AI検索で一次ソースの無断飲食がされる未来

AI検索は便利だ。
質問をすると、複数のWebサイトを探して、内容を整理して、必要な部分だけ回答してくれる。

以前なら、
検索する

記事を開く

読む

複数の記事を比較する

自分で整理するという工程が必要だった。

今は、
質問する

AIが検索する

答えが返ってくる
で終わる。

便利なのは間違いない。
自分も普通に使う。
ただ、使っていて一つ気になることがある。

その回答を作るために使われた記事の作者には、何が返っているんだろう。


AIが読めば、人間は読まなくてもいい

AI検索の特徴は、検索結果を提示するだけではないことだ。

ページを探し、中身を読み、必要な部分を抽出して、ユーザーが欲しかった答えに加工して返してくれる。

つまりユーザーからすると、原文を読む必要そのものが減る。

これは検索としては非常に優秀だ。

でもコンテンツを公開している側から見ると、少し奇妙なことが起きる。

記事を書く。

AIがその記事を見つける。

回答の材料として使う。

ユーザーはAIの回答だけ読む。

記事には来ない。

作者から見える数字は、

PV 20

だったりする。

しかし実際には、その記事の内容が100回、1000回とAI回答に利用されている可能性もある。

それでもPVは20のままだ。

記事は使われている。

でも、作者から見ると使われていないように見える。

これは「無断飲食」に少し似ている

たとえば料理店がある。

店主が時間と材料を使って料理を作る。

別の店がその料理を持っていき、食べやすいサイズに切り、きれいに盛り直して客に出す。

客はそこで満足する。

元の店には来ない。

場合によっては、

「参考:○○店」

と小さく店名だけ書かれている。

元の店主には、

「あなたの料理が何人に食べられたのか」

すら分からない。

今のAI検索には、少しこれに似た構造があると思う。

もちろん法律上の意味で「無断利用だ」と断定したいわけではない。

ここで言っているのは、価値の流れ方の問題だ。

記事を作った側から価値が取り出される。

AIサービス側ではその価値によってユーザー体験が改善する。

でも原典側には、その利用実態すら見えない。

それを私は、

一次ソースの無断飲食

みたいなものだと感じる。

PVがコンテンツの価値を表さなくなる

これまではPVという数字にそれなりの意味があった。

PVが多い。

つまり多くの人に読まれた。

読まれたから影響があった。

広告を付けているなら収益にもなる。

少なくとも、

PV ≒ 利用量

という感覚が成り立っていた。

しかしAI検索が間に入ると、これが崩れる。

たとえば、

記事A


  • Human PV:100

  • AI参照:10,000回

記事B


  • Human PV:10,000

  • AI参照:50回

という状況があり得る。

どちらの記事の方が「情報として使われている」のだろう。

従来のアクセス解析を見る限りでは記事Bの圧勝だ。

でもAI時代には、記事Aの方が社会全体では何倍も利用されているかもしれない。

つまりPVは次第に、

人間がページを直接開いた回数

しか表さなくなる。

コンテンツの総利用量を測る数字ではなくなる。

むしろPVの低い記事で問題が起きる

この問題は、バズ記事よりもPVの少ない記事で強く出るかもしれない。

一般的な話題なら、似た内容の記事はいくらでもある。

AIもいろいろな情報源を使える。

一方、

「かなり特殊な条件で起きた失敗」

「個人が実際に試した結果」

「珍しいトラブルの解決方法」

「他ではほとんど扱われていない分析」

みたいなものは、PVが少なくてもAIにとって価値がある。

検索してみたら、その一点について具体的に書いてあるページがそこしかない。

ならAIはそこを参照する。

でも人間はAIの回答だけで問題を解決する。

記事には来ない。

すると作者からすると、

誰にも読まれていない記事

にしか見えない。

実際には、かなり役に立っているかもしれないのに。

「使われた実感」が消える

人が文章を公開する理由は、金だけではない。

