文藝春秋に応募を決意したけど昆虫が食べられなくて断念した話
どうやら文藝春秋がSDGsについての投稿を募集しているらしい。
俺も世界をよくする事について考えてみる。だから、外にも目を向けてみるか。
柱に残った身長の傷。歯抜けのまま並ぶ漫画。締め切られた部屋。
窓の向こうは夏の音が鳴いている。
PCを前にごしごしと手をすり合わせる。さてと、まずは食糧事情から手をつけよう。こいつは簡単だ。手始めにコストカットから切り込んでいく。
卵と肉、昨今の値上がりは著しく、家計にダイレクトに響く食材のひとつだ。早速調べてみる。なるほど、こいつは問題だ。…タン。
卵や肉が高いのはなぜか。それは病気を抑え込むための設備や薬。肉を肥え太らせるための飼料。冬場の暖房費。俺たちは金で、安心と安定を買っているんだ。未来の突破口はそこにある🫵ビシッ
お次はベジタブルのお出ましだ。
虫食いの野菜は弾かれる。知ってるか?些細な傷も許されない。そういう世界だ。味が悪いわけじゃない、見た目だけの問題なんだよ。タン!
つまりはこうだ。安くて、安全で、いつでもあって、見た目が揃ってて、日持ちする。五つの普通。すべてを実現しようとするから無理が出る🫵
しかし彼らは、虫食いを汚いと切り捨てる。形が悪いだの、国産じゃないと食べられないだの、「普通」を盾に文句ばかり並べたてる。
そもそも昔は単純だった。長野じゃ今でもイナゴを食う。蜂の子、ざざむし、蚕のさなぎ。大正の頃には全国で五十種以上が食われてたらしい。世の中は歪だ、過去100年足らずで「普通」がここまで変わるのだ。
俺は一つの答えにたどり着いた。「普通」という土台をひっくり返す。昆虫食だ。プラントで虫を量産し、卵や肉に代わる良質なプロテインを供給する。畜産コストは激減し、野菜の虫食いも気にならなくなる。これでチェックメイトだっ!ターン!
ベースから正す。アウトプットするだけで新しい夜が明ける。それが俺が描く未来図だっ。
指を鳴らす。ぱすっ。
ノートPC・・パタッ。
ずずっ、コーヒーを啜る。
ノートPC・・パカっ。
あとは任せた!
AI:了解ですマスター。さっそく要点のまとめに入ります。
——食べた時、どんな気持ちでしたか?
しらん、感想など無用だっ!…タン!
——実体験のない記事は説得力がありません。
何を言う、俺の方程式が信用できないと?…タ、タン。
——その方程式、誰が読むんですか?
そうだよな……確かに。…トン。
暗いモニターに映りこむ顔の眉間がこわばっている。
しばらくしてPCをそっと閉じた。
——変わらない日々が続いた。
窓越しの白飛びしたアスファルトにそっと目を伏せる。逡巡してからあいつに電話した。
……そうか。お前さ…これから遊びに来いよ。とちゅうで買って行こうぜ。
うなずく。
お目当てのスーパーに買い出しに寄る。これが例の物か。念の為だ。ついでにとなりの佃煮も口直しの保険に買っておこう。
挨拶もそこそこに上がり込む。見覚えがある風景を抜け、中へ進むと、年季の入った木材の香りと、日に焼けた畳、防虫剤、台所から漂う香ばしい香りが混ざり合い、例えがたい香りが家を満たしている。
西陽で伸びた揺れる影を、踏みつけながらついていった。
パックの底を覗き込んでいる。中国産だったらやだなー。等とぶつぶつ言っている。
味は普通の佃煮だよ。パリパリしてて、エビの佃煮に近い。
足と羽根は食べづらいけどな。
店で買ったやつは足がついてるんだよ。昔は婆さんが足と羽をもいで作ってくれてさ。たしかこの奥にっと…せっかくなら一番いい皿を使ってみるか、本物の有田焼だぞ?
自慢げに出された器を一瞥する。引き出物だな。
ふんふ~ん♪音痴な鼻歌のリズムにあわせ、眼前に盛られていく彼ら。見慣れぬ光景に胃の奥から不快感が押し寄せる。
想像以上に昆虫の形をしている。どうしてこうなった…
ほらっ、もいじゃったらなんだか分からないだろ?
みてみて、足と羽をとったら仮面ライダーのバイクみたい。と伸びきった影が笑った。
脳裏に浮かぶ。
器の前でライダー達と対峙する。……彼らの顔をそっと反対側に向けた。
お前さ、なにやってんの…。
しばらくして、何食わぬ顔で皿を差し出してきた。ちくわにバイクを詰めてある。これは、ちくなご…?
隠れてないぞ。
気を取り直し、そっとちくなごをひっくり返してみる。
隠れてないぞ…。
見上げると、箸を持つ手を止め、こちらをじっと見ている。俺は目を背け大きい咳ばらいをした。
煮物、焼き魚、炊き立ての白米。食卓が一気ににぎやかになる。おーい、お酒のおかわり!
お前さ、うちの娘は物心つく頃からバクバク食べてたぞぉ。なっ!
娘はもくもくと下を向いてご飯を食べている。
箸を握り直し、そろそろと彼を口まで運んでいく。懐かしい香りと共にあの日の思い出が蘇った。
肩がひりつく季節。
立ち昇る草の香り。網を振るう友影と、腰の高さもある草の大海原を渡っていく。さっと構える。小さな魚影へ忍び寄る。ぴょん…。ぐわっ。
汗ばむ手がキチキチと泣いていた。
下手くそな鼻歌が駆けてくる。
若葉色の君は、ショウリョウバッタ。
ふわりと触れるとジワリ。優しくしていたはずなのに、ポロリと溢れる醤油の涙。
とても食えない…。
視線を向けると、美味しそうに口へ口へと彼らを運んでいる。噛むたびにパリパリと乾いた音が鳴っていた。
ずずっ、お茶を啜る。
すべてを諦め、口直しの保険を摘んで食していると…。
俺、わかさぎ食えないんだよね〜
「え?」
・・・・・・そっと箸を置いた。
窓に映る顔をよそに、あの泣き声を夕闇に探していた。
