判決のこと①現代版魔女裁判かい!
[20251122改訂]
岡口元裁判官は、「SNS上での不適切な投稿」を理由として、2024年4月3日、に国会の弾劾裁判所で裁判官を罷免されました。
岡口さんは、退職手当の不支給処分に対し、不服申し立ての手続きをしていましたが、最高裁の行政不服審査委員会(高嶋智光委員長)が2025年10月29日付で「棄却」裁決を行っていたとされます。
裁判所は、非違行為の有無について何ら判断せず、「弾劾裁判所が罷免決定をした」という事実を退職金不支給の理由としたとされます。これら一連の判断について、岡口さんは次の書籍の他に、メディアでも色々と解説されています。
判決書の公開
そもそも、岡口さんのTwitterへの投稿は、既に公開された判決の引用でした。
判決書の公開については、2025年5月23日、民事裁判情報の活用の促進に関する法律が成立し、2年以内に判決を公開する制度が本格的に始まります。
公開の対象となる事件は、民事事件と行政事件の判決だけです。刑事事件、家事事件の判決等は対象外です。これまでも、世間の注目を集めた事件や、法律に関する重要な先例的価値を有する判決(審判)は、有料の判例情報誌等で公表されていました。判例時報、判例タイムズ、金融商事判例、金融法務事情などが有名どころですね。医療、労働、知財などの領域ではどれぞれ専門雑誌があり、裁判例が掲載されています。そうは言っても、実際の判決数のごくわずかな範囲です。
判決を閲覧したり謄写するには、自分が「当事者」「利害関係人」のいずれかに当たる必要があります。必要に応じて利害関係を疎明する資料(判決を利用する目的を記載した書面、身分証明書、委任状など)を用意しなければなりません。その点では、民事判決にとどまりますが、画期的と言えます。
公開の範囲ですが、制度開始以降に言い渡された判決から順次公開していくことが予定されています。過去の累計1000万~2000万件とも言われる判決すべてが公開される訳ではありません。制度開始後の議論で、順次過去の判決等も公開していく可能性はありますが、そこは将来の議論に委ねられています。
米国では?
判例法の国、アメリカでは全ての判決文が公開され、引用のマーキング「サイテーション」が古くから整備され、どんな判決文でも検索が可能だ。また、判決のタイトルは「◯◯v.s.××」と実名表記になっている。判決文は公のもので、公開された判決文の蓄積が後からの法的判断のしるべとなり、社会の法的安定性につながるという考え方が徹底している。
今回の岡口さん事件は、限られた範囲で公開された判決書の引用を巡るものでした。
わが国では、判決文が裁判所HPの「裁判例情報」で公開されるようにになって20年ほど。その初期には、当事者の抗議によって、公開された判決文を裁判所が勝手に削除してしまう事件もあり、『FACTA』で報じたこともあるとされます。
引用された判決って?
