古希祝いのドレスコードは「家族Tシャツ」です
母が70歳になり、古希を迎えた。
サランラップをマラカス代わりにシャカシャカ振り、みんなでハッピーバースデーを歌う。記念に家族Tシャツをつくろうと提案したら「着ない。いらない」と、母にあっさり断られた。サランラップを静かに棚へ戻す。
数年前、父の古希祝いでも家族Tシャツをつくった。
前面に父と母の若い頃の写真をプリントして生誕70年を祝ったのだ。みんなで同じものを着ると体育祭のような一体感がうまれる。飾り用の「7」と「0」の風船が大きすぎて、膨らませるとき酸欠になったが、みんなで励まし合いながらなんとか完成させた。そんな思い出が詰まったTシャツだが、母は着るのが恥ずかしいらしく、タンスの肥やしになっている。
一方、私は普段からそれを着て、巷をウロウロしている。奇抜な服でも、表参道で見ると一周まわっておしゃれに感じることがある。その現象を期待しているのだが、表参道から遠く離れた街に住んでいるので、家族Tシャツは一周まわるどころか、洗濯機でしかまわらず、洗いすぎてプリントがはがれてきている。
でも、そのTシャツに袖を通すたび、家族と肩を組んでいるような気持ちになる。プリントの父と母がかけらになっても、私は着続けたい。
せっかくなので、母の古希でも家族Tシャツをつくりたかった。
諦めきれなくて、後日、母に電話をかけて説得したが、母の「着ない。いらない」は揺るがなかった。言い出したら聞かないので、私は「わかった」とおとなしく電話を切る。
そしてスマホの検索画面を開き、「家族Tシャツ注文」と打ち込んだ。止められると、余計にやりたくなってしまうのだ。横にいた夫が「はじまったよ」と肩をすくめていた。
Tシャツのデザインには、夏の家族旅行の写真を採用した。総勢10名。4歳から74歳までいるので全員の予定を合わせるだけでも大変だ。集合写真を撮るときも、誰かがトイレに消えたり、甥や姪の機嫌が悪かったりでなかなかシャッターが切れない。やっと撮れたと思ったら父が半目でやり直し。
今回の家族写真は、全員が笑顔をみせている奇跡のような1枚だった。
完成したTシャツは家族全員にプレゼントすることにした。やさしいからではない。俺様がつくったんだから絶対に着ろよな!という、ジャイアン的思考だ。とはいえ、ジャイアンも怒られたくはなかったので、母だけには内緒にする。
母の古希祝いは、個室のある店を予約した。
そこでTシャツを着てみんなで写真を撮るつもりだった。気合を入れながらお店へ向かうと、遠くから着物姿の人がスタスタ歩いてくる。演歌歌手の方だろうか。すごい貫禄だなと圧倒されていたら、母だった。
それだとTシャツが着られないんですけど!
着物で来ることを、事前にアイドルの熱愛くらい匂わせておいてくれたら、なにか対策を考えたが、こんな直前では無理だ。計画があっという間に白紙になり、頭を抱える。
そこに姪がドレス姿で登場した。
あなたもかい!
