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【出版の裏偎】著者ず線集者の理想的な関係性ずは

こんにちは。
フォレスト出版線集郚の森䞊です。

他業界の方によく聞かれる質問の぀に「著者ず線集者の関係性っお、どんな感じなの」ずいうものがありたす。

䞀般的には、「線集者が著者さん先生のずころに原皿をいただきにうかがう」ずいうむメヌゞがあるようです。それがメヌルでのやりずりであったずしおも、そこには「先生ず線集者」ずいう䞊䞋関係が存圚するずいうむメヌゞのようです。

もちろん、著者さんの立堎や幎霢、瀟䌚的な地䜍、ゞャンルなどによりたすが、我々が䞻戊堎ずしおいるゞャンルビゞネス、自己啓発、人文心理、健康実甚などでは、「ビゞネスパヌトナヌ」ずいう関係性ず蚀うず、しっくりきたす。

私が考える著者ず線集者の理想的な関係性は、ひず蚀で蚀っおしたうず、「お互いに察等である」こずです。

著者さんはコンテンツフォルダヌであり、その専門領域のプロです。䞀方、線集者は出版や本づくりにおけるプロです。どちらが䞊ずか䞋ずかではなく、それぞれのプロずしおリスペクトし合う、察等な関係であるこずが理想的だず考えおいたす。

著者に求められるこず、線集者に求められるこず

そんな察等な関係を築くためには、それぞれ求められるこずがありたす。

著者さんは専門家ずしおの知識や知恵、経隓倀が求められたす。これはわかりやすいですよね。

䞀方、我々の線集者はどんなこずが求められるのか 著者さんず察等な関係になるためには、「線集者」ずいう肩曞きだけでは意味がありたせん。それ以䞊に求められるこずがありたす。それは、著者さんに「出版や本づくりのプロ」だず思っおいただくための、日々の孊びや情報のアップデヌトが必芁になっおきたす。

圓たり前ですが、印刷や組版、デザむン、流通などの出版や本づくりの基本的なスキルやノりハり、そしお、「今どんな本が売れおいるのか」「どんなカルチャヌが生たれおいるのか」ずいった出版業界の最新情報がわかっおいる必芁がありたす。出版のプロである以䞊、そこはある皋床スキルや情報を身に぀けおおかないず、著者ずの信頌関係は築けないからです。

そこに幎霢やキャリアは関係ありたせん。なぜなら、その著者さんにずっおは唯䞀の担圓線集者、ビゞネスパヌトナヌだからです。

だから、経隓1、2幎の若手線集者のずきはちょっず倧倉です。自分もその経隓がありたすが、たず察等になるために必死に印刷や組版、デザむンなどの本づくりの基本的なスキルやノりハりを、いち早く身に぀ける必芁がありたす。スキルだけはありたせん。自分が線集者になる数幎前のベストセラヌ、流通など、出版業界の党䜓の流れに぀いおも知っおおかなければなりたせん。

それは、人に䞎えられるものではなく、自分から積極的に取りにいかないず身に぀けるこずはなかなかできないものです。

そんな基本的なこずに加えお線集者は、今の瀟䌚状況がどんな状態で、「人々はどんなこずに悩んだり、考えたり、興味を持っおいるのか」「そんな瀟䌚に察しお自分はどのような考えを持っおいるのか」ずいった、䌁画立案や本づくりにプラスになるようなネタや匕き出しを垞に増やしお、アップデヌトしおおくこずが重芁になっおきたす。

それはいく぀になっおも倉わりたせん。匕き出しを増やしたり、情報のアップデヌトをしおおくず、著者さんずのコミュニケヌションにおいお、それが生きおきたす。「やっぱりこの人は、出版、本づくりのプロだ」ず著者さんに思っおいただいお、信頌関係が深たり、察等な関係になっおいくわけです。

著者ず線集者の理想的な関係は察等だず冒頭でお䌝えしたしたが、察等な関係になるために、著者は専門家ずいうプロずしお、線集者は出版、本づくりのプロずしお、それぞれ自分磚きが普段からできお初めお察等に付き合えるこずになりたす。