岡口さんは、Twitterに利用リンク貼りしたのは次の判決でした。
(1) 2017年12月、ツイッターに、裁判所ホームページ「裁判例情報」の判決文のURLを示し、「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男 そんな男に、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」と書き込んだ。
(2) 2018年5月、ツイッターに、同じく判決文のURLを示して「公園に放置された犬を保護したら、元の飼い主が名乗り出て『返して下さい』 え? あなた? この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しながら……裁判の結果は……」と書き込んだ。
http://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-031491632_tkc.pdf
大学の教員時代に、(2)の判決を取り上げたことがあります。拾った犬が野生であれば話は簡単です。しかし捨て犬であれば、途端に話がややこしくなります。
犬は動産です。ペットは不動産や物品と同じく「モノ」として扱われます(民85条)。所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することで所有権を取得できます(民239条)。遺失物は、遺失物法に従い公告をした後3カ月以内にその所有者が判明しないときは、これを拾った方が所有権を取得できます(民240条)。
その間、元の飼い主が所有権を主張し、返せと請求すること自体が否定されません。所有権に基づく返還請求ですね。
他方で、元の飼い主が放棄したと見なされれば、無主物となります。無主物先占で拾った方の所有となります。しかし、放棄したと認められるためには、元の飼い主が明確な意思表示や行為をしたことが必要とされます。単に放置しただけでは、所有権の「確定的な放棄」とは認められにくい傾向にあります。元の飼い主が虐待や過酷な遺棄を繰り返していたなど、極めて悪質なケースでない限り、保護された側の「権利濫用」の主張が認められるのは難しいとされています。
「この事例は、感情的な側面とは別に、法律が原則として所有権を重視することを示す裁判例」とされます。
しかし、です。実は大きな問題があります。殺処分問題です。捨て犬が拾われ、拾い主が所有権を取得できるまで、生きてますか?っていう問題です。
警察が保護してるんでしょ?保健所なり、動物愛護センターはプロなんだから安心でしょ?ってなことにならないところが問題です。
殺処分の件数自体は減少傾向にあるとされます。
しかし、その実情は不透明です。上記の神戸地判、大阪高判の訴訟の主張を見る限り、その不透明性は拭えません。
「健常犬・猫」と判定されなかった場合の殺処分率は高いとされます。うんちが付いていただけで殺処分された、という例が報告されています。
事案の犬も、拾った方に保護されなければ、即日、殺処分の可能性だってあります。犬の生存権が脅かされるってころです。そのような事態に飼い犬を置くこと自体、立派な「虐待」です。
また、犬には生存するだけではなく、「幸せに生きる権利」、犬格権だってあっていいはずです。それを無視して、元の飼い主と保護者の権利義務関係だけで捉えることは誤りです。
捨て犬が、どちらの飼い主の下で生活するかを権利濫用の存否判断のパラメータに加え、これまでの飼育経過に照らした重み付けがされるべきでした。
となれば、元の飼い主に今更「返して下さい」と言えた義理ではないんじゃないの?てな意見が受講者中の大宗を占めていたように記憶してます。法律論は別としてですが。
弾劾裁判では?
ところが、です。裁判所と国会は、既に公開済みの判決についての引用を問題にしました。(1)(2)いずれの事件に関する表現内容も一般の論評の域を超えるものではなく、取り立てて問題とされるような表現内容ではありません。とりわけ(2)事件では、3ヶ月も放置されれば殺処分されるリスクは極めて高いことに照らせば、至極、真っ当なコメントであったことは明らかでした。
下記の陳述書は、警察に保護された後、動物愛護センターに送られ、保護期間満了前に殺処分された捨て犬の事案です。起案した植田勝博弁護士は闇金融問題でNHKのプロジェクトXにも出演された高名な弁護士さんです。多少、話は長いものの、いちゃもん付けのごろつき弁護士ではありません。
http://thepetlaw.web.fc2.com/Scan/20210623miki-kokuhatu-tinjyutu.pdf
まして、ご自身が関わった事件に関するものではありません。
弾劾裁判所での審理は、岡口さん側の言い分を概ね認めるものでした。
「SNS投稿などの複数の表現行為は、弾劾裁判所の審理の結果、いずれも遺族らを傷つけようという意図的なものではなく、結果として遺族らが傷ついたものがいくつかあったにすぎないことが明らかとなり、その旨が判決にも記載された」とされます。
弾劾裁判所の判断は、認定事実と齟齬をきたす失職を認めるものでした。
この裁判は、実は審理の前から既に結論ありきのものだったそうです。さすがに(2)の判決の引用は、「表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱し」たとはされなかったようですが、それが「問題として取り上げられること自体」が不可思議といえます。こんな判決の引用まで揚げ足取られるなんて、ことになれば、表現の自由なんてあったもんじゃないといえるのでは?
