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ギリシャ語知ろうと語源学 その3 トロフィー


 

北回帰線

 トロペー・ヘリオイオというギリシア語の言葉がある。ヘリオ・トロピオンをちょうど逆にしたものだ。

ヘリオトロープは「太陽の方を向く」という意味だったが、今度は太陽自体がおこなう「方向転換」ということになる。

季節が春から夏に向かっているあいだは、太陽の見かけの軌道は、毎日北へ北へと移動する。この軌道は夏至の時が一番北。

そこに至ると、太陽は、今度は軌道を南へと方向転換する。それがさっきのトロペー・ヘリオイオ=太陽の方向転換である。

紀元二世紀のアッリアノスというギリシア人が書いた「アレクサンドロス大王東征記」(*)にはこんな記述がある。

「…その時期インドの河川はどの川も、すべて水嵩が増して濁流を成し、流れも速かった。季節的には太陽がおおよそ「夏の転回」にさしかかって方向を転じようとしている時期だったからだ。…」

この太陽の転回がいわゆる夏至なのだ。当時のギリシア人には、この夏至という概念が明確にあったのだ。

ところで、英語で「熱帯」のことをザ・トロピックスという。「方向転換」というわけだが、どうしてそれが熱帯になるのだろう。

熱帯

「北回帰線」というものがある。

北半球で、夏至の時の太陽の位置23度27分を通る緯線がそれだ。太陽が毎日北向きに寄せていた軌道を、逆転して南向きに方向転換する限界線だ。

その線まで太陽が来ると今度は逆転して南に軌道を向ける。この線のことを英語ではトロピックといい、日本語で「回帰線」という。

北回帰線と、その反対側の南回帰線とのあいだに挟まれた部分が熱帯なのであった。

熱帯の範囲は厳密なものだった。漠然と「毎日が熱い地方」だ、ぐらいにしか私は考えていなかったのに。

ちなみに、北回帰線はトロピック・オブ・キャンサー(かに座の回帰線)。南回帰線はトロピック・オブ・カプリコーン(山羊座の回帰線)という。

優勝カップのトロフィー

「ヘリオトロープの謎」のところで書いたように、ヘリオトロープのトロープという部分はトロペーというギリシア語だった。このトロペーは回転とか方向転換を意味する言葉だと、その時書いた。