誰かに読まれた。

役に立った。

反応があった。

コメントが来た。

アクセスが増えた。

検索から人が来た。

こうした小さな反応も、続ける理由になる。

しかしAIが途中に入ると、その反応が作者まで届かない。

AIには使われる。

ユーザーの役にも立つ。

でも作者には何も起きない。

PVも増えない。

コメントも来ない。

フォロワーも増えない。

収益もない。

極端に言えば、

社会的には利用されているのに、作者本人だけがそれを知らない

という状態になる。

これは結構まずいと思う。

それなら公開する理由がなくなる

一つの記事を書くにも時間がかかる。

調べる。

試す。

失敗する。

整理する。

文章にする。

公開する。

それを何度もやって、

「PV 18」

「反応なし」

「収益なし」

となる。

一方、AIには便利に使われているらしい。

その状況が続けば、

なぜこれを公開しているんだろう

となる人は当然出てくる。

そして公開方法を変える。

全文は有料にする。

会員限定にする。

ニュースレターにする。

DiscordやSlackだけで共有する。

仕事上の知識なら社内だけに残す。

あるいは、そもそも書かなくなる。

公開Webに出しても自分にはほとんど何も返ってこないなら、そう判断するのは不思議ではない。

出版社だけの問題ではない

この問題について、出版社がAI企業に対価を要求する話はすでにある。

それ自体は当然だと思う。

出版社は記者を雇い、取材し、記事を作っている。

AI検索によって記事への流入が減れば、事業そのものに影響する。

ただ、同じ構造は個人にも存在する。

むしろ個人の方が弱い。

大手出版社ならAI企業とライセンス交渉できる。

巨大サイトならAIクローラーを制御できる。

アクセスに料金を設定する仕組みも使えるかもしれない。

でも個人がプラットフォーム上に記事を書いている場合、

誰が何回AIに使ったのか

すら基本的には分からない。

交渉することもできない。

プラットフォームが間に入るなら分配も必要になる

noteのような投稿プラットフォームの場合、さらに話が複雑になる。

記事を書いたのは個人。

でもページをホスティングしているのはプラットフォーム。

AI企業と交渉できるのもプラットフォーム側だ。

もし将来、

AI企業
↓ 利用料
プラットフォーム

という流れができた場合、その金をどう扱うのか。

サーバー費用への対価なのか。

コンテンツ利用への対価なのか。

両方なのか。

もし記事内容そのものに価値があって支払われた金なら、

その価値を作った作者にも還元するべきではないか

という問題は当然出てくる。

プラットフォームだけがAI利用料を受け取り、作者には何も見えない。

そうなれば、作者からすると今までとほとんど変わらない。

まずAI参照数を見せればいい

いきなり完璧な収益分配制度を作るのは難しいかもしれない。

でも、最初にできることはかなり単純だと思う。

AIによる利用を可視化することだ。

従来の、

PV
スキ
コメント

だけではなく、

Human Views
人間による閲覧数

AI Crawls
AIクローラーによる取得回数

AI References
AI回答作成に参照された回数

Citation Displays
回答画面で出典として表示された回数

AI Referral Clicks
AI回答から実際に人間が訪れた回数

AI Revenue
AI利用によって発生した還元額

くらいに分ければいい。

そうすれば作者も、

「この記事、PVは30しかないけどAIには700回使われてるんだ」

と分かる。

これだけでも全然違う。

クロールと利用は分けた方がいい

もちろん、

AIがページを取得した
ことと
AIが回答に利用した
ことは同じではない。

検索エンジンだってページをクロールする。

AIも情報を取得しただけで実際には回答に使わない場合がある。

だから、

クロール回数

回答への採用回数

は分ける必要がある。

さらに引用表示までされたのか。

そこからクリックされたのか。

ここまで見えれば、コンテンツの利用経路がかなり分かる。

