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『大動脈解離【実録】誰かの参考になれば』


私は68歳。
63歳の時に大動脈解離発症、それから5年、間もなく6年になろうとしています。
「大動脈解離からの生還!」などと大げさなことを書くつもりはありません。

当時の私の生活環境や体調などを書き、少なからず誰かの参考になればとの思いです。

【発症前の私の状況や生活習慣】

当時仕事はフルタイムで営業系の仕事でした。
基本的に健康体で深刻な既往歴無し。会社の健康診断でもメタボがボーダーラインでギリギリセーフという状態で、この歳まで元気と言える状態でした。
起床は5:30、すぐに大型犬2頭を連れて田舎のアップダウンを2kmほど散歩。
散歩後は鉄アレイで上半身の筋トレ。
朝食を済ませ通勤はクロスバイクで山道を7km。
以上が平日のルーティンで、休日は通勤が無いだけで他は同じ。
酒は30代までに人の一生分飲んだが、移住後の車生活になってからは飲まない。
タバコはヘビースモーカー。

【発症直前から発症まで】

当日は休日、東京にいる長男の引っ越し作業手伝い。
何かと時間がかかってしまい作業終了は21:00。
これから100km離れた自宅に車で戻るのだが、お昼ご飯も食べていなかったので、高速道路手前の「かつや」でとんかつ定食を食す。
トイレに立ち寄るためPAへ。
ここで手を洗った瞬間、水がまるで冷水のように感じた・・・
かと思ったら胸に大きな違和感。
痛みは感じなかったが意識が遠のくような感じがし「これはまずい!人が往来するところで倒れよう」とフラフラしながらトイレ出入り口付近でしゃがみ込みしばし意識無くなる。
「大丈夫ですか!?」とPA売店の方に起こされ目覚めた。
車に戻りタバコを一服しながら妻に電話
「なんだか体調がおかしいので、しばらく休んで帰る」
しかし胸の違和感は増すばかりで意識もいつまでしっかりしていられるかの自信も無かった。そして妻に再度電話
「どうやらダメそうなので救急車を呼ぶ」
間もなく救急車が到着し最寄りの大学病院へ。
CT検査ですぐに大動脈解離を告げられ、「緊急手術が必要」「時間的人員的にここでは手術ができない」「循環器専門の榊原記念病院へ転送する」「念のため転送にはドクターが同乗する」旨の話がありました。

【榊原記念病院】

自宅は100km以上離れており世はコロナ禍、手術前のドクターとの話や各種決定は全て自分でした。
私が発症した大動脈解離はスタンフォードA型という心臓を出てすぐの部分の解離で、最も危険度が高いものでした。
人工血管置換は決定事項ですが、その他に術前に決めなくてはならないことが一つ。
もしも心臓弁にダメージがあった場合は人工弁に交換しなくてはならないのですが、これを金属製にするか生体製にするかなども、それぞれのメリットデメリットの説明を聞き麻酔前の短い時間で決めました。(私は金属製を希望)
その後は全身麻酔でもちろん何も覚えていませんが、手術は4時間ほどかかったようで、内容は概ね次のような流れだったそうです。
・体温を32℃まで下げることで心拍数血流量を下げる
・胸骨を真ん中から切開しパカッと胸を開ける
・主要な血管を人工心肺につなぎ人工的に血液を循環させる
・心臓を一時的に止めて解離した大動脈を切除し人工血管に置き換える
・心臓再始動
・開胸部を閉じて終了
・ICUで術後管理
この記事タイトル上の置換した人工血管のイラストを見ても、大変複雑で凄いものだな~と他人事のように感心してしまいます。

【術後の経過】

10月15日21:00過ぎに発症
その15日深夜に緊急手術(幸い心臓弁にダメージはありませんでした)
翌16日午前中にICUで目覚めた後、回復状態が良好だったことと私の一般病棟へ移りたい願望が強かったため、当初一週間と言われていたICUを3日で卒業。
一般病棟に移ってからは毎日のメニューとして「心臓リハビリジム」での運動。
心拍など監視装置を装着し歩行マシン・バイクマシンで運動するのですが、ここでも私の回復状態が良く他の患者の倍のメニューを消化していました。
一般病棟で1か月ほど入院と言われていましたが、ここでも私の退院願望と訴えが強く、回復も良好だったことから、結局発症から2週間後の10月31日に退院することができました。
もちろん切開した胸骨はまだつながっていないし、帰宅後の様々な注意事項は聞かされました。
最近は大きな手術後でも比較的早く自力で歩かせたり、リハビリの内容は短い入院期間推奨に向かっているようですが、それにしてもこの2週間は驚異的な速さとのこと。
ドクターの話では、私の大動脈解離発症前の生活は健康的ではあるが、一時的に血圧が急上昇する運動もあったのでそれが解離の引き金になったのかもしれない。
しかし術後を考えればそれまでの鍛えた身体が回復に大いに役立ったとのこと。
今後の生活アドバイスはありきたりのものでした。
「バランスの良い食事と適度な運動」

以上、私の大動脈解離顛末でした。
誰かの参考になるようだったら幸いです。


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