読書習慣が続かない。「三日坊主」で終わるときは、読めなかった日の次を見る
「今度こそ、毎日読む」と決める。
最初の数日は読める。
ところが、ある日は予定が長引いて本を開けなかった。次の日、机の上の本を見ても、
「もう途切れた」
「また続かなかった」
という感じがする。
そのまま数日空く。
こうなると、読めなかった一日よりも、そのあと本へ戻ることのほうが重くなっていきます。
何度も読み始めるところまではできているなら、見たいのは「どうすれば毎日読めるか」だけではありません。
読めなかった日のあとを、どう扱っているか。
そこが変わると、次の一回の見え方も変わります。
一日読めなかったことと、読書をやめたことは同じではない
毎日読むと決めていても、読めない日はあります。
予定が入る日もあるし、ほかのことを優先する日もある。
たとえば、何日か続けて読んだあとに一日空いたとします。
そこで、
「連続が切れた」
「三日坊主になった」
と感じると、その次に本を開くことが急に大きくなります。
昨日まで読んでいた本の続きを開くだけなのに、
「もう一度ちゃんと始めないと」
という気分になる。
でも、起きたことだけを見るなら、読書が一度中断しただけです。
一日読まなかったことと、そのまま本から離れ続けることは別です。
今日また読めば、前回の続きがあります。
「毎日できたか」だけで、続いているかを決めない
毎日読むことが自分に合っているなら、その形をそのまま続けられます。
ただ、「毎日できたか」がそのまま成功と失敗の判定になると、一度空いただけで読書全体をやり直す感覚が生まれます。
三日読んだ。
一日読まなかった。
そのあとまた読んだ。
この並びを見て、
「四日目に失敗した」
と見ることもできます。
でも、
「三日読んで、一度空いて、また読んだ」
とも見られます。
読書を続けるうえで見たいのは、連続日数だけではありません。
間が空いたあとにも、本へ戻れているか。
そこまで含めると、「一度途切れたら終わり」という見え方は少し弱くなります。

次に読む日を「やり直し」にしない
数日空いた本へ戻るときは、少し重さがあります。
「もう流れを忘れているかもしれない」
「今さら戻るのも面倒だな」
「また最初から習慣を作らないと」
そんな感じが出ることもあります。
でも、本そのものは最初のページへ戻っていません。
しおりは前回の位置にあります。
そこを開いて、少し前を見返す。
「ああ、この話だった」と思い出したら、そのまま続きを読む。
空いた日数を取り返すために、今日は多めに読まなければならないわけでもありません。
「今度こそ毎日読む」と、新しいルールを作り直す必要もない。
次の一回を、習慣づくりの初日にしなくていい。
前に読んでいた本の続きを読む。
それは、やり直しではなく続きです。
読書習慣を、一日も途切れず続くものだけで考えると、中断するたびにゼロへ戻ったように感じます。
でも、実際の読書はもっと途中から戻れます。
何日か空いた本があるなら、次に開く日は「やり直す日」ではありません。
しおりの位置を見て、必要なら少し戻って、そこから続きを読む。
一度中断したことと、読書をやめたことは同じではありません。
また続きを読めたなら、その読書はそこから続いていきます。
