看取り…とは
テレビの音が、部屋の隅で静かに流れている。
ニトリのCMだった。
明るい部屋。整った家具。
「お、ねだん以上。」という言葉。
そのとき、ふと頭の中に浮かんだ。
「ニトリの看取り」
自分でも、少し驚いた。
そして、少しだけ苦笑いした。
私は老人ホームで、清掃とリネンの仕事をしている。
誰かの人生の表には出てこない、裏側の仕事だ。
シーツを替える。
ベッドを整える。
部屋をきれいにする。
ただそれだけのことのようでいて、
そこには確かに、その人の時間が流れている。
――けれど、この仕事は、いつもきれいな場面ばかりではない。
ときには、汚れがそのまま残っていることもある。
体から出たものや、食べ物の跡。
急な出来事だったのだろうと思うこともある。
最初は戸惑いもあった。
正直に言えば、きれいごとでは済まない現実だと感じた。
それでも、続けているうちに思うようになった。
これは「汚れ」ではなく、
その人がここで生きている証のひとつなのだと。
誰にも見せたくない瞬間かもしれない。
けれど、誰かが受け止めなければならない時間でもある。
だから私は、何も言わずにシーツを外し、
いつも通りに新しいものを整える。
何事もなかったかのように。
今日も一枚のシーツを伸ばす。
角を合わせ、しわを消す。
ただそれだけの動作なのに、
なぜか、気持ちまで整っていく気がする。
このベッドで過ごす時間は、誰かの「これから」であり、
もしかしたら「最後の時間」かもしれない。
そんなことを考えると、
手の動きが、少しだけ丁寧になる。
「ニトリの看取り」なんて、
軽い言葉が浮かんだ自分を、少しだけ恥ずかしく思う。
でも――
暮らしを整えることと、
人生の終わりに寄り添うことは、
案外、遠くないのかもしれない。
テレビの音は、いつの間にか止まっていた。
私はもう一度、シーツの端を引く。
きれいに整ったベッドを見て、静かに部屋を出る。
誰かの一日が、少しでも穏やかでありますように…。
そんなことを思いながら、
今日もまた、いつも通りに手を動かしている。