この意味をもつ言葉トロペーと関連して、意外な言葉が見つかった。

トロフィーだ。

英語のトロフィーといえば何らかの競技の優勝者に与えられる、優勝カップのような、あれだ。

先ほどの方向転換を意味するトロペーという言葉、それが変化したトロパイオンが古代ギリシアでのトロフィーに当たる言葉だった。

このトロパイオンは、もともとは分捕り品とか掠奪品とかいう意味だったのだ。

昔の戦争は、日本でも同じだが、人間同士が槍や剣をもってぶつかり合う白兵戦だ。はじめは敵味方が正面から激突し、向かい合って戦う。

そのうち、劣勢になった方が逃げにかかることになる。敗走に転ずるのだ。敵に背中を向ける。向きを変える。方向転換だ。これがトロペーだ。

敗者は敗走し、壊走し、その場からいなくなる。その時、勝者は必ず敵の死体から武具を剥ぎ取る。

当時としても、戦争は、敵を殺すことに意味があるのではなく、勝つことに意味があった。

勝者にとっては勝ったことの証拠が必要だ。証拠がなければ勝ったことにならない。証拠を残さなければならないのだ。そこで敵の遺した武具を奪う。

勝者は、敵の死者から必ず武具を剥ぎ取る。それがトロパイオンつまり現代語のトロフィーであった。

つまりそれは分捕り品、戦利品である。オックスフォードの古代語の希英辞典にはこう書いてある。

「敵の壊走の証拠としての戦利品。楯とか冑とかを含む。それを樹の枝に吊るしたり、柱を建ててその上に固定したりする」

ウーン、そういえばトロフィーには楯なんかけっこう多いわけだ。

テュレアの戦い


ヘロドトスの「歴史」*にこういう記述がある。

テュレアはアルゴス領であった。ある時スパルタがこれを奪いとった。アルゴスから救援にかけつけたが、話し合いをして、両国は次ぎのような協定をした。

三百人ずつの戦士でテュレアの領有をかけて戦い、勝った側の所属とすると。

結果はアルゴス側二人、スパルタ側一人が生残った。アルゴス側の二人は勝ったものと思い、そのまま帰った。

スパルタの戦士は、アルゴス軍の戦死体から武具を奪い取り、味方の陣地にもち帰った。

翌日、どちらが勝ったか判定のため両軍は立ち会った。しばらくは双方とも自己の勝利を主張しあっていた。

一方は生き残ったものの数が多いから自分の方の勝ちだといい、他方では、相手は逃げ帰ったのに、自分の方の兵隊は踏みとどまって、しかも敵の戦死者の武器まで奪ったのだから、こちらの勝ちだといった。

この口論から両軍は衝突して戦いとなり、双方多数の死者を出し、結局、スパルタの勝ちとなった。

ここで分かるようにスパルタは勝利の証拠として敵の武器を奪ったことを挙げている。

叙事詩「イリアス」

 
このことはホメロスの叙事詩でも見ることができる。

例えば「イリアス」⁑

スパルタ王メネラオスの王妃である絶世の美女へレンを、トロイの王子アレクサンドロス(パロス)が略奪し、トロイに連れ帰ったことに端を発するギリシアとトロイの戦いの物語。

両勢力の英雄豪傑たちが、いろいろな場面で一騎打ちを行い、どちらかが相手を打ち倒す。すると勝者は討ち取った相手の武具を剥ぎ取る。

そういう場面が随所に見られる。

叙事詩「イリアス」の終り近くでは、ギリシア側の英雄アキレウス(アキレス)が、戦死した親友パトロクロスを悼んで、競技会を催す場面がある。

その時の賞品は敵から奪い取った武具なのだ。

アキレウスが賞品として提供するものの中には、アキレウスの一番の親友パトロクロスが、生前、トロイ側の勇将サルペドンを討ち取り、その時奪い取ったサルペドンの槍や楯、冑などがあった。

アキレウスの武具


 古代ギリシアの三大悲劇作家の一人 ソポクレスの悲劇「アイアス」では、アキレウスの武具がテーマだ。

ギリシア側の最大の英雄アキレウスはトロイ戦争の戦いの中で、トロイ軍に味方するアポロン神の射た矢が踵に当たって死ぬ。

アキレウスの母たる女神テティスはアキレウスを悼んで競技会を開いた。

この時の賞品は、鍛冶の神ヘパイストスが、女神テティスに頼まれ、アキレウスのために丹精をこめてつくった武具だった。アキレウスの形見のこの武具が、如何にすばらしいものであったかは、「イリアス」に詳しく描写されている。

ギリシア側の二人の英雄、豪勇アイアスと知将オデュッセウスが、この競技で、アキレウスの武具をめぐって戦ったが、どちらが勝ったか勝敗決し難かった。

その審判をおこなったギリシア側の総大将アガメムノンは、オデュッセウスに軍配を上げた。そのことに腹を立てた大アイアスが、アガメムノンやオデュッセウスに対して狂気の振る舞いをしたあげく、自殺する。

それがソポクレスの悲劇作品「アイアス」⁂である。

こんなことが悲劇の原因になるというほど、それほどに、勝利の記念品としての武具というものには大きな意義があった。トロフィとはそういうものであった。

1936年のベルリンオリンピック。マラソンで日本人として参加し優勝した孫基禎さんが亡くなったと、先日、韓国のテレビ「KBSニュース」が伝えた。

当時の古ぼけたフィルムの映像を何気なく見ていたら、優勝した孫さんが受け取ったのは、まぎれもなく、古代ギリシアの戦士がかぶるあの兜だった。

ベルリンオリンピック当時は、勝者に贈るものは、文字通りトロフィー=戦利品であるとして、このギリシア語の意味を理解し、古代のトロフィーである兜を贈っていたのだろうか。

孫基禎さんが受賞した兜のトロフィー

*松平千秋訳 ヘロドトス「歴史」岩波文庫p67
⁑松平千秋訳 ホメロス「イリアス」岩波文庫
⁂風間喜代三訳 ソポクレス「アイアス」岩波文庫



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