母とレモンパイ🍋
私の母は、昭和6年生まれ。
育った時代の日本は、戦争中だった。
TVで戦争を描いたドラマなどを観ると、断片的に当時のことを話してくれていた。
母は、5人兄弟の2番目。
出征した父親の留守中、母親と兄弟で助け合いながら戦時を生き延びた。
戦争末期になると、米軍の空襲に怯える日々が続く。
ある時、兄弟の1人が大怪我をした。
夜、空襲警報が鳴っても、熱に浮かされて動けない兄弟のために、家族は防空壕に逃げずに自宅で過ごす。
家族で肩を寄せ合い、祈りながら過ごした夜のことは忘れられないと言っていた。
またある時は、学校帰りのこと。
頭上に、米軍の飛行機が現れた。
母は友人達と、走って走って走って逃げた。
けれども米軍機は高度を落とし、執拗に追いかけてくる。
もうダメだ‼︎撃たれる‼︎
そう思って見上げると、低空飛行しているパイロットと目が合った。
「それがね、女のパイロットだったのよ」
母の見間違いかと思ったが、調べると確かに女性のパイロットも存在したようだ。
その女性パイロットは、さんざん子ども達を怖がらせて弄んだ後、大笑いをしながら上空に飛び立った。
こんな残酷なことが出来るほど、戦争は人を獣に変えてしまう。
終戦になった。
日本中が、軍部に統率されていた重苦しい雰囲気から、やっと解放された。
だから負けた悔しさよりも、終わった喜びの方が大きかったそうだ。
そして何より、出征中の父親が生きて帰って来た喜びは、何にも変えられない。
心の切り替えも早い。
昨日の敵は、あっさり今日の友になる。
母は終戦の数年後、米軍厚木基地にある宣教師家庭で、住み込みのメイドになった。
アメリカ人宣教師の子どもの世話や、家事をするのが仕事。
母は英語の勉強のためだと言っていたが、どちらかと言えば日本の家庭とは比べ物にならないほど豊かな食生活に、魅了されたのだと思う。
毎週、奥さんがパイを焼いてお茶会を開き、メイド達もおこぼれのパイを頂く。
なかでも、フワフワのメレンゲがたっぷりのレモンパイが、それはそれは美味しかったらしい。
母にとってレモンパイは、自由と希望と幸せの味だった。
