ラベンダー色の海
人は、誰かを愛すると同時に、その人が誰かを大切にする姿まで愛してしまうことがある。
ラベンダー色に染まる夕暮れの海。
三人で泳いだ、たった一度の夏。
言葉にできない想いは、水のように透明で、波のように揺れ続ける。
永遠が叶わないからこそ、人は恋をし、夢を見る。
切なさと美しさが静かに溶け合う、大人の恋愛短編です。
海へ入るたび、私は少しだけ人ではなくなる。
冷たい水が足首から肩へとのぼり、ゆっくりと身体を包み込むと、胸に焼きついていた痛みも、背中に積もった後悔も、透明になっていく。
水の中では、誰も嘘をつけない。
先を泳ぐあなたは、振り返らない。
その少し後ろを、彼が泳いでいる。
私はさらに後ろから、ふたりの残した波紋だけを追いかけていた。
不思議と嫉妬はなかった。
ただ、ふたりが同じ方向を見て泳ぐ姿は、美しすぎて苦しかった。
夕暮れの海は、青でも紫でもない。
ラベンダー色の光が水面を染め、世界そのものが夢の続きを見ているようだった。
その色の中では、誰が誰を愛しているのかさえ曖昧になる。
私は知っていた。
あなたは私にも優しかった。
彼にも優しかった。
そして彼もまた、あなたを心から大切に想っていた。
だから、ときどき思うのだ。
私よりも、あなたと彼のほうが、もっと深く愛し合っている日があるのではないかと。
それは恋ではないのかもしれない。
名前をつければ壊れてしまうほど、静かで純粋な絆。
その光景を見つめるたび、私は自分の恋心を責めることも、諦めることもできなかった。
もし、この世界が永遠に続くのなら。
もし今日という一日が終わらないのなら。
きっと誰も「愛している」とは言わない。
失う未来があるから、人は愛を口にする。
終わりがあるから夢を見ようとする。
永遠は、美しい代わりに、何も生み出さない。
だから私は、この切なささえ愛しいと思えた。
浜辺へ戻るころには、水滴をまとった肌が夕陽を映して輝いていた。
あなたが隣に立ち、彼も静かに腰を下ろす。
誰も言葉を探さなかった。
波の音だけが、三人の沈黙を優しく包んでいた。
肩と肩が触れるほど近くにいるのに、それぞれが違う孤独を抱えている。
そんな距離が、不思議なくらい心地よかった。
やがて太陽はゆっくりと水平線へ沈み、ラベンダー色だった海は、少しずつ群青へ変わっていく。
私は濡れた膝を抱えながら、その光景を目に焼きつけた。
きっとこの恋は、誰のものにもならない。
だからこそ、こんなにも美しい。
波は何度も寄せては返し、今日という記憶を静かにさらっていく。
それでも胸の奥には、透明になれなかった想いだけが、小さな貝殻のように残り続けていた。
あの夏の海は、今もきっとラベンダー色に輝いている。
誰にも届かない恋を、優しく抱きしめながら。
