第5話【真宗坊主の臨濟録】上堂3 観音様の眼
本物の眼はどれだ?
王知事に請われて、師僧が説法をすることになりました。
師僧が演壇に上がると、弟子の麻谷さんが躍り出て尋ねます。
「千手千眼観世音菩薩には千本の手があり、その一つ一つに眼があります。その千の眼のうち、一体どれが本物の眼なのですか?」
千手千眼観世音菩薩は、千の手と千の眼をもって、苦しむ人々を見つけ、救うとされています。
では、その千の眼のうち、どれが物事の真実を見抜く「正眼」なのか。
なかなか鋭い問いです。
師僧は、その問いを受けると、
「千手千眼観世音菩薩の眼は、どれが本物の眼か。麻谷、お前が答えてみろ!」
と、問いをそのまま投げ返しました。
しかも、
「さあ、早く言え! 早く言え!」
と迫ります。
答えを教えてくれると思ったら、逆に答えを求められた。
すると麻谷さんは、師僧を演壇から引きずり降ろし、自分が演壇に座ってしまいました。
師僧と弟子の立場が、入れ替わったのです。
今度は師僧が麻谷さんの前へ進み、
「ご機嫌いかがですか?」
とうやうやしく挨拶しました。
麻谷さんが師僧になり、師僧が弟子になったかのようです。
ところが麻谷さんは、首を傾げました。
何と答えようか。
この挨拶には、どのような意味があるのか。
麻谷さんが一瞬でも考えようとした、その瞬間――
師僧は麻谷さんを演壇から引きずり降ろしました。
そして師僧が再び演壇へ上がると、麻谷さんは何も言わず、さっと出て行ってしまいました。
師僧もまた、黙って演壇を降りました。
これで説法は終わりです。
さて、
一体、何だったのでしょうか?
千手千眼観世音菩薩の眼は、どれが本物なのか。
結局、二人とも言葉では答えていません。
しかし、本当に答えなかったのでしょうか。
麻谷さんは、師僧を引きずり降ろして自分が座った。
師僧は立場が入れ替わった瞬間、すぐさま麻谷さんを師として扱った。
麻谷さんが考えた瞬間、師僧は彼を引きずり降ろした。
そこには、理屈を組み立てる暇などありません。
その場、その瞬間に応じて、師にもなれば弟子にもなる。
上に立つ者が下り、下にいた者が上に立つ。
立場にも肩書にも囚われない。
自在に入れ替わりながら、二人は全身をもって問答しています。
どれが本物の眼なのか。
私は、特定の一つだけが本物なのではないと読みます。
苦しむ人を見れば、その人を見る眼が正眼となる。
助けを求める声を聞けば、その声に向き合う眼が正眼となる。
経営の危機に直面すれば、数字と現実を見る眼が正眼となる。
人間同士が争えば、感情に呑まれず、事実を見極める眼が正眼となる。
必要なとき、必要なところに働く眼。
それが観世音菩薩の眼ではないでしょうか。
どれが本物かと探している間は、まだ本物の眼は働いていない。
正解を考え、誰かの解説を待っている間に、目の前の人は苦しみ続けています。
いま、何を見るべきなのか。
いま、何をするべきなのか。
それを瞬時に見極め、動く。
本物の眼は、どこかに隠されている特別な眼ではありません。
いま目の前に起きていることから逃げず、まっすぐに見る眼です。
師僧と麻谷さんは、一言の説明も残しませんでした。
説明すれば、また言葉に囚われるからでしょう。
麻谷さんは、さっと出て行く。
師僧も、さっと演壇を降りる。
終わり。
分かりましたか?
などとは聞かない。
これが臨濟です。
