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江戸時代からの日本橋商人に教えてもらった【義理と人情】の商い

その昔、東京にはいくつかの高級スーパーがあった。
その大半は現在もあるのだが、店名は変わらないものの、その姿は全く別物になってしまった。

もちろん時代とともに店舗形態が変わるのは仕方のない事。
さらに経営母体まで変わってしまったことから、「店名はそのままだが、全く別の店」になってしまったと言うのが現在の高級スーパー。

「成城石井」「紀ノ国屋」「ガーデン自由が丘」がビッグネームであり、形態や経営母体が大幅に変わった代表格だ。


東京都中央区日本橋1丁目1番地1号
よく政治家が「この政策は1丁目1番地!」なんて言うけど、
この住所は日本橋のたもとにある日本の中心だ。
江戸時代から現在まで、変わらずここで商いを営むのが、大手食品卸の「国分」。目の前にはこれまた江戸時代からの老舗「榮太郎本舗」がある。

私が地方移住して、地元の中小食品メーカーで働くようになり、その中小メーカーを全国区のメーカーにしようと、最初に働きかけた相手が国分さんだ。



なぜ高級スーパーの話で国分さんが登場するのか?
実はこの「シェルガーデン自由が丘」は、国分さんが中心となってできたお店なんです。

タイトル画像は、日本で初めての高級スーパーとして1966年自由が丘にオープンした「シェルガーデン自由が丘」。
シェルのマークのガソリンスタンド併設で、多くの車が停まっている。

当時すでに全国各地にセルフ型のスーパーマーケットは続々とオープンしていた。大半は駅前立地で、お客さんは徒歩か自転車で来店する。

しかしガーデンのお客さんは車で来店(大半が外車)、駐車場で係にキーを渡し店内へ(車は係が移動する)、生鮮品はともかく加工食品のほとんどが輸入ブランド品。
以上のように最初から自由が丘周辺の富裕層を対象とした店。
ずいぶん思い切ったスタイルだと思うが、結果的には成功で、この後シェルガーデンは店舗数を増やすことになる。

この「シェルガーデン」は、国分とシェル石油そして国分さんの親戚にあたる日本最古の油問屋(やはり日本橋にある)島商さん3社による共同事業だった。

前述のお客様から車のキーを預かる駐車場係が、後の島商さんの会長さんであったり、日々店の商品群の売れ行きを見て、あれこれ商品構成を考えていた国分の若い営業マンが、後の国分重鎮であったり。

昭和の商売スタイルが垣間見える、なかなか面白い歴史だが、何のことはない、実は江戸時代から変わらぬ血筋と縁故を大事にした商いで、手堅くなにより信用一番。
江戸時代から続く、日本橋の老舗末裔たちに共通した価値観かと思います。

そして私、個人的には国分さんにも島商さんにもかわいがられ、仕事上も大変お世話になりました。
現代のビジネスマンは何かと制約も多く大変でしょうが、私の時代は義理と人情を重んじることで多くの事が解決でき幸せでしたね。
もちろん今では通用しないでしょうが(苦笑)

残念ながら現在では、ガーデンはじめ成城石井も紀ノ国屋も様々な会社に企業売買され、店舗も細かく小さくされた都市型小スーパーになってしまいました。

たぶんバイヤーさんも様々な制約の上で商品を見つけているのでしょう。
商品の構成が、昔のように「面白いもの」「他では売っていないもの」が少なくなったように思います。

でもまあ、広告業界から地方移住で未経験の食品製造業への転身。
業界の右も左も判らない中年男は、この日本橋でずいぶん勉強させてもらいました。ありがとうございます。

余談ですが、お正月の松の内。
国分さんの向かいの榮太郎本舗さんでは、店頭での獅子舞いや笛太鼓など、お正月の雰囲気が楽しめます。
和菓子も美味しいし、初詣帰りの寄り道にお勧めですよ。




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