朝日新聞の記者が調べてくれて、裁判員(衆参国会議員14人)が最初に結論だけ無記名投票で決めていたそうです。内情が分かってありがたかったんですけど、現にそういう流れでした。
「判決要旨」(とはいっても44ページある)を読むと、かなり丁寧に事実認定がなされている。(1)(2)の事件のそれぞれの発言群を一つ一つ検討し、併せて「裁判官が司法府内部や行政府、立法府などの国家権力に対し、批判的見地から物を申すことについて萎縮するような状況を招くことのないよう細心の注意を払うべきである。」とまで言っている。この弾劾裁判が将来に影を落とさないように、そんな配慮がなされている、とまで感じられる。
しかし、判決の最後で、(1)について、岡口氏が「遺族からの抗議等を受けても、真の反省や改善がなく長期に渡って同様の表現行為(ネットの書き込みのこと)を繰り返してきた」ことが、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱し、「非行」は「国民の信託に背反する」、だから「非行」が「著しい」……。こうして岡口判事は罷免された。
魔女裁判かい!
これはまるで中世のヨーロッパの魔女裁判を見るようですね。
魔女裁判は地域や時代によって異なりますが、一般的には以下のような流れと特徴があるとされます。密告や噂、または個人的な恨みや災難の責任転嫁などによって、誰でも魔女(または魔男)だと訴えられる可能性がありました。疫病の流行や個人的な不幸(家畜の乳が出ない、幼児の死など)のスケープゴートとして、助産師や一人暮らしの高齢女性、社会の規範に合わない人々がターゲットにされやすかったとされます。審理の目的は、 accused (被告)が悪魔と契約し、魔術を使ったという「自白」を引き出すことが中心でした。
岡口事件では、客観的に明らかな事実が基礎とされていて、自白が強要されることは勿論ありません。しかし、必ずしも裁判所の規範に合わないと判断され、スケープゴートとしてターゲットとされたという点では共通しています。
裁判所の判断は、判決がなされる前の当事者の主張が出揃い、証拠調べに入る段階で、概ね裁判官の心証は概ね決まっているように思います。証拠調べは、当事者にとってみれば、立証のプロセスですが、裁判官の立場では既に形成した心証の確認プロセスと言っていいかもしれません。いわゆる確証バイアスです。
裁判官は本人尋問証人尋問で、原・被告代理人の尋問の途中、あるいは尋問が終わった後に後に補充尋問を行うことがあります。その内容を見れば裁判所がどういう心証を持っているかよくわかります。ああ、もう決めてんだってことです。これを覆すのは容易ではりません。
もちろん、そんな裁判官ばかりと言うわけではありません。知人の裁判官から、「結を書くときには、まっさらの白いキャンバスに絵を書くような気持ち」とごめんな聞いたことがあります。最終的に判決を書段階で、第三者の視点で、事件を捉え直すということなのかもしれません。
この弾劾裁判は、そんな心証形成なんて論外と言わんばかりの中世の魔女裁判、フランス革命時代の革命裁判所、文化大革命時代の人民裁判を見るようです。
これは、岡口さん処刑の執行のためのアリバイ作りののために設営された道具立てと言えるでしょうか。
責任転嫁?
この事件では、東京高裁の責任転嫁もあったようです。
FACTA』2018年2月号で報じた岡口分限裁判の記事では、最高裁事務総局による「事務連絡」、2017年2月17日付の「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の掲載基準等について」をスクープしました。
それによれば、岡口さんがリンクを張った(1)の判決文は公開不可のケースに当たる。つまり東京高裁は誤って公開した自らのミスをほっかむりして、岡口氏に責任転嫁した。
おわりに
裁判所って怖いとこですね!ああそうでした。裁判所の内幕については瀬木比呂志さんも書かれていますね。
話が、途中、「犬格権」の話題に脱線したかのように見えるかもしれません。しかし、そうではありません。「裁判所は怖いですね」と言ったのは、裁判所のバランス感覚とバイアスが問題だってことを言ってるんです。岡口さんの事件だけに限った問題ではありません。裁判所のバイアスには根深いものがあります。
