【徒然日記】真実は、いつもひとつ?
※予定があるので、早い投稿になりました。
今日は、真実の解釈についての話。
「真実はいつもひとつ」
どこかで耳にしたことがあるフレーズ。
私も好きな某漫画(アニメ)、の有名なセリフです。
ただ、昔から、よく考えていました。
“事実”はひとつなのだろうけれど、
“真実”は本当にひとつなのだろうかと。
何が起きたのか、どこで、誰が、どうしたのか。
それは記録できるし、照らし合わせることもできる。
けれど――
その出来事をどう見たのか、どう受け取ったのかは、
人の数だけ、あると思っています。
昔、どうして争いが起こるのだろうと真剣に考えていたとき、
それぞれの正義が違うからだろう、という考えに至りました。
けれどその後、ふと、思い至ったのです。
もしかしたら、正義だけではなく、
それぞれの“真実”そのものが違う場合もある気がすると。
同じ言葉をかけられても、
救われたと感じる人もいれば、傷ついたと感じる人もいる。
同じ景色を見ていても、
懐かしいと思う人もいれば、寂しいと感じる人もいる。
そこにあるのは嘘やごまかしではなく、
それぞれが確かに触れた“その人の真実”なのだと思う。
事実はひとつでも、
真実はひとつではないことがある。
むしろ、ひとつにまとめてしまうには、
人の心の在り様は複雑すぎる。
だからきっと、
誰かの語る「それは違う」という言葉の奥にも、
その人なりの真実がある。
「その人には、そう見えているのかもしれない」
そう思えるだけで、世界の見え方は少し変わる。
ひとつではない真実たちを並べてみたとき、
世界は、ほんの少し広がる気がする。
真実は、いつもひとつ。
――そう言い切れる強さも、きっとある。
けれど、
真実は、いくつもあるのかもしれない。
そう思えたとき、
世界に対して、少しだけ優しくなれる気がしています。
※もちろん、これは「どんな理不尽であっても許す」という意味ではありません。そのことについては、またどこかで記事にしたいと思います。
今日は、お別れの会に行ってきます。
これまでの私と、これからの私が、
どこかでやさしくつながっていくきますように。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、noteの世界の誰かへ受け渡していきます。世界が平和でありますように。