PVだけを見ていた時代より、むしろ情報として正確になる。

AI検索側にも長期的な問題になる

原典側への還元がなくても、短期的にはAI検索は困らない。

すでにWebには膨大な量の情報がある。

それを使えばいい。

でも、その状態が長く続いたらどうなるだろう。

公開するメリットが薄くなれば、価値の高い情報ほど閉じた場所へ移る。

AIから見えるWebには、

宣伝記事。

一般論。

再編集記事。

公開するメリットのある情報。

だけが残りやすくなる。

AI検索は、公開されている情報しか検索できない。

つまり原典を便利に消費しすぎることで、

自分が将来参照できる情報源まで減らす

可能性がある。

これはAI企業にとっても得ではない。

原典を守るというより、原典が生まれ続ける構造を作る

だからこの問題は、

「AIは人間の記事を読むな」

という話ではないと思う。

AIに読ませない世界は不便だ。

検索して要約してくれる方がいい。

問題は、

利用した価値が原典側まで戻る構造がないこと

だ。

記事へ人を送る。

利用回数を見せる。

作者名を明確に表示する。

利用料を分配する。

何らかの形で価値を循環させればいい。

原典を囲って守るのではなく、

原典を公開し続けても損をしない仕組み

を作る方がいい。

無断飲食を続ければ、料理を作る人が減る

AI検索の便利さそのものには問題はない。

問題は、その便利さを誰が支えているのかが見えなくなることだ。

AIは答えを作る。

ユーザーは答えを受け取る。

その途中には、誰かが書いた記事がある。

誰かが経験した失敗がある。

誰かが取ったデータがある。

誰かが整理した記録がある。

そこを無限に無料で取り出せるものとして扱い続ければ、

「もう公開しなくていいか」

と思う人は増える。

店から料理だけ持っていき、客はこちらで食べさせる。

店には客を返さない。

何人に食べられたかも教えない。

代金も払わない。

それを続ければ、最後には店が閉まる。

AI検索が本当に持続可能な情報インフラになるなら、

検索する側の便利さだけではなく、検索される側が続けられる仕組みも必要になる。

無断飲食を防ぐために必要なのは、AI検索を止めることではない。

食べたことを記録し、その価値を原典へ返すことだ。

AI検索は「認知の中抜き」も起こす

ここまで書くと、問題は利用料やPVの話に見える。
でも、もう一つ大きいものがある。
認知だ。
人が記事を書く理由は、収益だけではない。
「この人はこの分野に詳しい」
「この人はこういう視点を持っている」
「この考え方はこの人が最初に書いていた」
そう認識されること自体にも価値がある。
むしろ個人にとっては、直接的な収益よりこちらの方が重要な場合すらある。
技術者。
研究者。
個人開発者。
評論を書く人。
専門知識を持つ人。
新しい仮説を出す人。
こういう人にとって、公開した知識は同時に、
自分が何を知っている人間なのかを示すもの
でもある。
記事を読んだ人が、
「面白いな」
と思う。
作者名を見る。
プロフィールを見る。
他の記事も読む。
フォローする。
その後、別の記事でも名前を見かける。
少しずつ、
「この分野ならこの人」
という認識が作られていく。
これは一種の資産だ。
私はこれを、
認知資本
と呼んでもいいと思う。

知識は作者から出るのに、評価はAIに集まる

ところがAI検索を挟むと、この経路が変わる。
本来なら、
作者

記事

読者

作者への認知
だった。
それが、
作者

記事

AI

ユーザー
になる。
そしてユーザーは、
「この人の記事は面白い」
ではなく、
「AIって賢いな」
と思う。
ここがかなり面白い。
AIが優れた回答を作れる理由の一部には、外部に存在する良質な情報源がある。
しかし、その情報を作った人の評価までAI側に転換される。
つまりAI検索は、
情報の価値
だけでなく、
その情報から生まれる評価
まで取り込む可能性がある。
記事を書いた人には何も起きない。
AIサービス側には、
「便利」
「詳しい」
「賢い」
という評価が積み上がる。
これは単なるPV減少とは少し違う。
認知の中抜き
と呼んだ方が近い。

