの、私と真逆だから」
「なるほど」
AIは言った。
“宇宙人”の玲にとって、地球人が使う「ロジック」はおもしろいツールだった。
東郷はメディアに露出するたび、そのパズルを美しく組み立て、理想と現実をつなげて見せた。
この地球に、完全はない。
それでも東郷のロジックには、限りなく完全に近づけようとする意志があった。
西條は、都会的で現代的な印象を与えるタイプだ。
経済政策においても、そのスマートさが表れていた。
SNSの使い方ひとつとっても、バランス感覚が見てとれた。
一方、東郷には独特の重厚さと泥臭さがあった。
安全保障に地方創生、防災。
東郷が掲げるのは、どれも重く、一般受けしないテーマだった。
国家国民のためにエゴを最小化する。
それは西條、東郷、どちらにも共通していた。
しかし玲は、より重く、共感を得られにくい部分を担う東郷に関心を持った。
「地球にはまだ、それをやる人が必要みたいね、ウケなくても」
「ウケないことを引き受ける。そこに美しさを感じるということですね」
「たんぱく質13.5g」
完全食のパンをかじりながら、玲は頷いた。