ぼう然とする私に、夫がさっと近づき「形よりも祝う気持ちが大事だよ」と、ささやき女将をしてくれた。その言葉を復唱するうちに、たしかにそうだねと思うようになった。母も姪も、うれしくてドレスアップしてきたのだ。その気持ちを尊重しよう。
母が先頭に立ってお店へ入る。その後にみんなが整列して続くので、古希祝いというより出陣のようだ。
席に着くと、和食のコース料理が運ばれてきた。鯛やあわびなど、我が家では10年に1回食べられるかどうかの華やかな料理が並ぶ。お子様ご膳にはエビフライがついていた。しっぽまで平らげる甥っ子を見て、母は「大したものだ」と感心していた。
最後はお待ちかねのデザートタイムだ。
そこで写真を撮りたいとお店の人にお願いしていた。
お腹がいっぱいになり、みんなが椅子の背もたれに身を預けてくつろぐなか、私は「見て」と身を乗り出し、Tシャツを披露した。蚕を育てていちからつくりました、と言わんばかりに胸を張る。
実際は、デザインアプリが使いこなせず、ただ写真を貼りつけただけだ。あわよくば小顔に加工したかったのだが、どのボタンを押せば顔がピンポン玉サイズになれるのか最後まで分からなかった。そんなTシャツも、10枚並べるとなかなかの迫力だ。あちこちから「すごい!」と歓声が上がった。
誰よりもはしゃいでいたのは母だった。あんなにいらないと言っていたのに、「どこでつくったの?」と目を輝かせている。母に電話で断られた後、すぐにネットで注文したとはさすがに言えなかった。
母が胸の前でTシャツを合わせる。「似合うじゃん」と声をかけると、「そう?」と照れている。「旅行のとき、みんなで着ようよ」と伝えると、「いいわね」と即答した。
もしかして母の「いらない」は、熱湯風呂の「押すなよ、絶対に押すなよ」だったのかもしれない。全力で押してよかった。
みんなでTシャツに着替えていると、母はカバンから老眼鏡を出した。テーブルに自分のTシャツを広げ、じっと見つめている。ふき出したり、愛おしそうにしたり、母の表情は万華鏡のようにくるくると変わる。そのうちに、その表情は静かになっていった。
父と母は、父の借金をきっかけに別居している。母は「子どもたちが全員巣立ったら離婚する」と宣言していたが、今もその気配はない。でも一緒のお墓には入らないという。夫婦には夫婦にしかわからない感情があるのだろう。子どもであっても踏み入れることはできない。
ただ私は、母のようにしぶとく、父のようによくばりなので、最後までふたりに付き合うつもりだ。
私がそんなことを考えているとも知らず、父がのんきにトイレから戻ってきた。遅いなと思っていたら、別の個室に迷い込んでいたらしい。知らないお孫さんのお食い初めに参加するところだったという。もう、やめてよとドッと笑いが起きた。
楽しそうなのは結構だが、「家族Tシャツ」を披露したときより盛り上がるのはやめていただきたい。
写真撮影のため、母を中心に家族が並んだ。お店の人が「撮りますよ」とカメラを構える。しかし、シャッターを押さずにすぐに下ろした。父がまた半目なのだろうか。不安になり家族を見まわす。
弟夫婦は顔を近づけてピースをしている。父の古希のときは、弟はまだ結婚していない。甥と姪は母にぴったりとくっついている。母はふたりをさらに抱き寄せた。その様子を妹夫婦が見守る。父はお店が用意してくれた「長寿」の旗を持っていた。どうか病気の父もそれにあやかれますように。
夫と目があった。心配そうにしていたので、大丈夫と頷き、前を向く。
店員さんが「素敵ですね」と声をあげた。
「ありがとうございます」と母は背筋を伸ばす。父が家を出ていった後、ひとりで家族を引っ張ってきたたくましさが滲んでいた。
撮影が終わり、Tシャツを畳んでいると視線を感じた。
顔を上げると、母の真剣な顔があった。感極まってお礼でも言いたくなったのだろうか。いいってそういうの。泣いちゃうからやめよう。照れくささに視線を外すと、母の声が聞こえてきた。
「ここの料理いくら?」
畳んだTシャツを、天井に放り投げたくなった。
そうだった。母は金勘定にうるさいのだ。夢の国に行っても、キャラクターの耳をつけている私に「それいくら?」と容赦なく聞いてくる。お願いだから、楽しい気分に水をささないでほしい。まったく夢がないんだから。
母が悪びれている様子もないので、ついでに言わせてもらう。
とっておきの1枚が撮れるたびに「明治安田生命に応募しよう」と、はりきるのはやめてほしい。
きっと今回の古希祝いの写真も「送りたい」と言い出すだろう。満面の笑みを浮かべる母は、孫を抱き寄せすぎてほっぺがむぎゅっとつぶれている。父は父で、古希祝いの旗を高々と掲げ、「捕れたぞー!」と大漁に喜ぶ漁師みたいになっている。
まるで笑い声まで写っているようだ。
にぎやかで良い写真じゃないか。
是非とも応募しよう。
母に電話をかけ、「77歳の喜寿でもTシャツをつくるから」と伝えると、「また!?」と母の声が跳ね上がった。「着ない。いらない」とは、もう言わなかった。