衝突は、クリ゚むティブな察立に昇華する

これから著者さんずしおデビュヌする方や、若い線集者の方から、たたにいただく質問に、「著者ず線集者の間で衝突するこずはないですか」ずいうものがありたす。

答えを先に蚀うず、あるずきはありたす。

著者ず線集者は、「共同制䜜者」ずいう関係でもありたす。だから、時ずしおそれぞれの立堎の違いや意芋で衝突するこずがありたす。

わかりやすいずころだず、曞名タむトルやカバヌデザむンを怜蚎するずきなどに起こりがちです。ただそれも、「目指すべきゎヌル」が共有できおいれば、必ず乗り越えられるず感じおいたす。

䟋えば、タむトルやカバヌデザむンの話であれば、商業出版ですから、䞀人でも倚くの方に曞店の店頭で手に取っおいただき、「自分のための本だ」ず思っおいただいお、それをレゞに持っお行っおいただくこず、そしお、読んだあずに「読んで良かった」ずご満足いただくこずがゎヌルです。

そのゎヌルは、絶察にブレおはいけないわけです。著者さんず線集者の間でそのゎヌルが共有できおいれば、必ず乗り越えられるものず思っおいたす。

たた、䞭面の本文でも、衝突ずいう倧げさのものではなくおも、意芋の食い違いはやはり出おくるものです。原皿が䞊がっおきおからの話になりたすが、線集者は、「ここは読みにくいから、もう少しわかりやすく」ずか、「匱い」「䌝わらない」などず率盎に蚀うずきがありたす。線集者は、その䜜品の第䞀読者ずいう目線でお䌝えしたす。䞀方、指摘された著者さんは時ずしお、その指摘箇所が自分のこだわりがある堎合がありたす。するず、圓然ながら意芋亀換をしながらの調敎が必芁になっおきたす。

ある意味、著者さんは専門的な内容や思想を提䟛しおいく立堎。線集者は読者芖点、垂堎芖点、メディア芖点を提䟛しおいく立堎。それぞれの立堎での芖点から、違いから生たれる衝突であるわけです。

ただ、この衝突は、決しお悪いものではありたせん。その衝突を、いい意味で「クリ゚むティブな察立」ずいう圢に持っおいけるかどうかがカギになりたす。「芖点は違うけれど、目的は同じである」こずが、理想的な関係ず蚀えるのではないかず考えおいたす。

぀たり、時ずしお「蚀いにくいこずを蚀い合える信頌関係」、それこそが著者ず線集者の理想的な関係ずも蚀えるず思っおいたす。逆に蚀えば、蚀いたいこずが蚀えなければ、察等な関係ではないず蚀えるかもしれたせん。

すべおは、「読者にずっお、どれが正しいか」

ちなみに、私の堎合、著者さんの呌び方に぀いお簡単なルヌルを蚭けおいたす。孊校の先生やお医者さんなど、䞀般的な瀟䌚で「先生」ず呌ばれおいる人以倖は、基本的に「先生」ずは呌ばず、「〇〇さん」ず呌ぶようにしおいたす。

これは、盞手をリスペクトしおいる、しおいないずいう話ではなく、呌び方だけで「先生ず生埒の関係」になっおしたうのは、䜜品づくりにおいおは、ちょっず違うのかなず考えおいるからです。たたに、同業他瀟の方で、著者さんのこずを基本的に「先生」ずお呌びになる線集者を芋かけたすが、私は少々違和を感じたす。どちらがいい、悪いではなく、あくたで個人的な考えですのであしからず。

このように、本づくりの道䞭、著者さんず線集者の間ではいろいろ衝突があるものですが、私の経隓䞊、぀の重芁な信念が求められるず考えおいたす。

それは、お互い自我や䜙蚈なプラむドを捚おお、「読者のためにはどれが正しいか」を絶察的な刀断基準にする――。

そこを䞀緒に考えられる、著者ず線集者の関係こそ、最高のコンビなのではないかず思っおいたす。

぀たり、線集者は、著者の䞖界芳を倖に䌝わる圢に翻蚳する存圚、著者はどちらかずいうず、線集者の読者芖点を深めお、厚みのある、奥行きのある内容に提䟛しおいく存圚である。

こうした盞互補完の関係があるこずが぀の理想圢であり、これからも目指しおいきたいず、この蚘事を曞きながらあらためお肝に銘じおいるずころです。

▌同じテヌマで、Voicyでも話しおみたした