パンチ君と、転げ落ちたママ
夫が毎日のように話していた「パンチ君」。
育児放棄された子猿が、ぬいぐるみを母代わりにしているという。
最初は他人事のように聞いていたのに、
気づけば私は、その子に会いに行っていました。
猿山で見た光景は、かわいくて、あたたかくて、
そしてほんの少しだけ、胸に残るものがありました。
この間から、夫がやたらと「パンチ君がね」と話しかけてくるのです。
最初は、はいはい、と聞き流していました。けれど、あまりにも毎日言うので、ついに「それ、何?」とちゃんと聞いてみました。
育児放棄された子猿で、お母さんの代わりにオランウータンのぬいぐるみを引っ張りながら、群れに馴染もうと頑張っているのだと言います。
ふーん。
で、その子はどこにいるの?
そう聞くと、市川の動物園だと。
え? あそこ?
以前行ったことのある、あの場所。
ああ、そうなんだ。
ちょっと近いな、行けない距離じゃないな、と、頭の中で距離感を測る自分がいました。
すると娘が横から、
「動物はすぐ大きくなるよ。あっという間だよ」と口を挟みました。
そうか。そうだよね。
今行かなかったら、“今の姿”は、もう二度と見られないのかもしれない。
じゃあ、行く? と夫に言うと、
満更でもなさそうに「いいけど」と返ってきました。
行きたくないときは即答で断る人なので、ああ、これは行きたいんだな、と勝手に解釈して、平日で休める日を見つけて出かけることになりました。
天気は曇り。少し寒い。
でもダウンジャケットなら大丈夫かな、車だし、と自分に言い聞かせて出発しました。
車窓の景色をぼんやり眺めながら、以前勤めていた病院の脇を通り過ぎると、懐かしさがふわっと胸に広がりました。
自宅からのアクセスは決して良くなくて、近くの駅までバスで20分。
一度、帰りに忘れ物をして駅から取りに戻ったら、いつもの電車に乗るのに1時間も余計にかかったこともありました。あのときの疲労感まで、なぜか思い出します。
それから、家族で梨狩りをしたこと。
市川は美味しい幸水がとれるところで、道沿いに広がる梨畑を見ながら、あの瑞々しい甘さを思い出していました。
実家に送ったら、母が電話口で本当に嬉しそうにしてくれたなぁ、と、少ししんみりした気持ちになった頃、動物園に到着しました。
独身時代、新入歓迎会でアスレチックとバーベキューをしに来たのもここでした。
あれは何年前だろう、と、最近の私はすぐ年数を計算してしまいます。時間の重みを、いちいち確認する癖がついてしまったようです。
今日は、そうそう、パンチ君です。
併設の駐車場は平日なのにいっぱい。
近隣の市町村ナンバーが並んでいます。
500円を払って車を止め、雑木林と竹林を右手に見ながら、ゆるやかなスロープをゆっくり下っていくと、正面に入り口が見えてきました。
入場券を買って中に入ると、すでに猿山にはたくさんの人。
保育園の遠足らしい子どもたち、カメラを構えた人たち、そしてテレビの取材。
どうやらちょっとした注目の的になっているようでした。
猿山にいるたくさんの猿の中から、小さな子猿を探します。
あの子かな? いや、あの子はお母さんのところに戻ったから違う。
夫に「どの子?」と聞くと、
「ぬいぐるみ持ってると思う」と。
隣の女性から「パンチ君待ちですか?」と話しかけられること二回。
寒い中、同じ目的で立ち尽くしていると、自然と仲間意識のようなものが芽生えてくるから不思議です。
そのとき、山の裏側から歓声が上がりました。
ズルズルと、オレンジ色に近い茶色のぬいぐるみの片手を持ち、黒っぽい小さな子猿が引きずるようにして登場しました。
パンチ君。
思わず「かわいい…」と声が漏れました。
ちょっと興奮してしまうくらい、本当に愛らしかったのです。まるでアイドルに遭遇したみたいに。
どこかへ動くときはぬいぐるみを離し、
寂しくなるとまた戻る。
しばらくすると、ぬいぐるみは猿山の下に転げ落ち、顔を伏せたまま動かなくなりました。
パンチ君は、枯れ木が束にして置いてある場所で、ちょこちょこと一匹で遊んだり、群れの端で様子をうかがったりしています。
仲間が近づくと、ちょっかいを出そうとしたり、
少し大きいお猿さんに毛づくろいをしてもらったり。
離れようとすると、ぐいっと引き寄せられ、また毛づくろい。
だんだん体が低くなり、気持ちよさそうに身を委ねていく姿に、こちらまでほっとしてしまいました。
群れの中で、ちゃんと受け入れられているのかもしれない。
そう思ったら、胸の奥がじんわり温かくなりました。
オランウータンママは、しばらくお役目がいらない様子でした。
他の動物も一通り見て回り、カピバラのごはんの時間に遭遇しました。
食べているカピバラの背中の毛を触らせてもらうと、想像の三倍は硬くて、思わず笑ってしまいました。
たくさん歩いて、たくさん見て、
帰りにはとんかつを食べました。
今月末にはまたファスティングをするから、と、少し言い訳しながら。
子猿も人間も、少しずつ行動範囲を広げ、冒険をしていきます。
そこには、安全基地となる母の存在がある。
何かあったら助けてくれる。
戻れば、受け止めてくれる。
パンチ君にとって、それがオランウータンママのぬいぐるみだったのでしょう。
でも、群れに慣れ、居場所ができていくにつれて、その存在は少しずつ必要ではなくなっていく。
猿山の下で、顔を下にして転がったままのぬいぐるみを見ながら、私はどこか自分を見ているような気持ちになりました。
子どもが独立していく時期にいる自分と、重なったのです。
母の役目は、永遠ではない。
けれど、確かに必要だった時間がある。
あのぬいぐるみは、きっと静かにその時間を終えていく。
それは寂しさでもあり、
成長の証でもあるのだと思いながら、私はしばらく猿山のことを思い出していました。
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今日も皆さんにとって良い日でありますように。
産婦人科に勤めて40年の助産師
清水智子
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