出典リンクがあるだけでは認知は戻らない

もちろんAI検索には、出典が表示されることがある。
それなら作者にも認知が返っているように思える。
でも実際には、少し弱い。
回答の横や下に、
出典1
出典2
出典3
出典4
と並んでいても、ユーザーが回答だけで満足すれば開かない。
そして重要なのは、
リンクが存在すること
と、
作者が認識されること
は同じではないことだ。
たとえば、
「この回答は5つのサイトを参考にしています」
と言われても、普通は5人の作者名まで覚えない。
つまり形式上は出典を示していても、
認知としての帰属はほとんど発生していない
可能性がある。
検索エンジンなら、少なくとも記事を開けばサイト名や作者名を見る機会があった。
AI検索では、その機会自体をスキップできてしまう。
だから、
「引用リンクを出しているから問題ない」
だけでは少し足りない。

金を払っても認知は戻らない

ここで、
「なら利用料を払えばいい」
という話になる。
もちろん利用対価は必要だと思う。
でも、それだけでも足りない。
たとえばAI企業から記事利用料として100円が支払われたとする。
作者は100円を受け取った。
しかし、その情報を使った回答を1万人が見ても、
誰も作者の名前を知らない。
これで本当に価値は完全に返ったと言えるだろうか。
逆に、
その記事を100人が直接読んで、
10人が作者を覚え、
3人がフォローし、
1人から仕事の相談が来る。
こちらの方が作者にとって価値が高い場合もある。
つまりAI検索時代には、
金銭還元

認知還元
を分けて考える必要がある。
お金だけ戻しても、作者の社会的な評価までは戻らない。

「誰の知識が使われているのか」を可視化すればいい

そこで、AI参照数の可視化をもう一歩進めてもいいと思う。
単に記事ごとの数字を出すだけではなく、
誰の知識がAI検索を支えているのか
を定期的に可視化する。
たとえば、
AI参照四季報
みたいなものだ。
四半期ごとに、
どの記事が多く参照されたか。
どの作者が多く参照されたか。
どの分野で誰の情報が使われているか。
どの記事が急速に参照され始めたか。
そういう情報をまとめる。

AI参照四季報

たとえばこんな感じだ。
Technology
1位 Author A
AI References:52,340
2位 Author B
AI References:41,205
3位 Author C
AI References:29,114
Game Development
1位 Author D
AI References:18,902
2位 Author E
AI References:14,021
Education
1位 Author F
AI References:35,511
さらに記事単位でも、
Most Referenced
最もAI回答で利用された記事。
Fastest Growing
前四半期からAI参照が急増した記事。
Long-term Source
長期間安定して利用されている情報源。
Emerging Author
新しく参照され始めた作者。
Low PV / High AI Reference
人間の閲覧数は少ないのに、AIには非常によく利用されている記事。
こんな分類ができる。
最後のカテゴリーなんて特に面白いと思う。

「誰にも読まれていない記事」が実は重要かもしれない

たとえば、
Human PV:43
AI References:28,412
という記事があったとする。
今のアクセス解析だけ見れば、
「ほぼ誰にも読まれていない記事」
になる。
でもAI検索の利用まで含めれば、
2万8000回以上、誰かの問題解決に使われた情報
なのかもしれない。
評価がまるで変わる。
そして作者本人にも、
「この記事は公開しておいて意味があった」
と分かる。
この実感は結構大事だと思う。
金額にすると数十円だったとしても、
「あなたの記事は今期2万回AI回答に利用されました」
と言われれば、公開を続ける理由にはなるかもしれない。

PVよりAI参照数の方が重要になる分野も出てくる

将来的には、
「この記事は10万PVでした」
という実績より、
「この記事はAI回答で年間50万回参照されています」
という方が価値を持つ分野も出るかもしれない。
特に専門情報ではそうだ。
バズ記事はPVが伸びる。
でも専門的な資料は、必要な人が少ないのでPVは伸びにくい。
それでも、その情報がAI検索にとって有用なら、何年にもわたって回答材料として使われる可能性がある。
研究論文には、
被引用数
がある。
論文が何回別の研究に使われたかを見る指標だ。
それと似た形で、Web記事にも、
AI References
という指標があってもいい。
PVとは違う、
知識源としての利用実績
だ。

