Steamの棚は、本当に無限である必要があるのか
個人に有限の棚を与え、実績解除のように増やしていく方式はダメだろうか?
Steamでは、新作ゲームが猛烈な勢いで増えている。
2026年8月末には、1週間の新作リリース数が720本に達したという。
単純計算すると、約14分に1本。
もちろん、ゲームを作る人が増えること自体は悪いことではない。
制作環境が整い、ゲームエンジンが使いやすくなり、個人でも世界中にゲームを販売できるようになった。
さらにAIによって、プログラム、画像、音楽、文章、翻訳などの制作コストも下がっている。
これは本来、とても良いことだと思う。
ただ、一つ疑問がある。
販売するための「棚」まで、本当に無限である必要があるのだろうか?
売れなければ淘汰される、が成立しなくなっている
普通の商品なら、大量に作って売れなければ損をする。
製造費がかかる。
物流費がかかる。
在庫を置く場所が必要になる。
店舗なら棚にも限界がある。
だから売れない商品を無限に投入し続けることは難しい。
ところがデジタルゲームには、物理的な在庫がほとんどない。
さらに制作コストまで下がっている。
すると、
「売れない作品を出し続ければ、そのうち撤退する」
という市場の自己調整が弱くなる。
1本作るのに数千万円必要なら、失敗を繰り返すことはできない。
しかし制作費が極端に安ければ、
10本出して1本当たればいい。
100本出して数本売れればいい。
当たるまで出し続ければいい。
という戦略も成立してしまう。
ゲームを買う側がガチャを引くのではない。
開発者が市場に対してガチャを引く。
そんな構造になり得る。
問題は「ゲームが多いこと」ではない
ここで誤解したくないのは、
「ゲームが多すぎるから減らせ」
と言いたいわけではないことだ。
実験的なゲームがあっていい。
クソゲーがあっていい。
初めて作ったゲームがあっていい。
誰にも理解されない奇妙なゲームだってあっていい。
むしろ、そういうものが出せることはSteamの魅力だと思う。
問題は別にある。
一人の供給者が、新しい販売枠をほぼ無制限に増やせることだ。
作品を一本出す。
売れない。
次を出す。
それも売れない。
また次を出す。
前の作品を改善する必要はない。
アップデートする必要もない。
長期的に面倒を見る必要もない。
新しいタイトルとして出せば、また新しい商品ページを持つことができる。
つまり現在の仕組みでは、
作品を育てることより、棚を増やすことの方が簡単なのである。
だったら「棚」を有限にしたらどうだろう
たとえば、Steamでゲームを販売する開発者に、最初から無限の販売枠を与えない。
仮に最初は、
3つの棚
を与える。
ゲームを一本発売すると、一つ使う。
ただし、この棚は使い捨てではない。
アップデートしてもいい。
大型リニューアルしてもいい。
タイトルを作り直してもいい。
ゲームそのものを別物に作り替えてもいい。
重要なのは、
「あなたには現在3つの販売棚があります」
という考え方にすることだ。
そして、その棚で一定の実績を積むと、新しい棚が解放される。
Steam版「実績解除」にする
これは審査制度にしなくてもいい。
むしろ、ゲームの良し悪しをSteamが判断する必要はないと思う。
実績解除方式にすればいい。
たとえば、
一定人数に購入された。
一定時間遊ばれた。
一定期間アップデートを継続した。
返金率が一定以下だった。
一定数のレビューを獲得した。
一定期間販売を継続した。
既存タイトルを長期間メンテナンスした。
こうした複数の条件を組み合わせる。
条件を満たしたら、
「新しい販売棚を獲得しました」
となる。
3枠だった開発者が4枠になる。
さらに実績を積めば5枠になる。
長期間Steamで活動している開発者なら、10枠、20枠と増えていく。
実績のあるパブリッシャーなら十分な数の棚を持つことになるだろう。
ゲームそのものと同じだ。
最初からすべての能力が解放されている必要はない。
活動によって販売能力そのものがアンロックされていく。
「売れたゲームだけが出せる」ではダメ
ただし、単純な売上基準にはしたくない。
売上だけを条件にすると、
ニッチゲーム、
実験作品、
無料ゲーム、
芸術作品、
教育作品、
極端に小さなジャンル、
などが不利になる。
それではSteamの面白さを殺してしまう。
だから評価するべきなのは、
「売れたか」ではなく「その棚をどう扱ったか」
だと思う。
100本しか売れていなくても、何年も丁寧にアップデートされているゲームなら、それは立派な棚の運用だ。
