見出し画像

余裕のない日々の中で

膠原病(皮膚筋炎)&間質性肺炎の持病ある中で、コロナ後遺症(主に逆流性食道炎)に悩まされ、心身、かなり疲弊する日々を過ごしていた。

体も心も動きが鈍くなり、頭も働きが悪くなったので、記事を読むのが精一杯、書くことはほとんどできないでいた。

記事どころか、普段の自分の生活も覇気がない感じ。
それでも、日々、やることはある。

主人の送迎、母の送迎、家事、老犬コタローの世話に、休む暇もない。
だからといって、休まないと本当に体を壊すから、家事が一番手を抜く状態になっている。

落ち着かない、物の整理ができていないからだ。
しかし、物が散らかってる中で、片付けをする為の時間に余裕ができるようになった。

少し、ゆったりと過ごす癖が付いてきたように思われる。
今まで、頭の中がすごく忙しかった。
混線しているような感じだった。

今は、頭の中に静かな音が流れているように感じる。
事を進めるのは遅くなったけど、頭の中の混線状態はかなり落ち着いてきた。

人生への焦りを一つ一つ解消しているようにも感じる。
そして、自分の中の優先順位が明確化してきているようにも感じる。

(ストレスで)胸を痛め、(ストレスで)胃を痛め、せわしなく心が揺れ動く時間を過ごしてきた。
自分の本心も、今の自分の現状もわからなくなり、宙に浮いているような気分だった。

そんな感覚が、だいぶ緩和してきている。

こういう風に生きたい、こんな風に過ごしたい、こんな風に人間関係を構築したい、などなど、色々な理想があったが、今思うと、それは自分の心からの声だったのかどうか?ちょっと疑問である。

自分がどう思われたいか、自分がどう思われたくないか、そんなことを基準に人生を思い描いていたからではないかと感じる。
基本的に人目を気にする性格だからだ。

しかし、私は人目を気にする時期を通り越すと、案外、サクッと抜けてしまう。
人目を気にする時期とサクッと抜けてしまう時期との自分を比べると、月とすっぽんな感じさえする。

まるで別人のようだが、同一人物である。
こうして、私は悶々とする度に、脱皮を繰り返してきたように思う。
これからもたくさんの脱皮を繰り返すのだろうなと思う。
その都度、色々な自分を知ることになるのだろうなと思うと、少しだけワクワクしてきたようにも感じる。


さて、今日も生きるとしよう





お礼が遅れましたが、マガジンに追加して下さった皆さん、ありがとうございます💕



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集