AI参照ランキングは「人気ランキング」とは違う

ここで注意したいのは、
AI参照ランキングを新しい人気ランキングにしてはいけないことだ。
人気ランキングにすると、また同じ問題が起きる。
フォロワーが多い人。
既に有名な人。
バズった人。
そこだけに認知が集中する。
だから分野別にする。
期間も四半期くらいにする。
急上昇枠も作る。
PVの少ない記事だけを対象にしたカテゴリーも作る。
そうすれば、
人気ではなく利用
を見ることができる。
「誰が有名か」
ではなく、
「誰の情報が実際に使われたか」
を見るランキングだ。
ここはかなり重要だと思う。

AI企業側にもメリットがある

これは作者救済だけの仕組みではない。
AI企業にもメリットがある。
たとえば、
「このAIはどんな情報源を使っているのか」
が見える。
特定の大手メディアに偏っていないか。
少数のサイトばかり使っていないか。
個人の専門情報も拾えているか。
新しい情報源が増えているか。
そういうことも確認できる。
つまりAI参照四季報は、
AI検索の情報源多様性を監査する指標
にもなる。
もし毎期ランキング上位が同じ巨大サイトだけなら、
「このAI、実際にはほとんど同じところしか見てないな」
と分かる。
逆に、無名の個人記事まで継続的に拾えているなら、
「ちゃんとLong Tailまで探索している」
という評価もできる。

「AIが言った」から「誰の知識を使ったか」へ

今はAI回答を見ると、
「ChatGPTがこう言っている」
「Geminiによると」
「Perplexityでは」
といった形になりやすい。
でもその回答の中身が外部検索によって作られているなら、本当は、
「この回答では○○の記事が重要な情報源として使われている」
という見方もできる。
AIは答えを構成した。
でも材料を作ったのは別の人だ。
そこを分離して考えた方がいい。
AIの能力を否定する必要はない。
AIは検索、比較、要約、統合という非常に大きな仕事をしている。
ただし、
知識を作ること

知識を運ぶこと
は別だ。
知識を運ぶ側だけに認知が集中すると、知識を作る側が見えなくなる。

認知を返すことも「還元」だ

還元というと、すぐにお金の話になる。
でも、
利用数を見せる。
作者名を表示する。
原典へ送客する。
分野別に紹介する。
参照実績を残す。
これらも立派な還元だ。
むしろ個人にとっては、
「この情報は自分が出したものだ」と社会に認識されること
の方が長期的な価値になる場合もある。
だからAI検索時代に必要なのは、
金銭還元だけではない。
認知還元
も必要だと思う。

一次ソースを作る人が「透明人間」にならないために

AI検索が進化すればするほど、ユーザーは原典を読まなくなるかもしれない。
それ自体は仕方がない。
便利なのだから使う。
問題は、
原典を読まなくなった結果、
原典を作った人まで存在しなかったことになる
ことだ。
情報だけが残る。
作者は消える。
AIだけが賢く見える。
これを続ければ、一次ソースを公開する人は、
「自分はAIの無料データ供給装置なのか」
と思い始める。
それでは続かない。

AI検索に必要なのは「認知の循環」なのかもしれない

これからのAI検索では、
ユーザー
→ AI
→ 原典
というアクセスの流れだけではなく、
原典
→ AI
→ ユーザー
→ 作者への認知
という循環も設計した方がいい。
人間が原文を開かなくてもいい。
でも、
「この回答の裏側には誰がいるのか」
くらいは見えるようにする。
そして定期的に、
誰の知識がどの分野でどれだけ使われたか
を公開する。
AI参照四季報なんて、そのくらいの軽い仕組みから始めてもいいと思う。

AI検索は、知識を消費する速度を劇的に上げた。
でも、知識そのものを作る人間まで高速化できるわけではない。
誰かが観察する。
誰かが試す。
誰かが失敗する。
誰かが考える。
誰かが書く。
その結果をAIが利用する。
ならば、
使った知識だけでなく、その知識を作った人の存在も返す。
AI検索が持続可能な知識インフラになるには、お金の循環だけでは足りない。
認知の循環も必要になる。
そしてもしかすると将来、
フォロワー数やPVより、
「この人の知識は年間何回AIに参照されたか」
の方が、その人の知識価値を正確に示す数字になるのかもしれない。

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