売る側だけ規制して、買う側は無関係なのか
生成AIと著作権について、
「他人の作品を無断で利用して利益を得るのはおかしい」
という話をよく見る。
この原則自体を徹底するのであれば、ひとつ気になることがある。
それ、二次創作を買っている側はどうなるのだろう。
無許諾の二次創作は、売り手だけでは成立しない
二次創作の同人誌。
キャラクターイラスト。
色紙。
コミッション。
ファンサイト。
月額支援。
人気IPを題材にした作品には、場合によってはかなり大きなお金が動く。
そこで、
「原作者でもない第三者が、他人のIPを使って大金を稼いでいる」
と問題視する声が出る。
でも、少し待ってほしい。
その金はどこから来たのだろう。
当然、
買った人から来ている。
売り手が勝手に10万円の価値を発生させたわけではない。
10万円で買う人がいるから10万円になる。
100万円までオークション価格が上がったなら、そこまで競った買い手がいる。
つまり、
売り手 → 二次創作 → 買い手 → 売上 → 次の二次創作
という循環によって市場が成立している。
供給側だけで成立しているわけではない。
「無断利用で利益を得るな」を徹底するなら
ここで生成AIの話に戻る。
もし、
「権利者の許諾なく他人の著作物やIPを経済的に利用すること自体が問題だ」
という強い原則を採用するなら、その原則はAI企業だけに適用されるものなのだろうか。
人間が行う二次創作は?
その二次創作を販売するプラットフォームは?
手数料を取るサービスは?
そして、
無許諾だと理解した上で購入する消費者は?
AIには権利処理を厳密に要求する。
しかし自分が好きなキャラクターの非公式同人誌を買うときには、権利者の許諾を確認しない。
これでは原則が少し奇妙になる。
「知らなかった」は表示制度でかなり解決できる
もちろん、
「購入者は許諾されている商品かどうか分からない」
という問題はある。
ならば、分かるようにすればいい。
販売時に権利状態を表示する。
たとえば、
使用IP:○○
公式ライセンス:なし
商用利用許諾:なし
二次創作ガイドライン:対象/対象外
権利者へのロイヤリティ:0円
これだけでも状況はかなり変わる。
許諾を取得しているなら、
公式ライセンス:あり
と表示すればいい。
ガイドラインによって販売可能なら、
二次創作ガイドライン準拠
と表示すればいい。
販売者が虚偽の表示をしていたなら、それは販売者側の問題にできる。
それでも買うなら「知らなかった」ではない
もっと重要なのはここだ。
購入画面に、
「この商品は権利者による商用利用許諾を取得していません」
と明示されている。
それを読んだ。
それでも購入した。
なら少なくとも、
「公式の商品だと思っていた」
とは言いにくくなる。
そこで初めて、
「無許諾市場を成立させているのは誰なのか」
という問いを需要側にも向けられる。
もちろん、だから即座に購入者を刑事罰にすべきだ、という話ではない。
購入制限。
決済制限。
プラットフォーム上の取扱制限。
悪質・反復的な取引への対応。
制度設計はいくらでも考えられる。
重要なのは、
無許諾市場を本気でなくしたいなら、供給だけを見ても市場の半分しか見ていない
ということだ。
売っていても、誰も買わなければ市場にはならない
これはものすごく単純な話でもある。
無許諾の商品を作る人がいたとしても、
誰も買わなければ商売にはならない。
逆に、取り締まっても取り締まっても高額で買う人が存在するなら、供給者には市場へ戻るインセンティブが残る。
需要がある。
利益が出る。
だから供給される。
普通の市場と同じだ。
それなのに著作権の議論になると、なぜか突然、
売る人だけが市場を作っている
ような話になりやすい。
買い手は透明になる。
しかし実際には、
無許諾二次創作の価値を最終的に金額として確定しているのは購入者だ。
レアリティにも買い手が値段を付けている
同人市場では少部数、一点物、イベント限定、再販未定といった条件によって希少性が生まれる。
特に色紙などは分かりやすい。
「人気キャラクター」
「人気作家」
「一点物」
が組み合わされれば、高額になることもある。
でも、そのレアリティに経済的価値を与えているのも購入者だ。
権利者の公式商品ではない。
一点物だから欲しい。
この作家がこのキャラクターを描いたから欲しい。
もう手に入らないかもしれないから欲しい。
その判断によって価格が上がる。
つまり購入者は単なる受動的な存在ではなく、
非公式作品の希少性に積極的に価格を付けている。
AIだけ透明化する必要はない
ここまで考えると、生成AIについて議論されている「透明性」は、AIだけに適用する必要がないことにも気づく。
むしろ、
他人のIPを利用して商業活動をするなら、その権利状態を表示する。
これでいいのではないだろうか。
AI生成でも。
手描きでも。
3DCGでも。
同人誌でも。
コミッションでも。
同じルールにする。
AIで特定IPを明示的に指定したなら、
IP参照:あり
人間がそのIPの二次創作を販売するなら、
IP参照:あり
公式から許諾されているなら、
商用許諾:あり
許諾されていないなら、
商用許諾:なし
ただそれだけだ。
AIのほうが透明になる可能性すらある
さらに面白いことがある。
AIは生成時の情報を機械的に記録できる。
使用モデル。
生成日時。
プロンプト。
参照画像。
I2Iの親画像。
明示的に指定されたIP。
編集履歴。
こうした情報を来歴として残せる。
AI生成画像をさらにAIで加工しても、
A → B → C
という親子関係を記録できる。
一方、人間の手描き作品について、
「何を参考にしましたか?」
「本当に自分で描きましたか?」
「いつ描きましたか?」
「途中工程はありますか?」
を後から完全に証明するのは難しい。
著作権の透明性を徹底的に追求すると、
AI作品より人間作品のほうが来歴証明に苦労する
という逆転すら起こり得る。
問題は「AIか人間か」ではなくなる
最終的には、
AIを使ったか
という分類自体があまり重要ではなくなるのかもしれない。
重要なのは、
何を入力として使い、どのIPを明示的に参照し、どんな許諾状態で、どう加工されて現在の作品になったのか。
つまり制作主体ではなく、
Provenance――来歴。
人間が描いてAIで仕上げてもいい。
AIで生成して人間が描き直してもいい。
3DモデルからAIで2D化してもいい。
紙の原画をスキャンして加工してもいい。
制作工程が複雑になるほど、「人間かAIか」という二択では説明できなくなる。
著作権を厳密にするなら、全員に同じ物差しを
生成AIによって著作権をもっと厳密に管理しよう。
それ自体はひとつの方向性だと思う。
ただし、本当にその方向へ進むのであれば、
AIだけを透明にして終わり
ではおかしい。
人間の二次創作にも。
販売者にも。
プラットフォームにも。
そして場合によっては購入者にも。
同じ原則を適用する必要がある。
そうすると、今まで
「文化だから」
「ファン活動だから」
「黙認されているから」
という曖昧さの中で成立していた市場まで、権利状態を明示する必要が出てくる。
それは生成AIが著作権を壊したというより、
生成AIによって、今まで曖昧にしていた著作権の矛盾が見えるようになった
ということなのかもしれない。
売る人だけを見ていても市場はなくならない。
買う人がいるから売れる。
売れるからまた作られる。
本気で無許諾利用を問題にするのであれば、
最後にはどうしても、
「それを分かった上で買う側は、本当に何の責任もないのか?」
という問いに行き着くのだと思う。
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