逆に大量にタイトルを出し、発売後ほぼ放置しているなら、新しい棚を簡単に増やす必要があるのか疑問が残る。
ここで評価するのは作品の価値ではない。
販売者としての継続的な責任である。
これは弱小開発者を排除する制度ではない
こういう話をすると、
「インディーが参入できなくなる」
という反論が出ると思う。
でも、むしろ逆だ。
最初の棚は全員に与える。
有名企業だから優遇する必要もない。
無名の個人でも3枠。
大企業でも新規販売主体なら同じところから始めてもいい。
違うのは、
無限に新しい棚を作れない
という一点だけだ。
一本目が失敗してもいい。
二本目も失敗していい。
三本目も失敗していい。
そして失敗した作品を作り直してもいい。
問題なのは、
失敗したら放置して、
4本目、
5本目、
10本目、
50本目、
100本目、
と無限に新しい棚を増やせることではないだろうか。
「新作を出す」以外の選択肢が生まれる
棚が有限なら、開発者の行動も変わる。
三つしか棚がない。
全部使った。
次のゲームを作りたい。
ではどうするか。
既存作品をアップデートする。
大型拡張をする。
リニューアルする。
一本を終了させて、その棚を次のプロジェクトに使う。
ユーザーコミュニティを育てる。
既存プレイヤーの意見を聞く。
つまり、
新しい商品ページを作ること以外の選択肢に価値が生まれる。
これはかなり重要だと思う。
現在は「次を出す」という行為のコストが低すぎる。
だから作品そのものより、タイトル数を増やす方が合理的になるケースが出てくる。
棚を有限にすれば、
一つの棚をどう使うか
という判断が発生する。
デジタルだから棚が無限、は本当に正しいのか
物理店舗で棚が有限なのは、物理空間に限界があるからだ。
デジタルストアには、その制約がない。
だから棚を無限にできる。
技術的には正しい。
しかし市場として考えた場合、本当にそれでいいのだろうか。
商品数は無限に増やせても、
人間の時間は増えない。
ユーザーがSteamを見る時間。
新作を探す時間。
ストアページを読む時間。
体験版を遊ぶ時間。
レビューを書く時間。
ゲームそのものを遊ぶ時間。
これらはすべて有限だ。
つまりSteamには物理的な棚の限界はないが、
ユーザー側には巨大な「注意力の棚」が存在する。
供給だけを無限化しても、需要側の時間は無限化しない。
週720本が、
週1000本になり、
週2000本になったとしても、
一人の人間の一週間は168時間のままだ。
AIによって、この問題はさらに大きくなる
そして今後、この問題はもっと重要になると思う。
AIによってゲーム制作コストは下がっていく。
コードを書く。
画像を作る。
音楽を作る。
翻訳する。
テストする。
ストア文章を書く。
これまで人間が大量の時間を使っていた工程が高速化される。
それ自体は素晴らしい。
自分も制作コストが下がることには大きな可能性があると思っている。
しかし、
制作コストが下がることと、市場への投入コストまで無限に下げることは別問題だ。
供給能力が10倍になったからといって、人間がゲームを遊べる時間が10倍になるわけではない。
だから制作技術が進歩するほど、
「何本作れるか」
ではなく、
「市場に何本並べられるのか」
という設計が重要になる。
無限の商品棚から、育てる棚へ
Steamが成功した理由の一つは、誰でもゲームを世界に届けられることだと思う。
だから、その自由を壊す必要はない。
ただし、
自由に作品を作れることと、無限に販売枠を増やせることは同じではない。
作るのは自由。
公開するのも自由。
しかし巨大な商業プラットフォームに新しい商品棚を作ることには、少しだけ継続的な責任を持ってもらう。
最初は誰でも同じ数の棚を持つ。
その棚を使う。
育てる。
失敗する。
作り直す。
ユーザーと向き合う。
そうして実績を積んだら、新しい棚が増える。
この方が、
「当たるまで新作を投げ続ける市場」
より健全なのではないだろうか。
週720本。
約14分に1本。
この数字を見て、
「ゲームを作る人が増えたんだな」
だけで終わらせるのではなく、
そろそろ別の問いを考えてもいい気がする。
デジタルストアの棚は、本当に無限である必要があるのだろうか?
そして、
作品を作る自由を守りながら、販売する側にも「自分の棚を育てる」という責任を持たせることはできないだろうか。
無限の商品棚を提供する時代から、
有限の棚を育て、実績によって広げていく時代へ。
ゲームそのものに実績解除があるのなら、
販売する側にも実績解除があっていいのかもしれない。
