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さよならの似合わない午後



昨日まで確かに愛し合っていた。

だからこそ、今日の沈黙が怖かった。

午後の日差しが降り注ぐテラス。

溶けていくアイスティーのように、二人の間にあった愛も静かに薄れていく。

聞きたくなかった噂。

見ないふりをした違和感。

そして、最後まで信じたかった「I love you」。

別れを告げる言葉よりも残酷なのは、

愛が終わっていく瞬間を、互いに気づいてしまうことなのかもしれない。

ネオンが滲む夜の街をひとり歩きながら、彼女の胸に残ったのは、憎しみではなかった。

ただひとつの、

まだ想い出になりきれない恋。

「I love you」――その言葉は、愛だったのか。

それとも、二人が最後に交わした、儚い約束だったのか。



午後の陽射しは、あまりにも穏やかであった。

テラスの白いテーブルに置かれたアイスティーは、その光を受けて琥珀色に静かに揺れている。

これほど穏やかな午後に、なぜ私たちは別れの話をしなければならないのだろう。

向かいに座るあなたは、先ほどから一言も発しない。

私はストローを指先で弄びながら、視線を落としていた。

「……ねえ」

あなたが私の名を呼ぶ。

その声だけで、胸の奥が鋭く痛んだ。

「今は……何も言わないで」

自分でも驚くほど、か細い声だった。

顔を上げれば、あなたと目が合ってしまう。

だから見ない。

見てしまえば、すべてが終わってしまう気がしたから。

沈黙したままの私を、あなたは静かに見つめている。

その視線が優しければ優しいほど、苦しさは増していく。

今、何を言われても傷つくだけだ。

「違う」と言われても。

「好きだ」と言われても。

私はきっと、その言葉の裏側を探してしまう。

そして、見つけてしまうのだろう。

もう以前のあなたではないという事実を。

昨夜まで、私はあなたを信じていた。

ベッドの中で、あなたの胸に頬を寄せながら、

「I love you」

そう囁いた。

あなたも同じ言葉を返してくれた。

あれほど確かな温もりの中で交わされた言葉であったにもかかわらず。

今となっては、「愛している」という言葉ほど不確かなものはないのかもしれない。

私は、あなたを責めることができなかった。

友人から聞いた噂にも、気づかないふりをしていた。

「最近、あなたの彼……」

その続きが語られる前に、私は笑ってみせた。

そんなはずはない。

私の知っているあなたは、そんな人ではない。

そう信じたかった。

もう一度だけ。

もう一度だけ、あなたを信じたかった。

だから、知らないふりをした。

見ないふりをした。

聞かないふりをした。

――そして今日、あなたの沈黙がすべてを語っていた。

グラスの中で氷が、小さく音を立てる。

溶けていく氷とともに、私の中にあった怒りもまた、少しずつ薄れていく。

本当は問いただしたかった。

なぜなのか。

いつからなのか。

誰なのか。

何度もそう問い詰めたかった。

しかし、目の前にいるあなたを見ていると、その言葉さえ形にならなかった。

「……ごめん」

やがて、あなたがそう呟いた。

その一言だけで、すべてが十分だった。

私は静かに息を吐く。

「謝らないで」

「でも……」

「謝られると、本当に終わってしまったように感じるから」

あなたは黙り込んだ。

午後の光はテラスの床に長い影を落としている。

まだ明るいはずなのに、私にはすでに夜のように思えた。

店を出る頃には、街にはネオンが灯り始めていた。

人々の笑い声。

車のクラクション。

流れていく光。

いつもと変わらない街。

変わってしまったのは、私だけだった。

あなたと並んで歩く最後の夜になるのかもしれない。

そう思った瞬間、胸の奥が小さく震えた。

それでも私は立ち止まらなかった。

振り返りもしなかった。

ただ、あなたの隣を歩き続けた。

もう少しだけ。

あと少しだけ。

この時間を終わらせたくなかった。

街のネオンが滲んで見える。

自分が泣いているのだと気づいたのは、そのときだった。

あなたの手が、私の手に触れかける。

しかし、結局それが重なることはなかった。

そのわずかな距離こそが、今の私たちのすべてだった。

「さよなら」

あなたの声が背中越しに届く。

私は振り返らなかった。

振り返れば、きっと戻ってしまう。

もう一度だけ信じてしまう。

だから歩き続けた。

ネオンが流れる、喧騒の街の中へ。

人混みに紛れていくあなたの気配を感じながら、私は胸に手を当てた。

そこには、まだあなたを愛した心が残っている。

たったひとつ。

誰にも渡すことのできないまま、思い出へと変わろうとしている心が。

そして私は思った。

「I love you」という言葉は、

愛の証明などではなかった。

愛しているからこそ失うことを恐れた私が、

最後まで信じ続けたかった――

ただそれだけの、小さな約束だったのだ。

夜の街に、冷たい風が吹き抜ける。

私は涙を拭い、ひとり歩き出した。

昨日まであなたの隣にいた私は、

ほんの少しだけ違う人間になっていた。

それでも胸の奥では、

まだあなたの名前を呼び続けていた。

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